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豪雪地帯に住む魔族はごく一部の例外を除けば寒さに強く、雪が降り積もっていても何ら問題なく生活できる。積もった雪で動きづらいというのがあることもあるが、基本的に寒さでどうこうなることはない。同じように火山地帯の連中は火も溶岩もお構いなしだし、砂漠地帯の連中はむしろ水を浴びるのが弱点になるほど乾燥に強い。
だが、人間はそう言う特性が無いのか?雪が降るような地域に住んでいるのに寒さに弱いのか?まったく人間とは脆弱な生き物だ。よくもまあこんな体たらくで魔族に喧嘩を売ってくるものだと感心する。
……魔族から喧嘩を売っている?さあ、どうだろうな。
それはともかく、この小娘、寒さに弱いくせに防寒対策もロクにしないで出歩き、あまつさえ雪が降り始めているのに外で寝て体調を崩したと言うことか?
魔王としては人族は一人残らず滅ぼす予定なので、この小娘が死んだところで痛くもかゆくもないどころか、むしろ大歓迎だ。
しかし、今ここで死なれると、少々マズいことが起こる。
ここまで来る間にも多くの人間とすれ違っているし、先程までいた場所ではこの少女の知己とおぼしき人物と会話もしていた。だから、ここでこの小娘がくたばったとして、そのまま朽ち果てるまで放置されると言うことはないだろう。
だが、過去に人族の街を調べさせていたときに非常に気がかりな報告があったのだ。戦場で大量に戦死して、どれが誰だか判別が着かないとか、死体すら残さずに消し飛んだとかでも無い限り、人族も魔族同様、葬式というのを執り行うらしい。まあ、死んでいった者を悼み、悲しみ、送り出すという思いに魔族も人族もないと言うことなのだろう。そして、その葬式の折、死体を箱に詰めて地面に埋めていたそうだ。何でも生前愛用していた物品を一緒に入れて埋めるという習慣があるらしい。
魔族にも似たような習慣はあるのでそれは別にいいのだが、この少女も同じように扱われた場合、生前愛用していた品は何になるのだろうか?
死ぬ直前に抱きしめていた俺、か?
それは困る。
さすがの俺も地中に埋められてしまったりしたら、外に出るのにひと苦労だ。
ここに転生する前であれば、地中に埋められたところでどうと言うことはない。むしろ地上の足音を聞き分けて、人族が大勢通りがかった時を狙って掘り進み、地上に出るのと引き換えに人族を生き埋めにしてやろうとすら考える。だが、今のこの体で、それを為すほどまでに成長しようとすると何年かかるやら。もちろん俺個人としては一向に構わないのだが、その間に三将が勝手におかしなことをしでかしたら大変だ。あいつらは馬鹿ではないが、俺に少しでも危険が迫ろうとすると暴走してとんでもないことをしでかすことがある。力を蓄えるより前に暴れ出して人間に気付かれて、「無力なうちに」などと討たれるなどは絶対避けねばなるまい。
だが、どうすればいいのだろうか?
俺の視界は現在雪で完全に覆われていて周囲を確認する術が無いのだが、先程までの状況で言えば、この辺りは人通りが少ないようだ。もちろん、夜間という事もあってだろうが。
そして耳を澄ますと少し離れたところを魔道車が走っているような音は聞こえるが、これも夜が更けてきたせいか随分と数が減っているように感じる。
時が経ち、朝になればまた人通りも増えるのだろうが、それまでこの小娘が生きていられるかというと……多分無理。俺に聞こえる息づかいはやや荒く、そして細い。明らかに体調を崩し、苦しんでいるが、満足に動けないためにどうにもならない、という感じだ。
マズいな。
年食って起きることもままならなくなり、俺と少し会話をして数時間後に天に召された老人のような呼吸になっている気がする。
選択肢はそれほど多くない。
一つ目、俺がコイツをどうにかして家に連れ帰る。
無理だな。小娘と呼べるほどに小さいが、今の俺よりも数倍は大きいし、俺自身がまともに動き回れないぬいぐるみ。いずれはコイツを抱えて歩けるどころか、歯牙にもかけぬほどになる予定だが、今は無理。さらに言うなら、ここがどこかわからないので、家に連れて行くというのはそもそも無理だ。
二つ目、三将を呼ぶ。
これも無理だ。小娘の家からどのくらい離れているかがわからないから念話を届かせることも難しい。そして仮に届いたとしても、あいつらも自由に歩き回れるわけでなく、コイツを抱えて移動できるほどの力があるわけでもない。
三つ目、誰かを呼ぶ。
先程の聖女とかいう嗜虐性高めの奴との会話の時に、念話が僅かに人間に漏れ聞こえると言うことが起きていた。アレを使えば、ここに誰か、この状況をどうにか解決できそうな人族を呼び寄せると言うことも可能かも知れない。
つまり現実的な案は三つめの奴だけなのだが……色々と問題も多い。
ぶっちゃけて言うと、魔族の中にも悪事を働く奴は一定の割合でいるて、そこそこの人口を擁する街では常に犯罪が発生し、その取り締まりには苦慮していた。
基本的に、余程の情状酌量の余地があるのでもない限り、その場で首チョンパという方針で取り締まっていたのだが、スラム街なんかの取り締まりは非常に難しく、犯罪者に逃げ込まれたら追跡を断念というのも珍しくはなかった。それを防ぐためのコレと言って有効な手段はなく、定期的に軍を率いてスラム街に出向いて更地にするという方式も考えたのだが、コストはかかる上にスラム街にもそれはそれで役割はあるしということで断念した。
そしてそれは人族の街でも同じようで、情報収集に潜り込ませていた連中からは『こんな犯罪が』という報告も受けている。盗み、恐喝、詐欺に誘拐、殺人。悪い奴らの考えることはどうやら魔族も人族も大差ないらしく、国の中心である王都でも毎日どこかで殺人、強盗が発生し、誘拐も日常茶飯事で、魔王軍の侵攻で更地にしたあとは犯罪発生件数ゼロを誇る、そんな感じだった。
完全に何もなく、誰も住んでいないから犯罪が起こりようがなくなるわけだから当然だ。
さて、俺が懸念しているのは、念話で誰かを呼び寄せたとき、それが犯罪を誘発しないかと言うことだ。
俺の理想としては、そこそこの善人によって両親の元へ帰れるか、金持ちに拾われてこれまで同様に裕福に暮らすかのいずれかなのだが、下衆な人族を呼び寄せたらどうなるだろうか。人族の容姿美醜など知ったことではないのだが、この小娘はそこそこ整った顔立ちをしているようなので、ケダモノ以下の思考の奴に拾われたらどうなるか。この小娘がどうなろうと知ったことではないが、連れて行くときに俺がそこらにポイと捨てられたら元も子もない。
それでも、誰かを呼び寄せなければそう遠くないうちにこの小娘は死んでしまう。
仕方ない。一か八かの賭けに出よう。
だが、賭けに出るとしても、少しは良い出目になるようにすべきだろう。
ポイントは二つ。念話を飛ばす先と内容だ。
まず飛ばす先だが、わかりやすい話だよな。スラム街に『助けてください』なんて自殺行為だろうが、衛兵の詰め所のようなところなら、と言う話だ。
そして内容だが、これもまた難しい話だな。
『俺は魔王なんだが、ここで小娘が死にかけている。助けてくれないか』
こんなのを聞いてノコノコやってくる奴なんていないだろ?どこからどう聞いても、魔王が待ち構えていてやって来た奴を片っ端から殺しますと宣言しているようなものだ。




