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『なあ勇者』
『何だ?』
『その、何だ。元気出せよ』
勇者に魔王が慰めの言葉をかけるってのもどうかと思うが、何となくいうべきだろうなと思って、声をかけてしまった。
『アレだ、魔族とか人族とかそういう垣根を越えて、お前がちょと哀れに見えて、な』
『魔王に同情されるとは思わなかったよ』
『だが、それはそれ。アイツを何とかするのはお前の役目な』
『ええ……』
『正教会だか神託だか知らんが、あんな殺人狂が勇者の仲間とか、頭おかしいんじゃないか?』
『いや、でも魔王軍だって』
『ん?』
『魔王軍だって、人族の軍を全滅させたことが何度もあるだろうに。数万の軍を全滅させるのと殺人狂と、どう違うんだ?』
『大いに違うぞ。軍と軍の戦い、戦争というのはどちらが生き残るかという戦いだ。生き残るためには相手を皆殺しにするより他ない。戦争とはそういうものだ』
『ええ……』
甘っちょろい勇者だな。
『戦争の有り様をお前と議論する気はないんだがな。それはそれとして、あのアリアスとか言うのは聞いた限りじゃ快楽殺人者だろうが』
『そう言えば、そうかも』
歴史上稀に見る悪人相手に「そうかも」はないだろう。
『それに、魔王軍が人族の軍を皆殺しにしたのは理由があるぞ』
『え?』
『人族の将がこう言っていたそうだ。「生き残るなんて恥をさらすな。死んでこい」だとさ』
『ええ……』
勇者、この日何度目かのドン引きだ。が、事実だしな。
とりあえず俺たちとしてはアリアスに積極的に関わるつもりはない。というか勇者も含めた勇者パーティ全員に対して言えることだけどな。
残念なことに勇者は俺のすぐそばにいる関係で、時折話しかけてくるのに応じていたが、アリアスはかなり離れた位置にいるので、そうそう関わる必要もないだろう。
と言うか、何かと魔王に話しかけてくる勇者ってのもどうかと思うけどな。寂しいのか?もしそうだとしたら……今後は話しかけられても無視してやろう。魔王が勇者の精神の安寧のために話し相手になるなんておかしな話だからな。
『おい魔王!』
『何だ』
『もっとこっちに近づけ、ぶっ殺してやる』
『……勇者』
『いや、今のは魔王名指しだし』
『どうした魔王、恐いのか?腰が引けてんぞ!』
今の俺は腰が引けるも何も無いんだけどな。
仕方ない、安い挑発だが乗ってやろう。
『アリアスだったか』
『あ?』
『調子に乗るなよ?』
『は?俺が調子に乗ってる?馬鹿も休み休み言え。俺はこれが普通なんだよ』
普段から殺気を振りまいている奴も困りものだが、普段から「殺したくてたまらない、我慢できない」オーラを漂わせる奴とかもっと困ると思わないか?
『フ……お前とはいずれ決着をつけてやる』
『ああ?俺は今すぐぶっ殺してやるって言ってんだが?』
『ククク……死に急ぐことも無いだろう?俺が近くに行ったらお前の死は確定だぞ?』
『くっ!』
これで少しは引いてくれると助かるんだが。
『魔王様、ノリノリですね』
俺だってしたくてやってるわけじゃないんだけどなあ。
さて、こうして勇者パーティが全員転生の秘術で転生したこともわかった。そしてそれぞれの居場所も。
勇者は俺のいる棚。俺が一番上で勇者はその下。聖女と聖騎士……どS聖女とどM聖騎士は隣の家。引きこもり賢者は聖女たちとは反対側の家。
んで、殺人狂、じゃなかった斥候が俺たちと同じ部屋の向こう側、机の上だ。
距離があるので注意しないと念話がここの小娘に聞かれてしまうと伝えたら、案外おとなしく静かになった。やはりアレだな、『下手に騒ぐと解体されるぞ』が効いたな。
快楽殺人者と言えど、自分が死ぬのは恐いらしい。
こうして始まった(?)奇妙な生活はどう表現したらいいのかよくわからない。
勇者と快楽殺人者は日の出と共に起き、日が沈むと眠るという生活をしている。
一方で俺たちは勇者たちが眠ると魔力の鍛錬にかかる。気絶するほどに魔力を練り上げていき、昼間はほとんど気絶したまま。たまに目が覚めると、快楽殺人者が騒ぐので勇者に押しつけて「え?俺?」というのを窘める。
そして、たまに両隣の家から聖女たちが連れてこられる。
聖女は部屋に入ってくると「おのれ魔王!まだ生きていたのね!」と突っかかってくるし、聖騎士は聖騎士で子供たちの下敷きになると嬌声を上げ、そのたびに子供たちが訝しがる。
子どもの教育に絶対良くないよな。人間の子供だから知ったことではないが。そして賢者はだいたい無言だ。たまに聖女が色々とけしかけようとするが、ほとんど反応はしない。
時折「そうは言っても、俺も身動きできないし」と反論しているが、そのくらい。
そんな感じの生活がしばらく続いた。
その間にわかったのは俺たちは魔力の鍛錬を続けていたから順調に伸びていたが、勇者たちは何もしていないらしく変化はない、と言うことくらい。
また、同時進行で転生の秘術の解析も進めていて、今度こそ問題ないだろうという魔法陣が構成できつつある。とは言え、そのままでは芸がないので、俺と三将を連れて転生できるように書き換え中。これが完成した暁には、勇者たちをここに置き去りにして転生し、勇者パーティという最高戦力のない人族を蹂躙してやる予定だ。
『うーむ、そうか』
『はい。現状では』
改良版の転生の秘術の魔法陣のおさらいをしながら、グレモロクの報告に頭を悩ませる。
俺が使った物に比べると転生の対象者が少ないため、使う魔力量はグッと少なくなった。もっとも、俺が使ったのが「魔力のある限り転生させ続ける」だったのだから、使う魔力量に大きな差があるのは当たり前だ。当たり前なのだが、それでも問題が次々出てくる。
『何らかの触媒があればマシなのですが』
『難しいところだな』
転生の秘術に限らず、規模が大きかったり、引き起こす事象が複雑だったりする魔法は必要になる魔力も相当な量になる。そしてそれは俺が使った転生の秘術も例外ではなく、色々な処置を施してやらなければ俺一人すら転生させられなかっただろう。
では、何をやったのかというと、魔法陣を刻み込むときに色々な魔法の発動を補助するような素材でインクとペンを作り、魔法陣を刻んだのだ。そう、用意できる中で最高の素材を用意して、ざっと百分の一くらいにまで魔力使用量を抑えるようにしたわけで、それがなければ俺はここにはいない。
もっとも、使用量を抑えすぎた結果、周りも巻き込んだわけだが。
で、この改良版、転生対象を四名に絞った上、いくつかの改良を加えたのだが、それでもやはり魔力の使用量が多い。このままだと俺一人の転生すら危ういどころか、何か違う事態を引き起こしそう、というのグレモロクの言。そしてそれは俺もそう思う。おまけに自らの魔力を糸状に伸ばして魔法陣にするという方法だと、何かの拍子に魔法陣がブレたりしたら、と言う危険性もある。そこで、何かに描いて、と考えたのだが、ただのペンとインクではやはり魔力不足になってしまう。では、何か補助できるような素材は?
結論から言おう。
ない。
少なくともこの部屋の中にはない。
そして何となくだが、聖女とかがいる両隣の家にもないだろう。
俺が少しだけ外に出たときに見た限りでも、そこらに生えてる草木にそうした魔力補助の素材になりそうな物は見当たらなかった。




