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 それがどうしていがみ合うのだろうか。信じられないかも知れないが、俺は基本的に平和主義者だ。戦争は人を、土地を、色々な物を傷つけ破壊する。それが元通りになるのに何年、何十年とかかるほどに。

 魔王という魔族を率いる立場だからこそわかる。戦争で失われた者を元通りにするのがどれだけ大変なのか。なら、なぜ人族に戦争を仕掛けるのかというと、単純な話で、奴らが仕掛けてくるからだ。

 魔族と人族の戦争の歴史はとても長い。いつから始まったのか、ロクな記録も残っていないほどに。そして人族側にそれをやめようという意志はないようで、何かにつけて魔族の街や村に軍を向かわせる。

 先代、先々代の魔王の頃はいくつもの街が破壊され、多くの命が失われた。俺の代になってもそれらの街はまだ廃墟のままのところが多く、復旧の目途は立っていない。なぜなら、復旧工事にかかろうとすると人族が襲ってくるからだ。

 そこで俺は仕方なく命じるのだ。人族の街を破壊せよと。

 軍の拠点たる街が無ければこちらが襲われることも無い。そう考えてこちらから攻め込んでいくつかの街を破壊したら、状況が大きく変わった。連中、遙か地平線の向こうからでも兵を動かしてこちらに戦いを挑んでくるようになったのだ。

 こちらからは幾度となく使者を立てた。どこかに境界線を引き、互いに不可侵としようという書簡を持たせて。だが、送り込んだ使者は帰ってこなかった。正確には生きて帰ってこなかった。帰ってきたのは物言わぬ首だけ。

 使者の家族に俺はなんと詫びれば良いのか。

 使者の首が五つを数える頃、俺は方針転換することにした。

 こちらが和解案を持ちかけても向こうが蹴ると言うのなら、和解の必要の無い世界にすれば良い。そう、人族を全て滅ぼせばこんな悲劇は繰り返されないのだ。

 これが、史上最強最悪と呼ばれる白の魔王誕生の経緯だ。

 だから、こうして子供の純粋さに人族も魔族も無いのだというのを見せられると心が揺らぐ。この子供たちは首を切り落とすのと、踏み潰して地面の染みにするのとどちらが良いのだろうかと。

 そんな、とりあえず現時点ではどうにもならないことを考えていたら、一人の子供がぬいぐるみを抱えたまま俺の前に立っていた。


「ねえ、志帆ちゃん」

「ん?」

「この……これ、このシロクマ」

「うん」


 ま、まさか……魔王だとバレた?


「すっごく可愛いね」

「でしょう?」

「わあ、ふわっふわ」


 ぼすぼすと頭をなでられた。

 どうやらバレていないようだとホッとしたのもつかの間、目の前の抱えられているぬいぐるみが妙だ。

 鳥、多分鳥だと思う。くちばしっぽいのがあるし、羽もあるし。


『この魔力……魔王か?』

『え?』

『勇者さま、これは一体どういうことですか?』

『え?俺?えっと……その……』


 この魔力……コイツ、賢者か?

 賢者というのは人間の中でごく希に生まれる、魔族並みに魔力の扱いに長けた者を主に指す……らしい。うん、俺も詳しくは知らん。人間が自分たちでそう呼んでいるだけだし。

 だが、勇者に詰め寄っていると言うことは、勇者がここにいることにいち早く気付き、俺たちに聞こえないように勇者と念話でやりとりをしていたのか?


「志帆ちゃん」

「何?」

「今、「俺」って言った?」

「言ってないよ?」

「そっか」

「沙織ちゃん、私も「俺」って聞こえた」

「うん」

「この部屋、他に誰かいるの?」

「え?」

「嘘……」


 マズい流れだな。子供たちが警戒し始めた。このままだと大人を呼んでどこから声が聞こえたのか探り出しそうだ。

 最悪のパターンとしては、その流れで勇者を発見。そしてそばに俺、魔王がいることを勇者が明かし、ロクに抵抗も出来ない状態の俺を討伐という流れか。

 マズいな。


『魔王様』

『落ち着け。まだ何も起きていない』

『しかし』


 三将たちが焦るのはわかるが、下手に動いて藪蛇をつつくのが一番マズいとも言える。


『賢者』

『何だ、魔王』

『お互いに色々とあるのは承知の上で頼む。この状況を上手く切り抜ける策を』

『……上手く切り抜ける?』

『そうだ。そこの子供たちが、勇者に気付いたらどうなると思う』

『……勇者に気付く、とは?』

『我々魔族は念話の範囲を絞っているので子供たちには聞こえていない。お前もそうだろう?』

『……そうだな』

『だが、勇者もそうだが、そこの聖女に聖騎士もそこら中にダダ漏れでな。子供たちが興味を持ち始めている』

『……勇者が人間の子供に発見されるという流れはいいことではないか?魔王にとっては都合が悪いだろうが』


 やはりそういう考えだな。だが、ここで爆弾を投下してやろう。


『これは俺個人の憶測だが、この辺りは魔族と人族の争いから遠く離れた地域らしい』

『……それくらいは私にもわかるぞ』

『その上で、この子供たちの会話の端々から判断すると、この辺りの人間は「勇者」とかはおとぎ話の世界のことだと捉えているようだ』

『……だからどうした。勇者というのは世界の希望だ』

『それ以前の問題なんだよ。勇者とか魔王とかそういう認識が無いように見える』

『……それは魔王、お前の認識だろう?』

『それはそうだが』

『…………と言うことで、協力する謂われはない』


 よし、ここまでは想定通り。


『わかった。では一応俺が想定する、最悪のパターンを伝えておく』

『……聞いたからといってこちらが協力するとでも?』

『そう思うなら聞き流せ』


 ふう、とひと呼吸おいた。実際には呼吸してないけどな。


『最悪の場合、この子供たちが「勇者ってどこにいるんだろう?」となって、勇者の魂が入っているぬいぐるみを解体するぞ』

『何?』

『え?何?俺、どうなるの?』

『それ!それがダメだと言ってるんだよ!』


 また勇者が全方向へ念話を飛ばすもんだから、子供たちが騒ぎ始めた。


「また「俺」って聞こえた」

「こっちだね」

「この辺……ここかな?」

「これ?」

「んー、違うみたい?」

「これは?」

「これかな?」


 一人が勇者――馬のぬいぐるみ――を手にした。


『え?何?俺どうなるの?』


「やっぱり聞こえた!」

「うん」


 さて、勇者様、大ピンチだな。


『どうする?』

『……どうする、とは?』

『おそらくこの子供たちは勇者とか魔王とか全然知らん。魔法の知識もないようだ。そこへよくわからんが喋るぬいぐるみ』

『……大人に相談するだろう?』

『しないな』

『何?!』

『中身の確認が先だ』


 そう言っている俺たちの目の前で勇者(馬のぬいぐるみ)は寝台の上に置かれ、グリグリとあちこちを探られている。


『や!やめ!やめてっ!そこっ!そこはダメっ!』


 台詞だけなら何をされてるんだって感じだな。実際には子供がぬいぐるみをグリグリしているだけだが。


「うーん、中に何かはいってるのかな?」

「開けてみようか」

「えー」

「見たい!私、見てみたい」

「うーん、わかった。ちょっと待って」


 そう言ってこの部屋の主である子供が机に向かうと引き出しから何かを取り出して戻ってきた。


『あの形状、俺はハサミだと思うんだが』

『……ハサミ?』

『何だ、ハサミも知らんのか?』

『……馬鹿にするな、それくらいは知っている』

『そうか。ハサミすらないような技術レベルかと疑ったことは謝罪しよう』

『くっ』

『だが、どうする?あのままだとあの子らは勇者の腹をかっさばくぞ?』

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