(30)
『……仕方ない。これをお前たちに見せるのは癪だが』
『ん?』
なんかすごいことをやろうとしているのか?
『む、ちょうどいい物がある。魔王に言うのは癪だが運が良かったな』
『ん?』
『まあ、見ていろ……いや、聞いていろ、か』
何のことだろうと思ったが黙って待っていると俺の下、勇者のいた辺りよりさらに奥の方からジィージィーと音がした。
「オ゛レ゛……ザマハ……オレサ……マ」
『これは?!』
『フ……魔王も知らなかったようだな。ここの人族は音を保管して自由に聞けるようにする不思議な魔道具を造り出している』
『そういう魔道具があるのは知っているし、使ったこともあるが』
『だが、中に魔石が入っていない魔道具は知らんだろう?』
『まさか?!』
だがよく考えてみたらグレモロクも杖の形をした魔道具の姿になっているが、中に魔石はないと言っていた。
『さて、これでどうなるか』
「オレ様の、言うことを聞け!」
「オレ様は、世界一偉い!」
「何?オレ様の名前を知らないだと?!」
『……なあ、これ』
『そう言われてもな。中の音を変えるまでは出来ない』
『は?』
『単純に私の魔力を送り込み、魔道具が動くエネルギー源にしただけだ。どんな音が記録されているかまで責任は持てん』
『ふーん、ま、いいか。「オレ様」とか言ってるし』
実際子供たちも突然聞こえてきた音にキョトンとした顔をしている。
「こっち?」
「だよねえ」
「どれだろう?」
「あ、これだ」
「ん?これ?」
「うん。えーと、「大魔王サタン」の喋るぬいぐるみ」
「変なの~」
「いいじゃない。ママが二百円で取ってくれたんだし」
「志帆のママってゲーム得意だよねえ」
「すごいよね」
「へへ~」
どうやら子供たちの興味は勇者の解体から別の物へ移ったようだ。
『だ、大魔王……サタン、だと?』
『ん?どうした?』
『馬鹿なっ!大昔の神話にわずかに記述があるだけの魔王がここにいるというのか?』
『何?』
ちょっと聞き捨てならない単語が聞こえたな。
大魔法サタン。魔王という呼び名の通り、俺が冠する魔王の係累だろう。魔王同士に血縁関係はない。しかし、かつて魔族を治めていた王となれば俺としても無関係とは言い難いのだが、「大魔王」というのはちょっと聞いたことが無い。なぜなら魔族の王は常に一人であり、大きいも小さいもない。唯一絶対にして最高の者、それが魔王だからだ。
『グレモロク、知っているか?』
『そこの賢者の言うように、遙か昔の文献にわずかに記載があったかと思います。ただ、その内容は言わばおとぎ話のようなもので、魔族と神族が世界の覇権を賭けて戦うといったような内容だったはずです』
『ああ、思い出した。ガキの頃に聞いたことがある。確かにおとぎ話だな』
まだ世界が混沌としていた頃のこと。
地上にまだ神々が住まい、人族が生まれたかどうかという時代。魔族も今のように一枚岩ではなく――もちろん今だって全ての者の意見が常に一致するというわけではないが、少なくとも強い者に従うという原則だけは誰もが従っており、俺が魔王として君臨しているわけだが――様々な種族ごとに別れてそれぞれが暮らしていた頃、神の中に魔族を地上より排除すべきと言う者が現れた。
当時の魔族は今ほどの力は無く、ただホンの少しだけ人族より身体能力に優れ、魔法を操る才に長けていただけの、穏やかな種族だった。それこそ、住んでいる地域によっては人族と共に共存していたこともあるとか。
だが、それが神に唆された人族によって裏切られた。
いくら力が強いと言っても、いきなり武器を向けられたらひとたまりもない。あっという間に殺されて数を減らしていく魔族たち。そしてそれをさらに煽る神族。
戦いは一方的に進み、このままでは百年と立たずに魔族が全て滅ぶかと思われた矢先、各地の魔族をとりまとめていた王の中から選ばれた王の中の王がいた。それが、
『サタン。確か当時の言葉で「抗う者」だったか』
『よくご存じで』
『そして、各地の魔族をとりまとめていた王の中の王、と言う意味で「大魔王」を冠したんだったっけ?』
『その通りでございます』
と、ここまでの話だけ聞くと、俺がとても詳しい世に聞こえるかも知れないが、魔族の子供による読み聞かせる絵本の一節で、魔族なら誰でもだいたい知っている話。
その由来となった古典が魔王城の書庫の奥にあって、許可さえあれば誰でも読める――といっても、かなり古いので原本が持ち出されることはなく、写本だ――のだが、内容は絵本とほぼ同一。子供向けの絵本ではないために、文体が硬いという以外、内容は同じだ。
『さすが魔族、詳しいのだな』
『それは……というか、お前たちにとっても関係のある歴史だろうに、ロクに記録がないのか?』
『私が知っている限りでは、大魔法サタンの率いる軍勢と神族の加護を得た人族の軍勢が戦ったという記録が残っているだけだ』
『ほう……ちなみにその戦いの結果はどうなっていた?』
『残っていない。肝心の箇所がページごと欠落している。まあ、人族の大勝利だろう』
まあ、なんとでも言える話だな。
実際には互いに一歩も譲らぬ戦いが昼夜を問わずひと月以上にわたり繰り広げられたらしい。それぞれの兵の練度の高さや武器の質などもそうだが、地の利を生かした作戦なども多く活用され、一進一退の攻防が続いたとされている。少なくとも魔族の歴史では。
で、最後はどうなったのかというと、痛み分け。
ひと月以上も戦闘が続くと、兵も武器も消耗し尽くしてしまい、最終的には互いに残っていた兵は数千。それも一人として無傷の者がいない、満身創痍の兵のみ。そしてそれは魔族を率いていたサタンも、人族を率いていた将も同じ。
そこで、互いにこれが最後と挑もうとした決戦の直前になって、大雪の季節に突入し、戦うどころではなくなってどちらからともなく兵を引き上げた。
という話を賢者に伝えてやる。
『馬鹿な……そんなことが』
『信じるも信じないも勝手だがな。魔族に伝わっている歴史であって、お前たちに言わせれば「魔族が勝手にそうやって記録したのだろう」というふうになるだろうし』
『当然だ。人族が魔族に負けるなどあってはならん』
『言うのは自由だから構わんがな』
だが、その戦いが行われた地がきっかけとなり、人族と魔族の戦いの歴史が始まったのも確かで、魔族は一致団結して一つの国家を作り上げて人族に対抗するように。一方で人族は魔族を上回る繁殖力を持って人口を増やし、様々な考え方を持つ国家を樹立させて色々な作戦で魔族に対抗するようになった、ということらしいが、そのあたりになると完全に歴史学者の分野になるので俺もグレモロクも専門外。
とりあえず一つだけ言えるのは、人族と魔族の戦いの歴史は神族によってもたらされたもの。そして神族に人族が唆されて始まった戦いである以上、魔族に非は無い。最も今となってはそんなものはお題目でしかなく、魔族を全て滅ぼすのが目的になっている人族に対抗するには人族を全て滅ぼす以外に道は無く、そのために俺は邁進していたわけだ。
さて、一方で子供たちはというと、大魔王サタンのぬいぐるみを俺の下の段から引っ張り出したようだ。




