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こうなると自分の魔力で何とかするしかない。あと、このまともに動いてくれない腕をどうにか使って魔法陣を描くこともしたい。幸い、机の上には紙やらペンがたくさんあるので、魔法陣を描くのに必要な障害は根本的に動かない手足と言うことで、これもまた大きな課題……というか現状では解決の見込みがないので、魔法陣は自分の魔力を使って描くしかないか。
『と言う方針を踏まえて、どうだろうか?』
『そうですな。ここ数日間の魔王様の状況を踏まえ、少し計算してみます』
俺自身の現在の魔力量に、魔力を使い切って気絶し、回復したときの伸び。それを踏まえて必要になる魔力量を備えるまでにかかる時間をグレモロクが計算する。とても面倒な計算だと思う。
と言うのも、魔力が増えていくと、魔力を使い切るまでにかかる時間が若干伸びる。だが、魔力が増えたことでさらに強力な魔法陣を描く、などの訓練に移れば魔力を使い切るまでの時間は短くなる。
一方で、魔力を使いいって回復させる特訓は魔力量が増えれば増えるほどに伸びやすくなる傾向がある。ただ、その伸びやすさというのは個人差があるし、波もある。魔法の知識においては魔王軍でも随一のグレモロクといえど、計算にはしばらくかかった。
『魔王様、非常に大雑把ですが』
『うむ』
『およそ百七十八年』
『結構かかるな』
と言っても、俺が人族を滅ぼすべく戦いを始めてから百五十年ほど経っていたはず。毎日鍛え続けていたら、長いと感じる間もなく過ぎるだろう。
懸念するべきは魔族たちがそれまで大人しくしているかどうかだが、攻め入る戦力だけでなく防衛戦力も充分なものを用意しておいたので多分問題はないはず。
俺が死んだという報告を受けて「仇を討つ」などと暴走して攻め入ったりしていなければ。
防衛軍として編成しているから、攻め込むには向かないものが多いんだよな。大丈夫だよな?
一方で、利点もある。それだけの年数、守りに徹していれば、人族側は「ひょっとしてこれ以上攻めてこないのでは?」と気を緩めるか、「攻めて攻めて攻め続けろ!」と軍を動かし続けてさらに疲弊するかのどちらかになる可能性が高い。
『なるほど、確かにそうですな』
『だろう?時間がかかるというのは悪いことばかりではない』
『そうですな。しかし、それでも少しは急ぎたいもの。我ら三将の魔力も活かせるようにすれば短く出来るはず。色々と考えてみます』
グレモロクがそう言うなら何か方策があるのだろう。と言うことで、三将の魔力を使う方法についてはまかせて、俺とキュバリル、フォラトゥは魔力の鍛錬を続けることとした。
転生の秘術を再び、と決意してからおそらく一年が経過した。
なんで曖昧なのかというと、こればかりは仕方ないだろうとしか言えない。魔力を使い切って気絶してという生活では時間の経過がわかりづらいのだから。窓の外の景色とか、子どもの会話とか、相変わらず規則正しい生活をしている勇者たちの話から総合すると、だいたい一年、と言うところなのだ。
その一年の間にこの部屋はだいぶ様変わりした。
定期的にぬいぐるみが運び込まれ――その都度、「調子が良かったわ、百えんよ」とか聞こえたが、意味は相変わらずわからない――その数をどんどん増やした結果、棚が増えた。
あと、ハンモックが吊られ、俺たちや勇者がそこに置かれるようになった。
勇者と隣り合わせなど不愉快極まりない。こんな奴は俺のケツの下でちょうどいいと思うのだが、こればっかりは自由の利かない身故に我慢するしかない。
魔力の鍛錬は順調で、だいたいグレモロクの予想通りに魔力量が増えている。そして、三将の魔力を合わせるという方法もどうにか目途がついた。それぞれの魔力量に違いがあることと、魔力を受け渡すときのロスなどがあるので、期間が四分の一になったりはしないが、多分百年はかからないだろうというのがグレモロクの予想。
そのくらいならばと気合いを入れて気絶を繰り返す日々は続く。
『魔王』
『なんだ?』
『随分おとなしいようだが何を考えている?』
『なんだっていいだろう。俺がお前に説明する義理はない』
『だが、何かをしようとしているのをみすみす見逃すわけにはいかないんだよ』
『そうか。だが、残念だな。俺が何をやっているのかわからないなら……黙って見てろ』
『くっ!』
すべては百年後、新たに転生し、人族を滅ぼすために。
俺の野望に応えるかのようにハンモックは静かに揺れ続けていた。
『ククク……勇者よ。いずれ来る時のこと、覚悟しておくがいい』
『魔王め……お前の思い通りにさせてなるものか!』
フフ……お前の思い通りにこそならないとだけ言わせてもらおう。
『さあ、今日こそ息の根を止めてやるわ!』
『いちいちうるさい奴だな、少しは静かにしろ』
『もっと!もっと強く!』
『勇者!そこの変態を何とかしろ!』
『俺に言われても』
『……』
『賢者!お前はお前で!何か言え!』
『……』
時折連れてこられる聖女たちがいちいち突っかかってくるが、本当にコイツら、勇者の仲間でいいのかねと思いながら、好き放題いっていられるのも今のうちだと思う。
この俺が再び魔王として君臨し、世界を手中に収めるのを指をくわえてみているがいい、と。
ハンモックで揺られながら。
と言うことで、作者の妻がシロクマのぬいぐるみを指して言った「これで小説書ける?」の一言で始まった、小説は完結です。




