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(2)

 次に気付いたのは、軽快な音楽の鳴り響くどこか。体はうまく動かず、うつ伏せになっている上に何かに覆われているのか、視界も良くない。


(ここは一体どこだ?)


 疑問を口にしようとしたが、体がうまく動かないせいか、口もうまく動かず声は出なかった。状況としては生まれ落ちてすぐのタイミングだろうか?なんであれ、赤子と言うことなら体が動かしづらいのも致し方ない。しばらくは体が成長するまで待つ。ゆっくりと以前の力を取り戻していけばいい。




 転生の秘術




 死の間際にしか使えず、魔法の構成も複雑で使う魔力も膨大。その上、神――この場合、魔族の信奉する魔神も含まれる――の定めた輪廻の輪に干渉し、記憶、知識はもちろん、人格やある程度の才能も来世に引き継ぐという禁術。

 成功するかどうか、かなり分の悪い賭けではあったが、どうにか成功したようだ。


(どこに転生したかはわからんが、まずは成長。その後に復讐(リベンジ)のための算段をつけていくとしよう)


 そう考え、まずは赤子の体を成長するために必要な物は何かと考えようかと思った瞬間、体が何かに掴まれ、持ち上げられた。


(な、何だ?!)


 だが、体を掴んで持ち上げかけていた力が急に抜けてスルリと体が元の位置へ降りた。


(今のは何だ?)


 答える者はいない。ただ、「あーあ、ダメか」「諦めようぜ」という声が聞こえる。言ってる言葉はわかるが、どういう意味なのかはよくわからない。

 とりあえず目に見えるのは……床?白い床だ。材質は何だ?木で出来ているようには見えないが、では石造りなのかというとそう言うわけでもなさそうなツルリとした床。綺麗に磨き上げた床は魔王の城にもあったし、人間の城にもあった。だが、こんな床は見たことがない。とは言え、周囲に色々と何かが置かれているせいか、暗い。背後に明るい光源があるようで、少し光が差しているが、周りの様子をしっかり確認出来るほどではない。

 あとわかるのは、さっきからずっと流れている軽快な音楽か。楽しげな音楽だが、このような音を出す楽器は何だろうか?世界を支配せんと、魔族領から人間の国々を駆け巡ったが、それでも世界の全てを見て回ったわけではないので、聞いたことも無い音を出す楽器などいくらでもあるだろう。

 そしてずっと聞こえてくるこの音楽は、そうだな、例えるなら祭りの音楽か。

 魔族も人間もそれぞれの国や地域で年に数回、祭りがあった。それは春の到来を喜ぶものだったり、収穫を祝うものだったりと様々だが、魔王としてもそれらの祭りは大事にしたいと考えていたので、戦う時期と場所は魔族たちの祭りのない時期を選んでいた。

 人間の祭り?執拗に狙ったとも。歌と踊りと酒と料理で最高に盛り上がったところへ、突然の魔王軍の襲来。恐れ(おのの)く者、破壊と殺戮に逃げ惑う者、こちらを憎悪に満ちた顔で睨み付ける者。だが、次の瞬間、配下たちが蹂躙し、物言わぬ屍と化す。魔族たちの士気は最高潮に達し、さらに破壊と殺戮をばら撒くべく進軍していく。魔王にとって祭りとはそう言う物だった。


(ここが魔族領だった場合、どんな祭りなのかを理解しておくことは、軍を率いるときに必要な要素の一つだ。人間の国であった場合でも、祭りの時期を把握することは攻め込む時期を決める上で重要になる)


 強靱な肉体、比類なき剛力、膨大な魔力と、力でのし上がったのが魔王である。が、戦いは始める前の情報収集が重要だとして、配下にも諜報専門部隊を編成し、重用してきた。もちろん直属の三人の将にもその重要性は認識させ、実際に収集された情報により危険を回避する一方で、逆に奇襲を仕掛けて勝利した数は両手の指では到底足りない。

 世界を支配するという野望を為すためには、赤子の段階と言えど出来ることは何でもやるべき。つまり、今ここで満足に動けないからとだらだら過ごしているわけにはいかない。周囲を目で視認出来ないのなら、耳で情報収集すればいい。




 そう思っていたのだが、音楽以外に何も聞こえてこない。それどころか音楽は同じメロディを延々繰り返している異常事態だと気付く。なぜ異常事態なのかというと、どのような楽団かはわからないが、延々と同じテンポで同じ曲を演奏し続けていると言うのが既に異常事態だ。こんなに長時間、同じ曲を演奏し続けるなど……魔王お抱えの楽団でさえもそうそう出来ることではない。あるいは奴隷に「演奏し続けろ」と命じれば可能なのかも知れないが、楽器の演奏が出来る奴隷となると、かなり高額。それにそんな命令を実行させたりしたら一日と保たずに潰れてしまう。金の無駄遣いだ。


(やはり音だけでの情報収集は限界か)


 時間の経過ははっきりとわからないが、転生して意識が覚醒してから二、三時間と言ったところか。もっと多くの情報を集めねばならぬと判断し、赤子の段階で出来ることが限られていると言うことを改めて確認した上で、さて何が出来るだろうかと考えを巡らせ始めた矢先、また再び何かに体を掴まれて持ち上げられた。


(くっ……一体何なんだ?!)


 思ったよりも掴む力は強く、ぐいぐいと持ち上げられていく。だが、持ち上げられたことで周囲が明るくなり、今まで自分がうつ伏せになっていたのがどういった場所なのか見えてきた。眼下には……なんだかよくわからないものが見える。前世で見た物で近い物と言えば……魔王として治めていた街で平民の女どもが衣類を作るために作っていた糸玉が近いだろうか?色取り取りの、丸いそれが何なのか判然としないまま見つめているとスルスルと横へ動いていき、急に体を掴んでいた何かの力が抜け、落下した。


(ちょ!待て!おい!落とすな!)


 前世は魔王という最強の肉体を持つ存在であったが、赤子の体が弱いことくらいは百も承知。遙か昔、自身が幼少の頃は魔王とはとても思えぬほどに脆弱だったし、配下の者や市井の者達の中で子が生まれたと見せられたことも数多いからよくわかるつもりだ。

 人間の赤子?人間自体が軽く爪で引っ掻けば引き裂けるような連中だというのに赤子との違いなどわかるはずがなかろう。

 さて、いかに頑強な肉体を持つ種族でも、ごく一部の極めて稀な例外を除けば、赤子の時点でこんな高さから落とされたら命に関わる事は間違いない。転生の秘術は魔力の消費が多く、今のこの赤子の体では到底賄うことは出来ないだろう魔力量で、今すぐ再び使うことなどできるはずもない。そう、このまま落下してしまったら、その魂は冥府に送られ輪廻の輪に組み入れられる定め。つまり、あのとき必死に構築して発動させた転生の秘術が無駄になる。


(もはや、ここまでか……)


 覚悟を決めた……のだが、落ちたときの感触はバフッとした不思議な感覚で、大して痛みもなく、出血などもしていない。落ちたところは先ほどまでいたところと似たような材質の床があり、少しだが薄暗い。


(一体何がどうなって……)


 急にガコンという音がして、何かにぐいと掴まれた。


「取れた!取れたよ!シロクマさんだあ!」

「ふっふーん、すごいのよ、ママは」

「すごい!すごいよ!」


 人間の親子か。そして、自身は子供の両腕に抱きかかえられているようだ。そしてその正面には母親とおぼしき女性が、胸を張って自慢げにしている。


「フフ……結婚する前はクレーンゲーム獲得率二割九分四厘。誰が呼んだかキャッチャー古谷。出禁になったゲームセンターは数知れず。腕は衰えてないわね」

「なんだかわかんないけどすごい!」

「もーっと褒めてもいいのよ!」

「ふわあ……かわいいね、ふわっふわだぁ」

「んふふ~そうね~」

「だいじにするね!」




 世界を支配しようとし、勇者に討伐された魔王は、転生した後、クレーンゲーム(一回百円)のプライズとして……百円で田中家の一員となった。

注:古谷は旧姓です

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