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魔王軍では輸送、補給、兵站を軍事力の重要な要素として捉えていた。魔族にも色々な種族がおり、戦闘を得意としない者は少なくない。だが、後方支援、補給といった役割はある程度の体力があり、上官の言うことを聞く気があるなら誰でも出来る。
一方で、馬というのはなかなかに貴重で、騎馬隊というのは魔王軍でも主力の一角。それ故に輸送に馬を使わない方法というのは研究を進めていて、魔力を使って走らせる魔道車というのが一応は完成していた。一応は、というのはただ単に製造コストが馬鹿高いというのがあって、とてもではないが最前線に持っていくのは躊躇う、という頭の痛い問題が解決していないのだ。何しろ一台作るのに馬車二十台を一年間運用出来るくらいのコストがかかるくせに馬車一台分よりも荷物が積めず、運用コストが馬車一台の半分程度。つまり、最前線に持っていって戦闘の余波で壊れたりなんかした日には泣くに泣けない。そしてそれは人族側も似たようなものらしく、魔道車を開発しているという情報はつかんでいたが、戦場で見るのは馬車ばかりだった。
それがどうだ、この目の前の光景は。
魔道車であることは間違いないものが、まるで祭りの時期に客を当て込んで集まってくる商人たちの馬車に匹敵するほどの列をなして走っているではないか。まさかと思うが、人族の魔道車の開発は、戦線に活用するには少し躊躇うが、後方での物流にはかなり自由に扱えるほどにまで進んでいたということなのか?もしそうだとしたらかなりマズい。見たところこれらの魔道車は馬車の比では無いほどの速さで走っている。大きさも大小あるから、人を運ぶ専用、荷物を運ぶ専用、などという使い分けをしている可能性もある。つまり、これの活用が広まっていった場合、補給に関しては人族が圧倒的に有利になるのは間違いない。
俺が転生の秘術を用いたあの決戦。戦場となったのは人族のある小国との境界線付近の平原で、確か一番近い街が小国の王都だったはず。距離は馬車でおよそ二日ほどだったか。あのときも後方の補給部隊を襲撃させており、人族側の補給を断った状態で戦っていたのだが、もしもこの目の前を走っている魔道車を前線に持ってくるつもりがあったとしたら、断ったはずの補給線がすぐに回復してしまう。
それどころか、もしもこの魔道車の上に優秀な射手や魔術師を配置して運用していたらどうなる?正直なところこれを追い回すのは魔王の俺でも骨が折れるほどにこの魔道車は速い。動いて撃って、動いて撃ってをされたら相当な手練れを用意した前線部隊も苦戦必至。そして高速の移動砲台をどうにかしようと躍起になった隙に、横合いから斬りつけられるなどしたらと考えるとぞっとする。
これはもう、早急に戻って三将にこの現状を伝え、対策を練らねばなるまい。おそらく彼らも「そんな馬鹿なことが」と疑いかねない事態だが、俺が見ているのは現実なのだ。
「あーあ……やんなっちゃうな」
子供が呟き、テクテクと歩いて行く。
だが、その足取りはどこか重く、何となくだが帰宅する方向ではないような気がする。どこへ向かっているのだろうか?そして何がどう嫌になってしまったのだろうか?
まさか……俺が魔王だということがバレた?そして、俺が魔王だから始末しなければならない話になって……とか?
先ほど子供たちが何やら話をしていたが、俺は俺で聖女の対応をしていたので話の内容はカケラも聞いていない。もしも、もしもだ。相手の少女が、ネコのぬいぐるみが聖女であることを知っており、俺が魔王だとあの聖女から密かに聞かされていたとしたら?そして、例えば
「それ、魔王だよ」
「え?」
「魔王。うん、魔王だね」
「そ、それじゃあ……」
「お父さんに相談して、騎士団に突き出すのがいいかな」
「騎士団に?」
「そう。今は大した力がないみたいだし、今のうちに討伐しておかないとマズいかも」
「そっかあ」
なんて会話をしていたら?
マズい。大いにマズい。
わずかずつ力をつけていると言え、現状ではこんな少女相手でも勝てる見込みはゼロ。この少女が本気を出したら腕が引きちぎられ、頭が首ごと引っこ抜かれてバラバラにされてしまうだろう。現状では転生の秘術をもう一度行うだけの準備も魔力も無いから、もしもそんなことになったら……俺は輪廻の輪に放り込まれ、全ての記憶と経験を失い、どこかの誰かとして生まれ変わるだろう。そしてそれが再び魔王となる可能性は極めて低い。つまり……このままだと非常にマズいと言うことだ。
どうにかどこかに逃げなければと周囲を確認し、とんでもないことに気付いた。
何だ、この明るさは?
日が沈み、夜の帳が降りてきて暗くなってきているのだが、それほど目を凝らさずとも周囲が見える程度に明るい。街灯だ。少女の歩く道沿いに街灯が並んでいて、周囲を明るく照らしている。
街灯そのものは珍しいものではない。魔族領の街にもあった。大きな通り限定だけどな。細い路地まで街灯を設置して回ったらいくつ必要になるかわからんし。多分、人族の町にも街灯はあったと思う。
断定出来ない理由?簡単だ。人族の街なんて破壊して回るだけの場所だからな。せいぜい大きな通りがある、人が逃げ込みやすそうな広場がある、偉そうな連中のいる城がある、と言うくらいしか確認していない。昼夜を問わずに襲撃していたのなら街灯が灯っているかどうか確認出来たろうって?
無理だ。
街を攻めるときの流れを考えればわかる。だいたいの場合、潜入の得意な魔族が街を囲む外壁を越え、門を内側から開く。そしてそこに一気に兵がなだれ込み、見えるもの全てを破壊して回る。特に強敵が出ないのなら魔王たる俺は悠然と構えて見ているか、そもそも街攻めに参加すらしないことも多い。そして、そんな街を明るく照らすのはあちこちで上がる火の手。街灯があったかどうかなんて知る由もないのは当然だろ?
で、この街灯だが……とんでもなく明るいな。
魔族領で使われていた街灯は油を燃やすタイプと魔力結晶である魔石を使って灯すタイプの二つがあったが、そのどちらよりもはるかに明るい。昼間ほどの明るさとは言わないが、曇りの日の明るさに一歩及ばない程度と言っていい程度に明るく、これならこんな子供が歩いていても何かに蹴躓いて転ぶ心配も少ないだろう。何しろこの小娘が転んだら俺を下敷きにするのは間違いないからな。
そして、先ほどから絶えることなく往来を行き来している魔道車にも同じような明かりが灯っている。あれなら前方の障害物にも気付きやすく、道をそれてしまう心配も無用だろう。
うーむ、それにしてもどういう仕組みで灯っている明かりなのだろうか?明かりに最適化した魔法陣あたりを組み込んだ魔道具だと思うのだが、街灯はとても高い位置だし、魔道車はあっという間に通り過ぎてしまうからじっくり観察出来ないので、よくわからない。そう言えばこの少女の部屋にあったあかりも似たような感じだったなと思い出した。
人族の技術は俺の知らぬ間にここまで進歩していたのか?だが、それが戦線に投入されていないのは……地理的条件かも知れんな。ある一定の範囲内でしか使えないとか、ある種の特殊技能を有する術者から離れられないとか、そういう制限のある魔道具というのはあるから、そういう類いのものだとしたらすぐに戦線に投入されると言うことはないだろう。




