000_プロローグ
私は全てを知っている。
私は全てを持っている。
現実の全てを失ったからこそ得たものがある。
私はたまたま特別不幸で、特別幸運だった。
ただ、それだけの話。
知らない誰かと、親が話した内容はわからない。
理解も出来ない。
でもそれでも良かった。
管に繋がれ、薄い呼吸をする。
外を見ることも出来ず、自発的に言葉を発することも出来ない。
目線すら合わせることが出来ないから、当然、意思疎通も出来ない。
ただ、日々、何か液体を流し込まれ、排泄物の不快な感覚と、
床ずれの感覚と、たまに移動して身体を切り刻まれる感覚があるだけ。
痛みというものを生まれつき感じなかったことだけは、神様に感謝した。
居るかどうか、知らないけれど。
でも、それでも私は。
この世界では神になれた。
他に何人居るかわからないけど、私は特別な存在だ。
でも、私は他人と関わった経験が無い。
そもそも誰かとコミュニケーションを取ったことすらない。
そんな私が知識だけ得て、何が出来るというのだろう。
色々と得た知識。
言葉、感情、記憶。
でもそれら全て知識なだけで、実感は無い。
知っているだけ。上滑りしている感覚がとても気持ち悪い。
だから私は、適当に、私に求められる行動をした。
数ある選択肢を見ていく中で、最も負担が少なそうなものを見つけた。
全てを失って、ようやく全てを手に入れた私は、
結局の所、何もない所で眠ることを選んだ。
正攻法では絶対にたどり着けない。
唯一たどり着くには、最も優しい心を持って、それでいて億に一つの細い可能性を辿ることが出来る人。
私と同じくらいの確率を引き当てることが出来る人。
そんな人なら、私を引っ張ってくれると思うから。
だから私はここで眠り続ける。
そんなことはあり得ないとわかっていながら。
私は捨てきれないのだ、希望というものを。