(9)
(ふう……夜、か)
気絶から目が覚め、いつものように室内を見回すがいつものように無人。窓の外の様子から、まだ宵の口と判断。少しだけ気絶する前と見える景色が違うが、この部屋の主が時折体の向きを変えているらしく、気にするだけ無駄と考えるようにしている。
(キュバリルは……まだ目を覚ましていないか)
この、よくわからない境遇にありながらもキュバリルは冷静に魔力の鍛錬に励んでおり、魔法陣の構築と発動まであと一歩のところまで来ている。簡単な魔法の発動が出来るようになったら、彼女がもっとも得意とする味方を強化する魔法の発動に挑んでいく予定だ。強化魔法が発動出来れば、もしかしたらこの満足に動かない体を動かせるようになるかも知れない。もしもそれがかなわない――つまり、肉体年齢的に早すぎると言う場合だが――としても、魔力が強化されれば、その分魔力鍛錬の効率を上げることが出来るからだ。
とは言え、キュバリルには『焦る必要は無いからな』と言い聞かせてある。周囲の状況がわからない中、闇雲に動いて下手を打ったらどうなるか。そして、キュバリルは身につけている物だけでいうと魔王三将の中で一番派手好きなために誤解されやすいのだが、実は一番慎重な性格。『気をつけなければならない事だが』と前置きして、懸念事項を提示すれば、様々な可能性を考慮し、慎重に事を進めるのが一番うまい。
最大の懸念事項としては、やはりこの屋敷――あるいは城だろうか――の住人たちの素性が不明であり、いつ何時二人に対して危害を加えてくるかがわからないと言うことだろう。何しろどこかに生まれ落ちていたであろう二人を鋼の爪を用いて掴み上げて高所から叩き落とすという所業だ。無論、魔族……すなわち魔王軍も人間の村や街を襲った折には女子供とて容赦はせず、老若男女分け隔て無くその命を奪ってきているが、それと同等のことをやってのけている連中だ。今はこうして生かされているが、いつこの命を奪いに来るかわかったものではない。
(今はまだ生かされている……あるいは、仲間が救出に来る可能性を考え、罠を張り待ち構えている……そんなところかも知れん)
だが、幾ら考えても結論が出るものでもない。日課としての鍛錬に取り組もうとして魔力を練り上げ始める。今日は魔力探知をもう少し広げてみる予定だ。
ゆっくりと魔力を放出し、広げていく。順調に行けばここから見える窓の辺りまで届くはずだ。
慎重に魔力をコントロールして放出していく。
『む……こ、これはまさか……魔王様では?』
『え?』
キュバリルのものではない念話に、驚いてしまい、魔力が霧散してしまった。この魔力パターンは……
『フォラトゥか?』
『は、魔王様の忠実なる配下、フォラトゥにございます』
……仮にも暗黒竜が……こんなところに?どういうことだ?
『なるほど、俺やキュバリルと同じようなことが起きているのか』
フォラトゥもあの戦いの直後、気付いたら軽快な音楽の流れているところで目が覚めたと言う。だが、俺もキュバリルもうつ伏せの状態だったからほとんど状況がわからなかった一方で、フォラトゥは周囲が見えたという。
『透明な板……そうです。ガラスだと思います。それがふんだんに使われている中に閉じ込められており、身動きが取れなかったのです』
『ガラスがふんだんに使われていた……どこの貴族だ?』
『さて、我もずいぶんと世界を飛び回りましたが、あのようにガラスを用意出来ているような貴族など見たこともありません。いえ、世界の隅々まで丹念に見て回ったわけではありませんが』
『だが、相当な財力だな。それで?』
『魔王様、今から我の話すことは……信じがたいことと思われます。しかし、このフォラトゥ、魔王様に忠誠を誓った後は勿論、その前も一度たりとも嘘偽りを申し上げたことはございませんし、これからもその心に変わりはございません』
『う……うむ』
どうでもいいのだが、俺の配下ってだいたいこう言う傾向があるんだよな。もう少し肩の力を抜いて欲しいと思うのだが。ま、今はいいか。
『その……ガラスの向こう側に親子とおぼしき人間が現れました』
『人間の親子か』
『我は人間の細かなところはわかりかねるのですが、おそらく王族か貴族、それに連なるものと思われます』
『ほう?どうしてそう思った』
『身につけている物です。その後にわかったことなのですが、どれもコレも柔らかく、絹のような上質な肌触り。縫製も実に細かく、オマケに全て様々な色に染め上げられていただけでなく、その染め上げる色によって何かの図柄を描いておりました』
『なるほど』
『そしてさらにその人間の母親が、銀貨を二枚取り出しまして』
『銀貨か』
人間も国によって色々と事情は異なるが、銀貨二枚を気軽に取り出すとは……おそらく王族か、公爵とかいう王族の縁者か。
『そして、我の位置から見えないところで何かをゴソゴソとやっていたかと思うと』
『思うと?』
『上から鋼の爪が下りてきました』
『鋼の……爪……だと……?』
言うまでも無く、人間の爪は……か弱く小さい。フォラトゥが鋼の爪と評するとなると竜種を始めとする大型の魔物の爪だろうが……
『ごく僅かな時間しか見ることが出来なかったため、コレはあくまでも憶測ですが……アレはおそらくゴーレムです』
『ゴーレム?』
『ええ。なぜなら、その爪は……腕だけだったのです。腕だけが吊されて下りてきたのです』
『腕だけ……なるほど。確かにゴーレムの可能性が高いな』
『それに……あのような形の腕をもつ人族や魔物に覚えがございません』
このような姿です、と念話でその見た目を送ってきた。
念話の便利なところはこうした映像もある程度やりとり出来るという点だ。もちろん、送り手側の主観が大いに入るという欠点もあるが。
『何と奇っ怪な』
ここまでの間静かに俺とフォラトゥのやりとりを聞いていたキュバリルが思わず声を上げるのも無理はない。白くて丸いツルリとした物から白銀に輝く鋼の爪が三つ生えている姿を見たら、子供なら泣き出すだろう。
『そして、この爪が下りてきて、我の体を掴み……持ち上げたのです』
『魔王様や私も同じように持ち上げられたな』
『うむ……それで。少し横に動いた後に爪が開いて落とされた。違うか?』
『魔王様の仰せの通り、落とされました。しかしどういうわけか痛みなどはなく、どこかに怪我を負うこともありませんでした』
『俺たちと同じだな』
『ですが、さすがに落下したと言うことで混乱しまして』
『お前、空を飛べる暗黒竜だよな』
『身動き一つ出来ない状況でしたので』
『まあ……いい。それで?』
『突然体全体を何かガサゴソと音のする白い物で覆われ、気付いたらこの部屋に』
『なるほど』
『ですが、そちらに鏡がありまして』
『鏡?』
ガラスだけでも驚きだが、鏡もあるのか。ますます持って、この建物に住んでいる者は相当な金持ちとしか言いようが無い。と言う考察をしていても始まらないので続きを聞こうか。




