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『と言うことは、そんな高性能な魔道車を日常的に使っていると?』
『おそらくな』
『となると、やはりこの家は』
『当初の予想通り、かなり高位の貴族か、王族にコネがあってもおかしくないほどの裕福な商人のいずれかだろう』
つまり、俺たちのことに気付いたらすぐにでも騎士団が動くかも知れないと言うことだ。
現時点では俺も三将もロクに魔法が使えないし、体も満足に動かない。グレモロクに至ってはただの棒。騎士団なんかが来た日には全滅間違い無し。
『これはこれで面倒な事なのだが、もう一つ面倒な話をしなければならん』
そう前置きして、聖女の話をしてやった。
『何という……』
『聖女までもが』
『これは困ったことになりましたな』
『うむ。我ながら軽率だったとは思うが』
『いいえ。情報収集が出来たという意味では価値があるかと』
『情報……それほど価値があるか……いや、あるな』
『ええ』
『勇者だけでなく聖女もいると言うことは、他にもいる可能性がある』
実に面倒な事だが、可能性は非常に高いと想定しておこう。
『当面の課題は、聖女から情報が漏れて、我々のところに騎士団が派遣されるなどといった事態が起こりかねないといったところでしょうな』
『グレモロク、言うのは簡単だが、魔王様に進言するくらいならば対策も考えているのだろうな?』
『ええ、もちろん』
おお、すごいぞグレモロク。さすが我が配下で一、二を争う智将だ。
『今までの話の内容を整理させていただきます。魔王様、普通の人間どもは相変わらず念話は使えない、と言うことで大丈夫でしょうか?』
『そうだな。今のところ、念話を使っている様子はなかった。聖女の奴が周囲にダダ漏れにしていたのが聞こえただけのようだったぞ』
『話は非常に簡単です。無視すれば良いのです』
『無視?』
『ええ』
グレモロクの推測と対策は簡単だった。あの聖女が、猫のぬいぐるみの持ち主の……何だったか、名前を忘れたがここの小娘の知己に何かを告げたとしよう。どうなるか?簡単だ。普通に考えてぬいぐるみが『あそこに魔王がいる!』などと言っても受け入れることはないだろう、と。
『直接声を発しているならともかく、頭の中に声が聞こえるなどとあの小娘と似たような年齢の者が他の人間に伝えたところで信じられる可能性は低いはずです』
念話自体は魔族の専売特許ではなく、人族でも使う者はいる。だが、使用者は軍を率いる将と連絡を請け負う一部の兵、冒険者などと呼ばれる、ダンジョン探索などを生業とする連中がメインで、ほとんどの者が念話のことなど知らずに過ごしているらしい。
『つまり子供の戯言として聞き流されるだろう、と』
『そういうことです』
『だが、大人にも聞こえるようにしていたらどうなる?』
『色々な状況があります故、単純にこれという結論は出ませんが』
そう前置きして、結論だけ告げた。
『ここに押しかけてきたところで、我らは知らぬ存ぜぬ、いくら話しかけられても一切反応しなければそれで仕舞いです』
『だろうな』
簡単な話だ。『ここに魔王が!』と指さされたとしても、何も答えなければいい。
人族の文化だとか常識だとかに詳しくないが、少なくともただのぬいぐるみを魔王と断定し、いきなり燃やすようなことはしないだろう。
そして、グレモロクの意見に残る二人も異論は無いようだ。
『要するに、あまりアレコレ考えすぎない方がいいと言うことだな』
『そうなります。こちらからは動かず、情勢に応じるのみ。基本的には何もしないのが正解かと』
俺もそうだろうなとは思っていたが、こうして他の者も同じ意見だというのはありがたい。
『ではそちらはそれで良いとして、聖女までも転生したというのをどうすべきか』
『魔王様、一つよろしいでしょうか』
『フォラトゥ、何か気付いたことがあるのか?』
『あのとき、我らがどの位置にいたか、と言うことです』
『どの位置に?』
『正確に言うと、魔王様からの距離です』
『ふむ』
『あのとき、我ら三将と配下の兵は魔王様のご命令通り、距離を置いていました。では勇者の仲間や人間どもがどうしていたかというと……少なくとも我らよりは離れていたかと』
『つまり、それは』
『はい。他の勇者の仲間も転生している可能性が』
『ううむ』
ちょっと考えたくなかった出来事が起きてるな。
『魔王様、よろしいでしょうか』
『何だ?』
『その件ですが、確かめたいことがございます』
グレモロクからの提案に俺は乗ることにした。
『次は……こう、だな』
『ふーむ、少しそのままで』
ちょっとプルプル震えながらと言うあまり見られたくない感じで俺は魔力を練り上げた糸で描いた模様を維持し続け、グレモロクがそれを読んでいく。
『ふむ……やはりここも不明な箇所が多いですな』
『そうか』
『もう一度さっきのところを』
『よし……っと、どうだ?』
『ふむ』
『お前ら、何やってんだ?』
そんなことをやっていたところに、特に念話を制限していなかったので聞こえていたらしい勇者が割り込んできた。邪魔な奴だな。
『何をしていようと俺たちの勝手だろ。人の話に割り込むなよ』
『そうだぞ。常識の無い奴だ』
『ひどい言われようだ』
『当たり前だろ』
何を言っているんだ?
『お前……近くにいるからって、誰かが真面目に話をしているところに割り込んでいいって親から教わったのか?』
『いや、そんなことは……』
『割り込まれた方が被る迷惑を考えろ』
『勇者とか呼ばれてるくせに人としてはダメな奴だな』
『ぐ……』
よし、黙ったな。
『魔王様、その……』
『ああ、スマン』
勇者の相手をしたせいで揺れてるな……落ち着かせて、と。
『それは……魔法陣か?』
『お前、いちいちうるさいな』
『そうだぞ。偶然ここにいるだけの分際で』
『お、お前らだってそうだろうが!』
『フッ……』
『我ら三将が集うは魔王様の元のみ』
『ここにいるのはいわば運命。必然と言っても良い』
大げさな奴らだが、あえて何も言わずにおく。
『ならば魔王を滅ぼす使命を受けている勇者の俺がここにいるのも必然だな』
『く……』
お前ら、言い負かされそうになってるぞ。仕方ない。
『でも、お前しかいないんだよな』
『え?』
『人望がない奴だな。勇者のくせに』
『ぐ……』
『特別にここにいることは認めてもいいが、我らのやることにいちいち口を出すな』
『何?!』
『どうしても口を出すなら、こちらにも考えがあるぞ』
『な、何をする気だ……』
『フフ……さあな』
『クソッ』
静かになったな。
『魔王様』
『どうだ?』
『とりあえず次をお願いします』
『おう、確か……こうだな』




