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(さて、魔力を少しずつ放出し……)
かくいう俺も、前世では当然魔力探知は出来ていたのだが、初めて魔力探知を行ったときのことは全く記憶にない。それどころか、眠っているときでさえ魔力探知を切らすことはなかったから、「魔力探知を使う」という感覚自体が薄れていて少し戸惑う。
(こんな感じか……くっ、やはりこの魔力量では維持が難しい)
自分の周囲数十センチ程度で球状に魔力を広げただけなのだが、たったそれだけで魔力がゴリゴリと削られ、維持するのに必死。そして、維持に手一杯なので魔力探知による周囲の状況把握まで手が回らない。
(ふう……こんなモンか)
とりあえず状況は何とかわかった……魔力探知をするにはまだ少し早いか?だが、今の感覚……今までの魔法陣構築よりも魔力コントロールが上達しそうな手応えがある。少し休んでから再開しようと思ったとき、唐突に魔力を感じた。
『もしや……魔王様……白の魔王様では?!』
え?誰?いきなり脳内に声が聞こえるとか、普通に怖いんですけど。
『魔王様、こちらです。キュバリルです』
キュバリルだと?おかしい。あの戦闘で俺が命を落としたあと、逃げ切れなかったというのか?確かに相手は魔族にとって相性の悪い勇者ではあったが、それでも深手は負わせていた。あの場を離れ魔族領に逃げ切るくらいは造作も無いはずなのだが。
『キュバリル?どうしてこんなところに?』
『それが私にも皆目見当が付きません』
魔族はその姿形が多種多様であり、中には発声器官を持たない者もいる。一方で魔力の扱いに長けていて息をするように魔力を操れるために、魔力を操作して特定の相手と会話が出来る技術、念話というものがある。これを使えば、たとえ敵陣内へ潜入しているときであっても互いに綿密な連絡を取り合える。数で劣る魔族が人間たちを相手取るに当たってとても役に立つ。何しろ念話は魔力パターンを伴うため、唐突に『敵襲!』という念話を飛ばしても、誰がどこで発したのかがすぐわかる。そして、この念話は確かにキュバリルの魔力パターンであり、その発信源は……すぐ真横だった。
が、俺の視界はそちらに向けられない。
『キュバリル、お前からこちらは見えるか?』
『申し訳ございません、どういうわけか体が動かせず……その……魔力も乏しくて、念話も非常に……』
『そうか……少し、お前の周囲を念入りに探知するぞ』
『ハッ、魔王様の意のままに』
念話の発信源はすぐ近く。集中的に魔力を放出し、探知を行う。大きさの感覚はわからないが、俺の目線よりも下に何かこう……丸っこい、毛羽立った物があり、僅かではあるがキュバリルの魔力を感じる。
『フム……』
『魔王様?』
『いや……そうだな、キュバリル』
『何でしょうか?』
『お前、魔力はどのくらいある?』
『それが、恥ずかしながら、赤子の頃よりも少ないほどのようで』
『なるほどな。俺も似たような物だ』
『ま、魔王様が……ですか?』
『ああ』
曲がりなりにも魔王と呼ばれていた者の魔力が赤子並みだという告白。これは実力至上主義の魔族にしてみれば、魔王が魔王たり得ないという宣言でもある。通常であればこれほど危険な宣言はないのだが、この状況で隠しても仕方ないことなので告げておく。正確な情報共有をしておくことが重要だと判断したからだ。
『だが、どうにかなる算段は付いている』
『と申しますと?』
『この頼りなくか細い魔力ではあるが、鍛えることで僅かずつ強くなっている』
『なる……ほ……ど……』
『ム……そうかキュバリル、今日はこのくらいにしておこう。お前の魔力が尽きかけているようだ』
『申し……け……せん』
念話も僅かながら魔力を消耗する。それなりに鍛えてきたからこそ長時間の念話も可能となっているが、覚束ない魔力しか持たないキュバリルにとっては大変なのだろう。『気にするな』と労いながら、自身の魔力も残り僅かだと気づき、少しだけ魔力の鍛錬を行って気絶することにした。
ところで、気絶が習慣になりつつあるのだが、大丈夫だろうか?
それから体感で二日ほどかけてキュバリルから話を聞いた。俺が勇者に胸を貫かれ、転生の秘術を発動させたときに何が起こったのか。魔法を行使した俺自身は客観的にその様子を見ることは出来なかったが、キュバリルなら見ていただろうと。その聞き取りの結果……
『なるほど、俺を中心に魔法陣が展開され、目を開けていられないほどの光を放ったと』
『はい。申し訳ないのですが、それ以上は何も見えず、気付いたら妙な場所にいたのです』
『妙な場所?』
『はい。明るくて、軽快な音楽の流れている場所でした』
『まさかと思うが、周囲に色取り取りの丸い玉がなかったか?』
『ありました。そして、ここはどこだろうと思っていた矢先に、鋼の爪で掴まれたのです』
『鋼の爪だと?』
『はい。はっきりと確認出来たわけではないのですが、周囲の光を反射する光沢と我が身を抱え込んだその硬さと冷たさは、鋼だったと思われます』
『ふむ……』
そう言われて思い返してみると、転生した直後に自身の体を掴み上げていたものも冷たく、硬い何かだった。角度が悪く、それがなんなのかは見えなかったが、もしもキュバリルの推測する通りの鋼の爪だとしたら……この魔王に鋼の爪を突き立てようとしたと言うことになる。幸いなことに大した傷もなくここにいるのだが、もしもその爪がこの身に突き立てられ、血を流すような事態になっていたらと思うとぞっとする。赤子のように脆弱なこの体では長く持たずに命を落としてもおかしくない。未だ自由に体を動かすことはかなわないものの、さしたる傷も負わずにいられる自身の幸運に感謝した。
『その後は?』
『はい。そうして掴まれていたのですが、急に落とされました』
『な、何だと?!』
『もはやこれまでかと覚悟を決めたのですが、幸い命に別状はなく……すぐに人間の手によって抱き上げられました』
『人間の?』
『はい。母と子と思われます』
『そうか』
『そして視界が遮られ、気付いたらここにいた、と言う次第でございます』
『なるほどわかった』
頷いてはみたが……何も状況が把握出来ないと言うことがよくわかった。
だが、一人で試行錯誤を繰り返してきた日々を思えば、キュバリルという魔王に絶対の忠誠を誓い、俺自身もその才を高く評価していた部下がここにいるというのは心強い。
『キュバリルよ』
『はっ、何なりと』
『現状については先に述べた通り、ここがどこなのか判然とせず、体も自由に動かせない。そして魔力も乏しい状況だ』
状況を並べてみたが、何とも不安しか感じない言葉だらけだな。
『だが、ここで漫然と過ごすわけには行かぬ。いずれ来たる再起のためにも、これからの時間を鍛錬と情報収集に充てる』
『魔王様の命のままに』
こうして魔王三将の一人、キュバリルと共に魔力の鍛錬を開始することとなった。
実のところ、俺自身は魔法はそれほど得意ではない。いや、もちろんそこらの人間よりもはるかに高い次元で魔法を使いこなせると自負しているが、一番得意な魔法は自身の強化。攻防共に大幅な強化を行い、それを長時間維持出来ると言う、傍目には脳筋にしか見えない身体強化魔法が得意であって、火球を放ったり、暴風を引き起こすと言った魔法は得意ではない。そのために、魔法……魔力を使いこなす、と言うことに関してはキュバリルとグレモロクに一歩どころか数歩、数十歩……グレモロクと比較すると百歩以上劣る。わかりやすく言うと、魔力の鍛錬という点においてもキュバリルの方が要領よく行えるだろう、と推測する。そこで、今まで自己流で行ってきた魔力の鍛錬をキュバリル監修の下、効果的に進める方法を探すこととなった。
キュバリルは『魔王様に指導など、畏れ多くて』などと言っていたが、『適材適所という言葉がある』と言えば十分。そしてキュバリル自身の鍛錬を兼ねた鍛錬方法はなるほど確かに自己流に比べると効率も良いらしく、魔力量も目に見えて増えていった。
先は明るい。そう思っていた。




