(5)
(地道にコツコツ、だ)
何度目になるかわからないが、改めて自身に焦るなと言い聞かせ、風の初級魔法の練習に取りかかる。
さて、魔法を発動する方法はいくつかある。主だったものは三つ。呪文詠唱・魔法陣構築・魔道具使用だ。
そして、魔法は属性その他の条件により、種族や個人ごとの得手不得手がある。例えば火の魔法が苦手だが、水の魔法は得意、と言った具合に。そして得意な魔法ほど発動は簡単で、苦手なほど面倒……あるいはそもそも発動しない、となる。
魔族は人間に比べると魔法との親和性が高く、ほとんどの者が複数の属性を得意とし、苦手な属性も「少々呪文の詠唱が長くなる」といった程度で、この俺自身も特に苦手とする属性というのはなかった。そして得意な魔法を極めていくと、詠唱自体を破棄するという離れ業も出来るようになる。
また、種族によっては体の模様や体型が魔法陣を構築していたりして、魔法の発動がより簡素化されていることもある。
この体の場合、どこかに魔法陣が構築されている可能性は低い。また、魔法の発動を補助する魔道具も持っていないし、この室内にも見当たらない。
となると詠唱……この体、口が開かん。喋れないじゃないか。
(クソッ!)
だが、諦めるのは早い。と言うか諦めてはダメだ。こう言うときは基本に立ち返り、考えるのだ。時間はたっぷりある。よく考えるのだ。
まず、呪文詠唱は一旦見送るのは確定だ。喋れない以上、呪文を唱えるのは不可能。それに、この部屋はどう見ても誰かの私室で、寝室も兼ねている。仮に呪文を詠唱出来たとしても、扉の向こうで耳をそばだてたりなどされていたらマズい。
もちろん、詠唱破棄という方法もある。だが、そもそも詠唱破棄が出来るようになるためには、何度も同じ魔法を繰り返し使用し、魔法を使う感覚を、それこそ息をするのと同等にまで引き上げていく必要がある。詠唱破棄を身につけるために詠唱が必要と言うわけだ。
それに、魔法の初歩から練習をしようというのに、高等技術である詠唱破棄など矛盾も甚だしい。
では他の方法は?
詠唱が出来ず、魔道具が無い状況ということは、魔法陣構築となる。
魔法陣構築による魔法発動は、一定の規則に基づいて模様を作成し、魔法文字を使用して使用する魔法の効果を書き込んで魔法陣とし、そこに魔力を流し込む、と言う流れになる。そして魔法陣の構築は、紙に書いたり地面に書いたりという方法の他、あらかじめ書いた布などを使用するなんて方法もある。
だが、今は何かに書くという方法は使えない。ではどうするかというと……魔力を操作し、魔力自身で魔法陣を描く、という方法がある。この場合、魔力を体外に放出しながら形をコントロールして魔法陣の形を作るというわけだから、魔力の消費量はかなり多い。
この体から感じられる魔力量はかなり乏しい。魔法陣構築のために放出したらそれだけで使い切って気絶しそうだ。
だが、使い切ってしまうならそれはそれで好都合。
今の状況は、敵陣まっただ中では無いから、気絶したところで大した問題では無い。そして、魔力の器は魔力を使い切ることで大きく成長することがわかっている。しかも、早い時期から使い切ることを繰り返すとより大きく成長するという。今の状況にはもってこいだろう。
では早速、と魔法陣の形を思い浮かべる。
風の初級魔法は、そよ風を起こす程度で、あまり使い道のある魔法では無い。風力が小さく、敵を攻撃する手段には全く及ばないし、換気目的に使うにしてもやはり小さい。
火や水の初級魔法が、火種を作ったり、コップ一杯程度の飲み水になったりするのに比べると、土の魔法同様に実用性は皆無で魔法初心者が練習に使う以外に使い道が無い。と言うことで、よく覚えていない。
(えーと、どうだっけ?)
風属性であることの宣言部分、使用する魔力についての記述、引き起こす効果……こんな感じだったか?と必死に記憶を辿る。風魔法自体は使い慣れているが、魔法陣による構築などずいぶんやっていないし、初級そよ風魔法となると一体どのくらい使っていない魔法だろうか。
だが、久しぶりすぎて逆に新鮮で、つい夢中になって凝った魔法陣にしてしまった。凝った、と言っても消費できる魔力量が最小なので所詮そよ風……では無い。僅かではあるが威力強化を入れているので、落ち葉が舞い上がり、草原が少しざわつくくらいの風は起こせるだろうか。
そして、その程度の風ならこの室内で引き起こしても、特に問題は無いはず。
(では魔法陣構築)
体内の魔力を練り上げ、指先から少しずつ糸のように放出しながら目の前に魔法陣の基準にする円を描いていく。
(もう少し曲げて……曲げ……くっ)
ガクン、と視界がブレる。魔力切れだ。
(何とも情けないっ)
この程度の魔法陣構築で魔力を使い果たすとは。
だが、ある程度予想していたこと。このまま気絶してしまおう。次に目を覚ましたときには少しは器も成長しているだろうから。
(う……む……ここは……ああ、そうか)
気づいたのは既に日が沈んだ後のようで、窓の外は真っ暗。おそらく三、四時間程、気を失っていたと思われる。目を閉じることが出来なくても気絶は出来るんだなとどうでもいいことに感心しながら、体内の魔力の具合を確認する。
僅かだが最大量が増えているような気がする。そして、多分コレは全快では無い。
気絶する前の魔力量が百あったとして、今感じられる魔力量が七十前後。そして多分、おそらくきっと……最大で百一くらいはありそうだ。
(少々強引な方法ではあったが、効果はあったな)
とは言え、この魔力量は実に寂しい量だ。百と表現したが……この百を全部火の魔法につぎ込んでもロウソクの先ほどの火が作れるかどうかだろう。だが、僅かでも増えたという実感はモチベーション向上にも繋がる。
改めて自分自身に言い聞かせる。
(焦るな。地道にコツコツ。急ぐ必要は無い)
予想だが、さっきのような気絶レベルの魔力消費を百回も繰り返せば、ロウソクに点せる程度の火が作れるくらいには成長するだろう。室内だからやらんけどな。
そして風魔法なら細い木の枝を揺らすくらいの風が作れるだろう。
だが、そこまで成長しても、まだ動くには早すぎる。
今いる場所がどこなのかはっきりしないし、体を動かす筋肉も未発達。
気絶百回程度なら一、二ヶ月で達成できそうだが、肉体の成長に悪影響を及ぼす可能性もある。体の調子を見ながら慎重に。それに、いくら周辺数キロメートルを焼き尽くすような大魔法が使えるようになっても、ハイハイしか出来ない赤子の体ではすぐに勇者に殺されてしまう。
体の成長を促進する魔法というのを研究していた者がどこかにいたと思うが、色々問題も多くて進められないとかいう話を聞いたこともある。急激に成長させすぎて、そのまま一気に老化してしまうとか、体はでかいがそれを支えるに足る筋力がついてこなかったとか。
結局、天候不順などによる緊急時に家畜の一部を急速に成長させて、食糧を維持するという、いわば緊急時に使うための魔法として維持研究されている程度だったはずだ。ちなみに、まともに成功したという報告はついぞ聞かなかったが。
余計なことは置いておこう。
当面の目標は魔法陣をしっかり構築すること。何しろさっきのも構築出来たと言うにはあまりにもお粗末、と言う以前の問題で、魔力を放出し円を描こうとしただけで終わっているのだ。しかもその描きかけの円も実に歪な形。こんなのが魔王だと知れたら指さして笑われる程度では済まないほどに酷い状態だ。
だが。生まれたての赤子と同等の肉体、魔力量で魔法陣が構築出来ないのは当たり前。これから伸ばしていけばいいのだ。
とは言え……一応周りの様子を窺う。外が暗いと言ってもどのくらいの時間だろうか?魔法陣を構築しようと四苦八苦しているところに誰か入ってきたら色々問題になりそうだが……そっと耳を澄ますと、どこからか数人が談笑しているような声が聞こえる。声の響き具合からして、この部屋の外、廊下を少し進んだ先の部屋で数人……多分三人か四人だな……なんと言っているのかはよく聞こえないが、おそらく食事中と思われる。つまり、五分やそこらでこの部屋に誰かが来ることはないだろう。
と言うことで、魔力を練り上げ始める。ゆっくりと丁寧に。そして指先から糸のように延ばし、円形を作ろうとして……気絶した。




