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何て言うか、人族の連中って「魔族=呪いをかける」みたいなイメージがあるみたいだけど、それひどい言いがかりだからな?魔族と人族の違いって、身体能力と魔力量がかなり違うと言うことと、種としての安定度が違う以外には無いと思う。種としての安定度ってのは親子の関係だな。魔族の場合、親子で種族が違ってしまうことは珍しくないのだ。と言うのも魔族の場合、種族が違う者同士での結婚が珍しくない。だからその子供はどちらかになるかハーフになるか、はたまた新種になるか。そしてそれがまた子を為して……とやっていくと、結構先祖返りが起こって父親母親どちらの種族も引き継がない子供が生まれることなんて珍しくない。俺個人としては、魔族の社会構造とかそう言うのが原因だと思うけど。実際、魔族と人族の間で子が生まれたという話が全くないわけではなく、その場合の子供はハーフだったり、どちらかに引っ張られたりするらしい。そしてその子孫はと言うと……って、そういう追跡調査をするような者はいないからよくわからん。ただ、魔族同士の間からほぼ人間のような子供が生まれるケースはあったらしいから、結局のところ魔族と人族の境界線なんて、実際には有って無いようなもの。身体能力とか魔力量なんて、それこそ種族に由来する特徴。結局のところ人族と魔族の違いなんて、信仰する神とか生活様式の違いだけなんだろうと思う。
で、何が言いたいのかというと、魔族だからと言って呪いをかけるなんてのは非常識極まりない言いがかりだと言うことだ。
そもそも呪いというのは魔法とは全く違う呪術という体系に属すると言われているが、グレモロクに言わせると発動のさせかたが一般的な魔術と違うだけで、魔法の一形態らしい。ついでに言うならこの聖女とかいう連中が使う、神の奇跡とか言うのも呪文に『神の御名において』とかが入っているという特徴がある程度で、魔法の一形態に過ぎない。
と言うことで、呪いとか呪術が魔族の専売特許というわけではないのは明らかなのだが、この呪術とかいう奴、発動させるときにあまり魔力を使わずに発動させられるという特徴がある。その理由が、呪術を行使するときに使う生贄とかだ。通常の魔術でも、効果を増強するために魔法触媒を使うことはあるのだが、呪術は例外なく触媒――だいたいが何かの死体――を使う。そして使う触媒が触媒なだけに――しかも新鮮なほど効果が高いという――魔力の補助効果が高く、ほとんど魔力を消費せずに強い効果を引き出せる。が、何しろ元々が適当に『恨めしい』だの『呪いたい』だのといったのがきっかけで使おうとする上に、ろくに魔法の勉強をせずに適当に行使するため、効果が安定しない。結果、胡散臭さが引き立つようになり、呪いを扱うような者は人族からも魔族からも疎まれるようになる。
と言っても、聖女に向かって魔族と呪いは関係ありませんなんて言ったところで聞きやしないだろうからどうでもいいか。
『何をしたと言われても、なんとも言えないのだが』
『こんな屈辱を味あわされるとは……』
『ちなみに俺は……お前と違って魔法が使えるけどな』
『何?!』
そう言いながら指先に魔力を集め始めると、どうやらそれはわかるらしい。
『な……何っ……』
『ククク……』
と言っても、今できる魔法ってそよ風しか吹かないし、そのあと気絶するし。絶対この人間の子供たちに気付かれるからやりたくないんだよな。ということで適当に誤魔化して切り上げる。
『さてと、どう料理してやろうか』
『くっ……殺せ!』
くっころは女騎士の専売特許と聞いていたのだが違ったか?まあ、いい。
『フフフ……魔王を前にしてどんな気持ちだ?頼みの綱の勇者は来ず、おのれの魔法は発動せず、オマケに体も動かないと来た』
『ぐぬぬ……勇者!さっさと来い!五秒で来ないとケツを蹴り飛ばすと言っていたのに毎回遅れやがって!今度は一体いつ来るつもりだ?!』
毎回遅れるって、蹴られたい願望ダダ漏れじゃね?
『そうか、あの勇者……呼んでも来ぬとは薄情者か、もしくはお前のことを信用していないのか、あるいは他の女に乗り換えたか』
『そんなことはない!あいつはいつも……私の蹴りが最高だと言っていた!』
勇者の性癖が捻じ曲がってんぞ。ま、いいのか?これはこれで似合いの組み合わせだし。
鈍刀に折れ鞘と言う言葉がある。切れ味もイマイチで歪んだ剣にもぴったりはまる鞘という物があるということわざだが、まさにそれだな。
とは言え、この組み合わせの問題は……魔王の相手がどM勇者とどS聖女という組み合わせだと言うことだな。似合いの組み合わせだが、変態の組み合わせでもある。俺、変態の相手とかしたくないんだけど?と言うことで、勇者のフォローをしておこう。
『でもなあ……あいつにも選ぶ権利とかあるんじゃないか?』
『そんなことはない!私以上の蹴りを繰り出せるものなど、そうそういない!』
『そ、そうなのか?』
『それに!』
『それに?』
『あいつほど蹴り心地の良い相手などいない!』
『は?』
『蹴った瞬間の、あいつの表情、少しだけ漏れる『うっ』という声……それだけでもう……』
もうやだこの聖女、さっさとどっかに連れてってくれないか?
「沙織ー、そろそろ帰るよ」
「わかったー。志帆ちゃん、またね」
「うん、またね」
ちょうど聖女を抱えていた子供の親が来たらしく、別れを告げて駆けていく。
『おのれ魔王!逃げる気か!』
いや、むしろお前の方が逃げてるじゃねーか。
抱えられてるだけだから、どうにもならないというのもあるけどさ。
「はあ……」
俺を抱えている子供がため息をつきながらベンチに座り、空を見上げた。俺も一緒に。
ここに来た頃はまだ青かった空は茜色が藍色に追いやられ始めており、わずかだが星が瞬き始めているようだ。
「よし」
子供がそう呟いてとんとベンチを降りて歩き出した。帰るのだろうか?ここに来るまでの間はバッグの中にいたからどちらから来たかはわからないし、そもそもここがどこなのかさっぱりだから、帰ろうとしているのかどうかもわからん。そして何より、この子供とのコミュニケーション手段がな……念話でいきなり話しかけたらどうなることかというのが先ほどチラリと垣間見えたわけで。そうなると黙っているのが一番と言うことになる。
ジャリジャリと足元の土を踏みならしながら進み、木立を抜けると……足音がいきなり消えた。消えたというか変わったというのが正確か?いや、もっと正確に言うなら、地面の様子が一変した。
なんだこれは、と言うのが正直な感想だ。
魔王城の城下町も一部石畳を敷いている道はあったのだが、これは……それよりももっと平らに均されていて、しかも継ぎ目のようなものが見当たらない。そしてさらにその少し先、柵のようなもので仕切られた向こう側も似たような感じの道になっていて、見たこともないようなものが走っていた。
見た目だけで表現するなら馬の繋がれていない馬車と言うのがぴったりくるのだろうか。だが、馬が繋がれていない馬車が自走しているというのはどういうことだ?馬車というのは馬に繋がれているから走るのだろう。