(6)
気付いたのは、また夜だった。イヤ、まだ夜だったのだろうか?
時間の感覚が全くわからん。もしかしたら気絶している間に数日過ぎているかもしれないが、知る術がない。何にしても夜だ。そして、少なくとも先ほどより遅い時間なのだろう。ベッドの上の寝具が膨らんでいて規則正しく上下している。おそらくこの部屋の主が寝ているのだろう。膨らみの大きさ的に人間の子供だろうか?
これは……とんでもないところに来た、と改めて思う。
あそこで寝ているのが人間の子供だと仮定すると、この部屋はあの子供専用と言うことになる。子供に部屋を一つ割り当てるという時点でかなり裕福だが、その部屋の窓にガラスを使用し、書物を置き、あまつさえ上等な寝具を与える。魔族領で言えば、都市を治める領主クラスでないと子供に一部屋与えてここまで設えたり出来ない。この家がかなり高位の貴族か王族となると、魔王の転生体であると言うことは絶対にバレてはならない。
だが、この体は瞼を閉じることも出来ず、口を聞くことも出来ない。オマケに手足も動かない。気絶している間にバレることはないだろうから、こうして目が覚めている間だけ注意していれば大丈夫だろう。
寝具の動きは微かで、よく寝入っているようなので今なら大丈夫と判断し、魔力を練り始める。ゆっくり慎重に……よし、いい感じになってきた。続いて魔力を糸のように細くして外へゆっくりと……
「ん……んんっ……」
(@#$&※<&!!)
寝返りを打ちつつ、何かモゴモゴ言っただけか……
ふう……
驚かせるなよ……
心臓に悪……この体、心臓がないような気がする。手を胸に当てられないからはっきり確認出来ていないけど。
ハテ……もしかして、転生に失敗してアンデッドとか……そういう系に……?いや待てよ、それならさっさと人間に討伐されるはず。仮に討伐が困難な存在だったとしても、ベッドの横にアンデッドとか、さすがの魔王もそれはお断りする。だってあいつら、生気の無い目をしてるんだぜ?下手すりゃ眼球すらないし。幾ら忠誠を誓い、その忠誠が本物だとわかっていても、アレに見つめられながら眠れるほどの胆力のある者など同類以外にはいないだろう。
っと、集中集中。
魔力を練り上げて……糸のようにして……気絶した。
気付くと既に日は昇っており、窓から明るい日差しが差し込んでいた。改めて思うが、あのガラス、正真正銘の高級品だ。あそこまでの透明度であのサイズとなると、魔王城でもおいそれと使えない。まさかと思うが、人間の技術力はそこまで進んでいたのだろうか?
たかがガラスと侮るなかれ。
身の回りの日用品、建築物、そう言った物に使われる技術が高い水準にあると言うことは、その他工業技術全般のレベルが高いことを示唆している。もしも、あのレベルの透明度のガラスを大量生産出来るほどの技術を人間が有しているとしたら、その他にはどんな技術を持っているだろうか。もしもアレを自在に加工出来る技術まで持っていたら……例えば刀身の見えない剣なんてのを大量生産出来たりするのだろうか?魔剣の一種として刀身の見えない剣は存在するが、その希少性は魔王軍ですら一振りしか所有していないほど。一度だけ模擬戦で対峙したことがあるが実に戦いづらかった。
もしも、そんなものを実用化していたらと思うとこれからに不安を感じる。だが、考えても結論の出る話ではない。注意すべき事項として心に留め、魔法陣を……気絶した。
(ふう……)
気絶も31回目ともなると、慣れたもので目覚めもまあ……悪くない。目を閉じて眠れない理由は未だ判然としていないが、気絶も睡眠も大差ないだろう、多分。それに魔力の総量は増えていると実感している。何となくの感覚でしかないが、最初の頃の2倍……とまでは行かないが、それに近いくらいまで増えていると思う。
そこで、少しだけやり方を変える。と言っても大したことではない。今までは気絶から目が覚めたらすぐに魔力を練り上げていたのだが、今回は少しこのままにしていよう。そして魔力が全快したらどの程度まで行けるか試す。別に焦っているわけではないが、今の魔力量でどの程度のことが出来るかをしっかり知ることは、鍛錬の達成状況の把握に繋がる。地道にコツコツという方針は変わらない。だが、どの程度成長しているかを正確に捉え、必要ならば鍛錬のやり方に見直しをかける。
「魔王よ、大きな物事を為すにはそれなりのやり方という物がございます」
頭脳、政務面でサポートをしていた宰相がそう言っていた。計画、実行、確認、改善そしてまた計画。それを繰り返すことが大事なのだと。
今は、魔力を増やすという目的のために、鍛錬方法を計画し、実行した。ならば状況を確認し、改善点がないかを検討する段階だろう。
現在の時刻は相変わらずよくわからないが、明るさから午前中だろうか。おそらく魔力が全快するのは日が沈む頃になりそうだからそれまでの間……眠れないなら眠れないなりにこれから構築する魔法陣の改良を考えることにした。
グレモロクが言っていたな。魔法陣は奥が深いと。同じように魔術文字を並べてもその文字の大きさのバランス、文字と文字の間隔などで、魔法の威力や精度はもちろん、魔力の消費量も変わってくる。その組み合わせは文字通り無限で、生涯をその研究に捧げても全く時間が足りないと。
なるほどそう言われてみると、今自分が構築しようとしていた魔法陣は……少しばかり魔力を無駄に消費しているところがありそうに見えてきた。2文字目と3文字目の間隔を詰めるべきだろう。あとは7文字目から9文字目を少し小さくするべきか。あとは中央に描く五芒星をもう少し小さくした方が効果が上がりそうな気がする。それから……
夢中になってああでも無い、こうでも無いと考えていたらすっかり日が傾き窓から夕日が差し込んでいた。魔力は……よし、ほぼ全快だな。
この部屋を寝床にしている人間が入ってくる気配もないので、早速魔力を練り上げる。よしよし、だいぶこの体での魔力操作に慣れてきたな。スムーズに魔力がまとまり、糸のように細くスルスルと伸びていく。考えに考えた魔法陣の形に仕上げていく。円を描き、その内側に同心円を、続いて円周に沿って魔法文字……気絶した。
気付いたのはすっかり辺りが暗くなってから。耳を澄ますとどうやら人間たちは食事をしているようだ。
(さて、現状について……)
先ほど作った魔法陣は……問題だらけだった。まず、円が歪んでいた。この時点で全然ダメだ。そして同心円も中心がズレていたし、魔法文字も形がおかしいものがあった。要するに……あの魔法陣が完成したとしても何も起こらない。悪いところは明白。魔力の操作が甘すぎて、狙ったとおりの形になっていない。だが、それならそれで鍛え方がある。魔法の研鑽を重ねること数千年と言われる魔族には魔力操作の鍛え方も数え切れないほどのやり方があり、こう言うときにはどうやって鍛えるか、という定番のやり方が確立されている。
(問題点は明らかになった。ならば一つずつ解決していけばいい。焦るな。地道にコツコツだぞ)
何度も自分に言い聞かせつつ、魔力を練り上げる。あの歪み方は魔力の動きがまだスムーズで無いために起こるので、慎重に練り上げて……気絶した。




