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つまり、魔王復活の第一歩として、この国を滅ぼすというのは、人族にとって大きなダメージになること必至と言うわけだ。
力を取り戻すための努力にも気合いが入るのは間違いないが、同時に三将にも事の重要性を説き、決してバレてはならぬと厳命しなければな。
そしてそれは、勇者に対しても言える。幸いなことに勇者はこの推測まで至っていないだろうから、俺が『実は……』と三将に話しているのを聞かれるのはマズい。
今までも話をするときは慎重にしていたが、これからはもっと気をつけないとな。っと、あまり慎重になりすぎてもマズいか。あれであの勇者、なかなかに察しがいい部分もあるらしいから、『何か最近魔王が静かだな……まさか!』なんて事になったら大変だ。適当に『それっぽい嘘情報』を流しながら、『どういうことだ?!』みたいに激昂したら『さあ?』と受け流す。これが基本方針でいいだろう。
そんなことを考えている間に魔道車は静かなところまで来たようだ。先程まであれほど行き交っていた他の魔道車が無いところを見ると、どうやら貴族街にでも来たのだろう。
魔王の城下町でも一定の階級以上の者が居を構えるのは城の近くで、いわゆる平民は気軽に立ち入れないようにしていたらしい。人族の場合は貴族かどうかで分けていたようだが、魔族には貴族なんて制度はない。住む場所を区分けていたのは、ただ単に城への行き来の便宜を図るだけ。城に用があるのは魔王軍でもそれなりの階級の者か、軍事物資を用立てる者くらい。そして、そうした者たちは城での軍議以外にも個別に話し合い等をする機会も多いから、近い方がいいだろうという程度の理由でそうしただけ。
国家のために働くでもなくぶくぶくと私腹を肥やすだけの人族の貴族とは違うのだよ。
そんなことを思い出しながら窓――これもまた滑らかなガラスのようで、相変わらずの技術力の違いを見せつけられている――の向こうを見て……愕然とした。
家の形が明らかにおかしい。
一応言っておくが、地域によって家の形が違うのは普通のことだと思っているからな。夏が暑いだとか、冬に大雪が降るだとか、色々な理由で家の形が変わるのは当たり前だ。俺が抱いた感想は、貴族の家にしては随分とシンプルじゃないか?と言うことだ。
少なくとも俺が直接攻め込んだほか、偵察のために諜報員を送り込んだ国の貴族の家というのはどれもこれも無駄に装飾を施しているのが当たり前だった。その装飾のひどさは、あまり芸術に造詣の深くない俺の目からもセンスのなさが垣間見えるほど、金に物を言わせただけのものばかり。
魔族の家は機能優先だ。城とか砦のように、ある種の象徴的役割をする建物は装飾を施すこともあるが、どちらかというと機能重視で、施されている装飾はいわば機能美の延長のようなものが多かったはず。ごく一部の魔族が、自身の種族的特性を最大限に活かすために機能性を犠牲にした装飾を施しているケースはあったが、基本は機能優先。それが俺の認識だったのだが、今見えている街並みはどうだ。装飾と呼べそうなものはあまり見当たらず、機能優先。そしてその機能故に生まれる機能美のような直線と曲線の融合。
そして何よりも、小さい。魔族領でも、ある程度の地位の者は身近に置いておきたい者の人数がどうしても多くなるので大きな家を必要とするケースは多かったが、それでも人族の貴族の無駄にデカいだけの建物よりもコンパクトだった。
ところが俺が見ている光景は、どれもこれも人族の平均的な平民の家よりちょっと大きい程度。これで貴族の家だとしたら、国王が相当な節制をさせているか、何か俺の想像もつかない理由があるはずだ。
そして、貴族の家がここまでコンパクトだと、平民からむしり取った税はどこへ行っているのだ?という自然な疑問が浮かんでくる。が、その答えが今俺が乗っている魔道車だろう。
潤沢な資金で高度な研究。
魔道車や明るい魔道灯は、かき集めてきた税金を国家規模で研究に費やすことで得られた成果なのは間違いない。
この国がどの程度の人口を有し、どの程度の税をむしり取っているのかはわからないし、多分この魔道車に乗っている者たちに問いかけても答えてくれないだろうが、この魔道車ひとつとってもとんでもない完成度。恐らく俺が想像するよりはるかに多い……それこそ人族の国の中で比較的大きい何とか言う帝国の国家予算に匹敵するくらいは研究費として投じられているのかも知れん。
そしてそれだけ研究に費やしても国家として維持できる……相当に豊かな国だな。
そんなことを考えている内に魔道車が止まり、少女は母親に、俺は父親……違う、執事に抱えられて家の中へ。男は俺をあの部屋に運び、棚の上に置いて出て行った。
『『『魔王様、お帰りなさいませ』』』
『心配させてしまったな』
『いいえ』
『魔王様は必ず無事に戻ってくると、我ら三将、確信しておりました』
『むしろ、どこかの街の一つでも潰してくるのでもう少し時間がかかるのではないかと』
さすがにまだ無理だぞ。と言うか、『ちょっと出掛けてくる』みたいな感じで街を潰した事なんて……何回かあったな。
『魔王め……生きていたか』
『勇者か』
『元気そうだな』
『ぐ……』
『お前と話すことは何もない。静かにしてろ』
ちょっとこいつとは話したくない。聖女がいるとか言うのは知られたくないからな。
『三人に大事な話がある』
『はっ』
『何でしょうか?』
『何なりとご命令を』
よし、三人の念話も勇者に聞こえないようにコントロール出来てるな。優秀な部下で何よりだ。
『お前たちも見ての通りだが、少しばかり外の様子を見ることが出来た。まずその内容を伝える』
『外の様子……ここがどこかという話ですかな?』
『残念ながら、ここがどこなのかはさっぱりだ。少なくとも我々の知るどの国にも似ていない。我らのいた大陸の外側という可能性もある』
『確かに、ここに出入りしている人間の姿は、あまり見たことがない感じですな』
『髪の色もそうですが、顔の作りも少々違うようです。かと言ってエルフやドワーフというわけでもなく』
『うむ。だがそれも、大陸の外側。人間共はわずかに海の向こうとの交流があったようだが、そうした遠くの国だとしたら、我らが知らぬのも無理はない』
魔族は主に大陸の西側で暮らしていたのだが、西の海というのがまたひどい場所だった。まず、海に棲む魔物がハンパない。体長二十メートルほどの大蛇が小型として分類出来るほどに巨大な者が多い上、どいつもこいつも獰猛かつ話が通じない。もちろん、この魔王の敵ではないのだが、奴らはまず最初に船を狙ってくるので戦いづらい。魔王軍が屈強な精鋭揃いと言っても、それは陸の上の話。海の上では勝手が違う。この魔王も泳ぎは得意だし、何なら水中戦もこなせるのだが、さすがに海は彼ら海棲の魔物の領域で、戦いづらい上、移動するだけで体力を消耗するので、船がないと何かと不便。そして、俺自身は直接見たことはないのだが、体長数キロという、サイズ感のおかしい魔物もチラホラ見かけるという。戦って負けることはないだろうが、そんなのと戦う気はない。得るものもないし。




