(7)
(おおおお!)
通算九十二回の気絶を経て、目の前に魔法陣が構築された。もちろんその直後に気絶したが、それからまた気絶を繰り返して微調整を行い、百回目の気絶後、とうとう思い描いていたとおりの魔法陣が形成された。
(ここも良し、ここも問題なし。完璧だ)
もちろん出来上がったのはそよ風を起こすだけの魔法陣で、魔法の行使としては初歩の初歩。だが、ようやくスタートラインから一歩踏み出したのだから感慨もひとしおだ。
(だが、まだダメだ)
魔法陣は構築できたが、実はその先が出来ない。そう、魔法陣を起動させるための魔力が無いのだ。だが、その目星も付いている。というか、このままこれを維持して気絶し、その後全快すれば十分行けると踏んでいる。
(いよいよだ)
そう思って、気絶した。
さて、いよいよ初の魔法発動である。気絶から目覚めたのが朝、その後魔力の回復を待つ間、この部屋を使っているであろう人間は現れなかった。多分、生活パターン的に昼間は部屋にいないのだろう。落ち着いて魔法の練習が出来るというのはありがたい。
魔力の回復を待つ間、改めて魔法陣の形を思い浮かべながら問題が無いことをチェックする。魔法陣の構築に関する理論に精通しているわけでは無いが、問題なしと判断する。
そしていよいよ魔力が回復したので、魔法陣を構築し、転生して初の魔法発動にかかる。
おそらく、魔法の発動で魔力と使い果たして気絶するだろう。だが、魔法陣を構築するだけで魔力を使い果たすよりも、魔法を発動させて魔力を使い果たす方が魔力の成長が大きいだろう、多分。
(まずは魔力を練り上げる)
前世と比較して百分の一どころか、さらに百分の一にすら届かないほど微かな魔力だが、丁寧にまとめていく。
(続いて放出、魔法陣の形を形成)
ゆっくりと慎重に。今は戦闘中でもないし、魔法行使の腕を確かめる試験でも無い。じっくり丁寧に仕上げ、我ながら惚れ惚れするほど美しい魔法陣が完成した。そよ風を起こす程度の魔法にここまで作り込む奴はいないだろうという意味で。
(そして、構築出来た魔法陣に魔法起動のための魔力を注ぎ込む)
中央にトンッと軽く叩く程度の魔力を送り込むと魔法陣が反応して光る。そしてすぐに魔法が発動し、魔法陣の向けられている方向へ風が吹き出す。
(しまった!)
あろうことか、自分に向けて風を吹き出してしまった。しかも、魔法陣の出来が良かったのか、ちょっと思ったよりも風が強い。そしてこの体は、この風に対し抵抗することが出来ず、そのまま仰向けに倒れ……
(ま、まずいっ)
自分が何の上に乗っていたのか判然としなかったが、視界がぐるりと回ったおかげで、どうやら何かの棚か、物入れのような家具の上にいたとわかったが、そのまま為す術無く落下していく。
(くっ!)
手足を必死に踏ん張ろうとしたが、全く動かず、そのままかなりの高さから落下。さすがにこれは助かるまい、と覚悟を決めた直後、魔力を使い果たしたために気絶した。
死を覚悟しながら。
ハッと気付いた時、周囲は薄暗く、しかしそこは死後の世界などでは無く、すっかり見慣れてしまった室内の様子が見てとれた。
(死んでいない……だと?)
この体、余程頑丈なのだろうか?だが、体の自由は利かず、手足がある感覚はあるのだが動く様子は無い。そして、今いる位置は気絶する前とほとんど同じだが、向きが少し違うような?何者かが落下した体を拾い上げ、元の位置に戻したのだろうか?
ま、細かいことはいいか。
とりあえず反省だ。
反省すべきポイントはただ一つ。魔法陣の向きだ。魔王として君臨し、人間共を蹂躙してきたときも魔法は使っていたが、何せ幼い頃から何度も練習し続けてきたから、特に意識せずとも魔法陣は構築出来ていたし、そもそも無詠唱で魔法を行使するのが当たり前だった。だが、今回は必死に魔術文字を組み立てたりしていた関係で、本来相手側に向けるべき面を自分に向けてしまっていたというわけだ。まあ、構築したあとに向きをクルリと変えればすむ話なので忘れないようにすればいいと言うだけの話だが、その忘れなければいいというのを失念した結果なので笑えない話だ。
とまあ、反省点はあるものの、「魔法陣を構築し、魔法を使う」という当初の目標はひとまずクリアだ。
では次は?
色々とあるが、魔力をもっと鍛えて大きくする、魔法陣の構築精度を高める、他の魔法を試す、など色々とある。時間は有限だが、明日までに何かを為さねばと言うほどに切羽詰まっているわけではないので、よく考えなければならない。
そして、魔法の訓練も大事だが、現状把握もしなければならない。
ここは一体どこだ?
そして俺の体はどうなってしまっているのか?
勿論、それらに何らかの答えが出てきたらさらに新たな疑問も出てくるだろう。つまりどういうことかというと、地道にコツコツという基本方針そのままに進めていけばいいだけだ。
人間の国家に戦争を仕掛け、破壊し、蹂躙する。力こそ正義と言わんばかりの魔王として知られていた俺ではあるが、実際には攻め込む国の攻略ポイントの選定に、偵察を送り込んで入念に現地調査。出来るだけ少ない労力で相手を疲弊させるポイントを絞り込んで先遣隊を送り込み、内部から破壊工作を行って弱体化させ……と下準備を入念に行っていたことはあまり人間側には知られていない。そりゃそうだ。いつの間にか作物の出来が悪くなり、家畜が病気がちになり、食べるものが減ってきたなと思い始めた頃にちょうどいいタイミングで魔王が攻めてくるのだ。人間共は「畜生、何だってこんな時に!」とか「間の悪いときに!」と騒いでいたようだが、そうなるように準備して頃合いを狙っていたんだから当たり前だ。
とまあ、実は俺は頭脳派なのだ。勿論、作戦の細かいところでは配下の参謀や偵察に入った諜報部隊の収集した情報で修正はしたが、その時だってしっかりと互いの意見をぶつけ合い、納得のいくまで議論を重ねていたた。過去の魔王には見られなかった傾向だという話だが、過去の魔王ってどれだけ脳筋だったんだよと言いたいね。
話が逸れた。えーと、そうそう、まず現状把握として、この部屋がどんな建物の中なのかを探り、建物内の人数、役割、配置を知る必要があると言う話だ。この先、順調に成長して、十分に戦える力を備えた暁にはこの建物ごと吹き飛ばし、街一つくらい潰してから魔王城へ凱旋してやろうじゃないか。壮大すぎる目標ではあるが、魔王が掲げる目標としては小さすぎるくらいだ。
では、どうやって周囲の状況を探るのかというと、魔力を使った探知となる。やり方は簡単で、魔力を少しずつ外へ放出する。それだけ。だが、その放出した魔力と自分の間の接続を切らさずに伸ばしていくと、障害物に当たったときにその形がわかる。魔族の多くの者が普段からごく自然に、呼吸や瞬きをするように魔力探知を行っている。そのため、暗闇だろうと障害物が多い森林や屋内だろうと、罠が仕掛けられていないか、敵味方が現在どこにいるのか、といった情報を常に把握出来る。人間でも訓練により魔力探知は行えるようになるというが、日常生活レベルでも使っている魔族の精度と広さには敵わないらしい。




