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つか、大魔王サタンのぬいぐるみって表現もシュールだな。仮にも大魔王が子供のおもちゃとか、不敬にも程がある。おそらくこうやって幼いうちから「魔王なんて大したことない」という意識を植え付けることで、魔族に対しての引け目を感じづらくし、戦いの場でも積極的に武器を振るえるようにするという英才教育の一環だろう。
さすが人間、やることが悪どい。
そんな俺の推測が正しいと示すかのように子供たちは大魔王サタンの腹を開いていた。
「えーと、ほらこれ」
「おー」
「電池が切れて喋らなくなってたんだよ」
「こうやって開けるんだ。知らなかった」
「志帆、電池の換え、ある?」
「んー、多分ある」
でんち、というのが何なのかわからないが、会話の様子からしておそらくあの音を再生する魔道具のエネルギー源なんだろう。通常は魔石を使うと思うのだが、小さな金属の筒型をしているものを、娘が持ってきた新しい者と入れ替えたところ、我ら魔族が敬愛するサタン様の声が滑らかに紡がれた。
「おお~」
「きっと、電池が切れてるぞって、気付かなかったのを教えてくれたんだよ」
「そうかなあ?」
「そうだってば」
んん?
『賢者よ、そしてグレモロクよ』
『何でございましょうか魔王様』
『なんだ、これ以上俺に構うな』
『賢者よ、そう邪険にしないでくれるか?この場は一旦休戦として、少し二人に質問だ。魔力の切れかけた魔道具が「魔力が切れそうだぞ」なんて教えたりするか?』
『聞いたことがありませんな』
『魔道具の魔力が切れたら動かなくなる、それだけだろう?』
『そうだよな』
魔力切れを教えてくれる魔道具なんて聞いたことが無い。
『たしかにそうだが、そう言う機能があれば便利か?』
『便利かも知れませんが、そのために組み込む魔法陣はかなり複雑になるかと』
『フン、所詮は魔族風情、その程度の機能を組み込むのすら困難とは片腹痛い』
どうしてお前らケンカ腰なの?一時休戦しようって、俺は言ったよね?
『だが、魔力切れを使用者に教える機能があったとしても、その機能のための魔力をどうやって供給するかという問題が発生するな』
『だからそれが複雑だと言っておるのだが?』
『私ならそのくらいはちょちょいと構築するけどな』
『な?!儂にだってそのくらいは!』
いい加減にしてくれないかな。
『まあ、魔道具のことはそのくらいでいいや。問題なのはどうやらここにいる人間たちにとってそう言う機能はごく普通にあることのようだってのと、賢者にすら知られていない技術だって事だろ?』
『ぐっ……た、確かに』
『もしかして、賢者って……持ち上げるだけ持ち上げておけば利用しやすい、軽い神輿みたいなもん?』
『そ、そんな愚かな者ではない!』
『神輿は軽い方がいいって言うけどなあ』
もう少しからかってやろうかと思ったら、思わぬ方向から変な念話が飛んできた。
『け、賢者!』
『何だ?』
『こ、この子供たちに……わ、私のことが気付かれないように伝えたいことがあるのだが、どうすればいいか知恵を!』
聖騎士か。
『俺の方の用は済んだ。好きにしろ。俺たちに迷惑にならない程度にな』
『クッ、魔王め……だが今はそれどころではないな』
『で、アネット……何をどうしたいんだ?』
『もっと上から踏みつけるように言ってくれ』
『『は?』』
見ると、聖騎士アネットであるサメのぬいぐるみの上に志帆とか言う少女が乗っかっている。が、上半身、胸のあたりで背びれの辺りを押さえ込んでいるだけで乗っているというか抱えたまま寝転がっているような感じか。
『えーと、アネット?』
『これでは足りない!もっと!もっと押さえつけてくれ!身動きできないほどに!』
何これ。
『キュバリル』
『はっ』
『あの聖騎士、アネットとか言ったっけ?一通り調べていたよな?』
『はい』
『前にも聞いた気がするが、改めて教えてくれ』
『ハッ。まず聖騎士というジョブクラスです。これは我ら魔族の基本属性である「魔」と対をなす属性「聖」を操ることに長けた重騎士という位置づけでして、その防御力は非常識なレベル。魔族の一兵卒で打ち破るのは難しい程です』
『なるほど。防御に長けたジョブか』
『それが防御だけでなく攻撃にも。あのアネットは剣に適性があったようですが、己の振るう剣に「聖」属性を纏わせることも出来、非常識な破壊力をもたらします』
『ある意味、魔族の天敵か』
『そのため、各隊には聖騎士と相対するときには必ず部隊単位で立ち向かい、隊長の的確な指揮が執れない状況になったらすぐに撤退するようにと厳命しておりました』
うわ、俺の部下、優秀すぎ。
『事実、あの騎士と戦い、失われた兵は数百では足りません』
『勇者に次いで厄介な相手か』
『はい。そして何よりも厄介なのはその身に纏う聖騎士用に誂えられた白銀の鎧』
『着てたな、そう言えば』
『聞くところによると総重量は百キロを超えるとか』
『ええ……そんなの着ててあれだけ走り回ってたのかよ』
『何より恐ろしいのは、そのサイズです。魔王様、鎧を身につけたとき、留め金やベルトはどのように締めますか?』
『どのようにって、普通だろ?』
ガチガチに締めたら身動きできなくなるじゃん。と言うか、俺がそれを屋ったら鎧の留め金が吹き飛んでしまうので鎧の意味がなくなるかな。
『あの女は……あの鎧よりもわずかに大きな体格をしておりまして』
『え?』
『その……潜入させた部下が言うには、身につけるところで「これこれ、この締め付けがないと落ち着かん」と言っていたとか』
ねえ、勇者。俺が心配する義理は無いが言わせてくれ。お前の仲間で一番まともそうなのが引きこもっていたいのを無理やる連れ回している賢者くらいにしか聞こえないんだが、それで人族の未来は大丈夫か?
寝台の上に放り投げられている馬のぬいぐるみにちょっと同情の視線を投げかけたが、やめた。その目の前で、
『もっと!もっとギュッとふみなさい!』
『ちょっと!そういうのを勇者の前でしないでくれる?主従関係が乱れるわ!』
ってやってるんだよ。何だよ、主従関係って。勇者パーティって勇者がリーダーじゃないの?つか、他人のことだし、人族のことだけどさ、そういうやりとりって子供の教育に良くないよな?
「何これ?どこから聞こえてるの?」
「何だろうね?」
「「踏んで!」って、どういうこと?」
「踏まれたら痛いよねえ?」
『痛いのがいいのよ!』
ホント、やめて。
『勇者、何とかしろ』
『え?俺?』
『とりあえずそいつらを黙らせないと、そろそろ取り返しがつかなくなるぞ』
『ええ?!』
魔王と言えど、悪逆非道の徒ではない。子供の情操教育によろしくないものは排除した方がいいはずだ。
『どこからどう聞いてもお前たちの方が子供の教育に悪そうなことしてるだろうが!』
『俺のせいなの?!』
『勇者パーティのメンバーって事はリーダーの勇者の責任だろうが!』
『ええ……』
少なくとも俺は魔王軍の品を落とすような者を長のつく役職には据えたりしていない。
『さっさと何とかしろ』
『でもなあ……前からずっとあんな感じだし、騎士ってそういうものかと思ってたし』
『今すぐ世界中の騎士に謝れ!』
風評被害も甚だしいと訴えられるぞ。
という、実に不毛なやりとりはすぐに終わりを告げた。遊びに来ていた娘二人が「そろそろ夕飯だから」と帰っていったからだ。
『勇者よ、一応聞いておくが、あと一人いたよな』
『え?ああ。斥候で弓手のアリアスな』
そいつも転生している可能性があるんだよな。
『どんな奴だ?』
『んー、優秀な奴だぞ。索敵、罠発見、遠距離からの狙撃、斥候として後衛として頼りになる奴だ』
おお、勇者パーティにも常識人がいたか。




