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「猫をぢさん」

〈闘鶏や負けに負けたるシャモの肉 涙次〉



【ⅰ】


 朝。カンテラは事務所のポーチで、木刀を揮つてゐた。彼が、差し料、傳・杜小路(もりのこうぢ)鉄燦(・てつあきら)ではない物で稽古をしてゐるのは、近隣の目を氣にしての事である。いくら人の目を怖じぬ彼とは云へ、それには、眞剣では剣呑だ。流石の彼も、例の「カンテラ一燈齋事務所叛對同盟」の一件で、懲りた。人間たちの生活を乱すのが彼の本心ではない。彼はたゞ、【魔】を斬りたいだけ、なのである。

「やあ、兄貴、ご精が出ますね」テオはまだ「パトロール」を續けてゐた。新城は邸宅に籠もつたきり、出て來ないが、だうやらトラバサミは未だ撤去してゐないらしい。

「おゝ、テオ。きみは例の『パトロール』か?」「さうです。だうにも新城の動きは氣になるんですよ」「猫さんたちの様子はだうだい?」「最近、ざはついてゐますね、『猫をぢさん』は帰つてきてゐるのですが-」



【ⅱ】


「猫をぢさん」-一名を松見鉄五郎(まつみ・てつごらう)と云ふ。生業は何だか分からない。家をよく空けるのも、不思議と云へば不思議な人物- 一旦家を出ると、暫く帰つて來ないのだが、帰ると、近隣の野良猫たちに餌をあげたり、何くれとなく世話を焼いてゐる。謂はゞ、テオの心強い味方なのだが、まあ一種の「家猫」であるテオには見向きもしない。

 テオに訊くと、野良たちは、彼によく懐いてゐると云ふ。彼が家の外に出ると、集まつてきて「にやあお、にやあお」と媚びを賣るのが、通例となつてゐるのだ、さうだ。


「ざはついてゐる? その譯は?」「猫ガミ(妖魔。テオの天敵だが、カンテラが斃した)の使ひ魔である、『ねかうもり』が、彼らの餌を盗つてしまふのださうです」「まだ出るのか、『ねかうもり』」

「ねかうもり」と云ふのは、その名の通り、猫と蝙蝠のキメラである。猫の胴體をしてゐて、脚の間に蝙蝠の如き被膜があり、空を自在に飛ぶ。

 松見には手に余る、と見えた。「松見さんには、一度話を伺つてみたいんだがな」とカンテラ。それが實現しないのは、松見の生來の「人嫌ひ」に拠る。彼がカネをだしさへすれば、「ねかうもり」退治など、容易いのだ。だが彼も、カンテラ一味を胡散臭げにみるのは、新城たち元・「同盟」のメンバーとは、變はらない。



【ⅲ】


 カンテラは稽古を終へ、汗も拭かず、充電すべく外殻(=カンテラ)に入つて行つた。彼は朝寢の中で、不可思議な夢を見た- ルシフェル、山羊頭、脊には翼が生えてゐる、の祭壇(全裸の女である)に生贄の血を垂らしてゐる。見れば、その祭壇となつてゐるのは、霧子であつた。そして、生贄は猫。しかもだう見ても、テオなのである。

 これには、さしもの彼も(うな)された。結局「南無Flame out!!」の呪文と共に、外界へ出てきた。眠りは、いつもの通り、短かつた。

 だが、彼はこの夢で、一つの天啓を得た。今、ルシフェルとの最終決戦を前に、彼の感性は研ぎ澄まされてゐた。

「ねかうもり」たちは、猫ガミ亡き後、ルシフェルの直属の使ひ魔となつてゐるに、違ひない。ぢはぢはと、近所の人たちを卷き添へに、カンテラ一味を脅かさうとしてゐる- そして、霧子は、やはりルシフェルと通じてゐるのだ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂ 


〈夢を見た春うらうらと膝の猫 涙次〉



【ⅳ】


「それなら、俺がいつちよ行つて、片付けてくるよ」じろさん、既に、魔物たちの體液が染み付いた革手袋を嵌め、臨戦態勢である。「ついでに、松見さんと話をつけてくる」

「いゝのかい? じろさんに一任しても」「大將であるカンさんが、そんな細かなネゴシエイトをするもんぢやない。あんたには、ルシフェルとやらとの決戦に向けて、策を練つて貰はなくては」


 夕暮れ時。「猫をぢさん」こと、松見が、野良たちに餌をあげやうとすると、「ねかうもり」達が彼を襲つた。「う、うわあ! 助けてくれ!!」

 じろさん、すかさず掌底で「ねかうもり」の一群を叩き潰した。「た、助かつた。あんた此井さんかい?」「さうです。カンテラの派遣で、來たのです」


 松見には身寄りがない、と云ふ。それだけは訊いたが、生業の事には、じろさん触れなかつた。人には一つ二つの秘密はあるものだ。じろさんの哲學である。

 結局、松見はカネを出した。老いの身の尠ない蓄へですが、と松見は云ふ。だうにか、一味に感じる胡乱さが、減じたらしい。まあ身を救つてくれた者には、人間従順なものだ。



【ⅴ】


 殘つた「ねかうもり」は、ルシフェルの許に帰つた。「く、く、く」何故か笑ひの収まらぬルシフェル。彼が何を企んでゐるのかは、全く不明であつた。彼の祭壇として横たはる、全裸の霧子、にも。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈告げ口の(から)さ確かに受け止めたたゞの余生の(つら)さを知りて 平手みき〉



 今回はこゝ迄。また。

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