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やらかしてしまったのは事実だが、過ぎたことは仕方ないと開き直る。今さら元に戻すことが出来るわけでも無いのだから、ギャアギャア騒いだって意味は無い。それに見方を変えると、この状況は面白い状況とも言える。
ここが何という国なのかサッパリ見当がつかないが、人間の暮らす国であることは間違いない一方、最低限の注意さえ払っていれば色々な情報が手に入る環境でもある。魔族領から遠く離れているであろう国の情報が手に入るというのは、長い目で見れば大きな利益となる。しかもその国が持つ技術が、最前線の国はもちろん、魔族から見ても大きく進んでいるなら尚更だ。
この国の技術が最前線の国で使われていない理由は色々とあるだろうが、何十年もしないうちに最前線に投入されたら、魔王軍が今の戦線を維持するのは難しくなるのは間違いない。だが、事前にこの情報を手に入れられたのは僥倖。この国がどこにあるかさえ突き止めて、一気に攻め落とせば何の問題も無い。
この国の技術がどこまで進んでいるかはわからないが、魔王軍の精鋭部隊を侵攻させればどうだろうか?確かに低コストで高速走行していると思われる鉄製の魔道車は脅威だが、魔法隊が火の矢を降らし、地面を槍に変えて突き上げればどうだろうか。
他にも色々な技術を持っているかも知れんが、この魔王が直々に精鋭部隊を率いて進めば、その後には草も生えない死の大地が広がるだけという結果になると思う。
もちろん、この国だけが突出していると言うことはないだろうが、一ヶ月間、全速での進軍が出来るのが精鋭部隊。反撃の暇を与えない急襲作戦なら勝てるだろう。
『……といった感じで考えているのだが、何か意見はあるか?』
『そうですな。ここがどこかという情報が無いというのが一番痛いですが』
『その他は魔王様のお考え通りでよろしいかと』
『場所さえわかってしまえばこちらのもの。詳細な進軍ルートの立案はそれほどかからないだろうと』
概ね同意しつつも、やはり一番大事な情報である『ここがどこか』がネックになるな。
『後は勇者パーティも転生したというのが気がかりですな』
『うむ。我ら三将よりも近くにいたことを考えると聖女以外も転生したと考えるのが普通でしょうな』
そう、それが厄介だ。
勇者自身も相当な強さで、この魔王が転生の秘術を使わざるをえないほどの実力を持っているのが忌々しいが、その取り巻きである勇者パーティがまた厄介だ。何しろ、それぞれが超一流の腕前で、互いの信頼関係も厚く、長年行動を共にすることで、阿吽の呼吸による連携をしてみせるのだから。
『他の仲間も転生していると仮定して行動するのは当然だが、問題はどこにいるかだな』『ええ』
『この体では自由に出歩くこともままなりません』
『聖女を見つけたのは幸運だったとしか』
『そうだな』
転生の秘術は全く研究が進んでいない魔法だが、一つだけ明らかなのは『どこに転生するかわからない』と言うこと。そして過去に複数人巻き込んで発動した例が記録されていないし、転生後のことを知る術も無いから何とも言えないのだが、この家に俺と三将、勇者が集まったというのは奇跡なのでは無いか?
もちろん、それぞれが転生した先は違うのだが、どういうわけかここに集まった。何か運命のようなものを感じざるをえない。そしてさらに聖女がこの家の、もっと正確に言うとこの部屋をあてがわれている子供の知己のところにいるらしい。
『聖女がここにやってくるのも時間の問題かも知れんな』
『対策……うーむ、どのような対策を立てるべきか、悩ましいですな』
聖女はあのとき、俺をどうにかしようと、魔法を放とうとしたがうまく行かなかった。魔力が足りないとか、新しい体に慣れていないとか色々な要因はあるだろうが、何しろ聖女だ。
次に会うときにはその辺りの問題を克服している可能性が非常に高い。
『何をすればよいか見当もつかないというのは確かにそうだが、それでも出来ることはある』
『そうですな』
己の魔力を鍛える。実にシンプルな答えだ。
そんな風に意気込んだ翌日、いきなりそれは訪れた。
「こっち~」
「おお!いっぱいあるね」
「へへ~」
小娘が、聖女――まあ、猫だが――を連れていた小娘を招き入れたのだ。
そして……聖女以外にも連れてきていた。
『おのれ魔王め……生きていたか』
『聖騎士の……何だっけ?』
『アネットだ!覚えておけ!』
『いちいち雑魚の名前など覚えてられるか』
『貴様ッ!』
あ、考えてることがそのまま念話に流れてしまったか。
『勇者さま……よくぞご無事で』
『ああ。ヘレナとアネットも無事で何よりだ』
こっちはこっちで再会を喜んでいるが、死んで転生しているのを無事と呼ぶのだろうか?
『それにしても、まさか魔王と三将が揃っていたとは』
『ああ。私も最初は驚いたよ』
『して、勇者さま。今の戦況は?』
『へ?』
『ですから、戦況です。数的には圧倒的に不利ですが、体格的には勇者さまの方が魔王よりも大きいようです。厳しい状況だったのではないかと』
『そ、そうだね。うん、かなり危ない状況だったよ』
そう、憎たらしいことに、勇者の方が俺よりも大きな体なのだ。ぬいぐるみだけどな。
だが、いくら体がデカくても、動かないのでは意味が無い。そして、勇者は魔法が苦手。それに対してこちらは、日々の魔法訓練により僅かずつではあるが力を伸ばしている。
転生前の、ひと睨みで人間の一人や二人を吹き飛ばすくらい朝飯前という程の力にはまだ遠く及ばないが、そう遠くないうちに、魔王軍新兵ギリギリくらいの実力には至れると思う。
そのためには訓練あるのみだから、今も出来れば訓練にあてたいのだが、人目も多いし、聖女が真正面で見ている状態で訓練なんぞ出来るわけがない。
見たところ、勇者も聖女も聖騎士も、魔力は本当に小さくなっているが、それを増やすための訓練をしている様子はない。おそらく、どうすれば良いのか見当もついていないのだろう。となると、コイツらの目の前で魔力の糸を紡ぐなどという、連中に利するような行動は控えるべき。と言うくらいのことは既に共有しているので特に心配はしていない。
それに、もっとマズいことが進行しているからな。
「沙織ちゃん……なんか言った?」
「ううん。何も言ってないよ?」
「なんか……魔王って聞こえたんだけど」
「私も聞こえた」
ほらな。
「誰だろう?」
「こっちから聞こえた?」
「え?こっちじゃない?」
子供たちが声の出所探しを始めてしまったじゃないか。
だが、子供たちの「ここかな?」「こっちかな?」というのも五分もかからずに終わった。部屋の外から母親の声が聞こえ、「はーい」と出て行ったからだ。そしてすぐにもう一人の少女を連れて戻ってきた。
そしてそのもう一人というのがまた大きなぬいぐるみを抱えている。どうやらぬいぐるみを持って集まって遊ぶつもりだったようだ。
『無邪気にぬいぐるみで遊ぶ、か。子供というのは人族も魔族もそれほど変わらないのだな』
『そのようですね』




