(17)
子供が泣くのは色々な理由があるだろうが、例えばこれが我が配下たちが必死に魔王の魔力をたどり、ここを突き止め攻めてきた。そしてその過程でこの子供の両親を屠り、その現場を見た子供が泣いているとか?
なるほど、それなら俺の望む事態が進行していると言うことになる。つまり、この子供にもっと大声で泣いてもらい、ここにいるぞとアピールさせてやる。そうすれば、声に気付いた魔王軍の兵がここへなだれ込み、子供の首をはねるか、胸を貫くかする。
そして気付くのだ。魔王がここにいると。
うむ、完璧な作戦だ。と言うことで、この子供は好きなだけ泣かせておこう。
それにそもそもどうにかするという手段もないからな。
そう思っていたら、子供の腕が伸びてきてむんずとつかまれた。そして、そのまま抱きかかえられ、ボフッとベッドの上に。ぎゅうと強く抱きすくめられ、子供の下敷きにされる。
『く、苦し……くはないな』
「聞い@*#ったらね&$*@して@+;&で{$#<……」
早口でまくし立てられている上にぎゅうぎゅうと押しつぶされているので、何を言われているのかさっぱりわからない。多分、何らかの不満をぶちまけているのだろうか。
不満があるから聞いてくれというのなら聞いても良い。聞くだけで何もしないけどな。
だが、何を言ってるのかわからんと言うのは、これはこれで苦痛だな。
舌足らずというのではなく、泣きわめくほどの感情の昂ぶりのせいでうまく心情が言語化できず、何言ってんだかわからない言葉になっている、そんな感じか。
やがてゴロンと転がり、抱き方を変えられ、天井を見上げるようになった。
「あーあ……やんなっちゃう。どうしたら良いと思う?」
知らんがな。
「ママはいつも@&%、パパは#$*>だし」
だから何言ってんだかわかんねえからな。
「そうだ!」
ガバッと子供が起き上がり、俺の視線がグッと高くなる。
「もう家出しちゃおう」
おい待て、今なんて言った?家出?お前まともな生活能力は無さそうなんだが、大丈夫なのか?
だが、俺の抗議むなしく――いや、念話を使ってるわけじゃないから、俺の突っ込みは伝わってないけどな――ポンとベッドの上に放り投げられ、何やらガサゴソと始めた。
俺の位置からは全く見えないので何をしているのやら。
『魔王様……』
『どうした?』
『大丈夫ですか?』
『ああ、問題ない』
『そうですか。ひどいお姿になっているので』
『ひどい?』
『腕はあらぬ方を向き、顔は押しつぶされて平らになっています。相当な重傷ではないかと』
『どこも痛くはないぞ』
『さすが魔王様です』
そうこうしている間に「よし、できた」と声が聞こえ、ぐいっと腕を引っ張られてそのまま抱きかかえられた。
前が見えん。
と思ったら、何かの袋(?)の中に放り込まれた。真っ暗だな。
そして、そのままガサゴソと周りで音がする……どうやらこの袋を持って子供がどこかへ移動しているらしい。
うーむ、あまり三将と離れない方が良いと思うのだが、今はどうにもできないか。
真っ暗ではあったが、体を動かせない以上は抵抗することもできない。だからコレを好機と逃げ出すこともできないからおとなしくするしかない。
しばらくすると周囲の音が変わった。それまでは建物の中で足音が響いていたものが、ジャリジャリと土を踏んでいるような音がするので外に出たのだろう。ここがどこなのかを確認できるいい機会だ。どこかでこの子供が俺を外に引っ張り出してくれれば街並みなり何なりで見当もつくだろうからじっくり待ち構えることにしよう。
だが、周囲の音に聞き慣れない音が多いのが気になる。ゴーッと言う重いくせにかなりの速度で移動していく音、ピヨピヨと甲高く響く音等、どれもこれも聞き覚えがない。
最初は袋詰めの中だからちょっと違う聞こえ方になるのかとも思ったが、そんなこともないだろうし。
そんなことを考えながら揺られていたら急に周囲が静かになった。どうやら開けたところに出たのだろう。と思ったらガサゴソと揺れ、いきなりまぶしい光が差し込んだ。
「ぶー、本当にもう……」
俺をここまで運んできた少女が俺を後ろからグイと抱きしめて何かに座った。視線を巡らすことができないので断言できないが、どうやらここは街の中にあるちょっとした広場のようなところで、少女はその隅の方にあるベンチに腰掛けたようだ。
こういう広場は魔族の街にもあった。火災などが起きたときの延焼を防ぐ緩衝帯、街の区画を分けるポイント、祭りなどのイベントごとの中心にする、といったような目的で。
正直なところ、俺はそういう街の作り方は素人もいいところで、「適当に家を建てられる土地があればいいんじゃないか?」と思っていたら、「そうではない」と担当する者たち全員から突っ込まれた。
ある程度の人口になるのが容易に予想できる交通の要所だとか、魔王城の城下町というのはきちんとした都市計画というのを立てていかないと、ただのスラム街が広がってしまうんだと。スラム街の存在を否定するわけではない。大勢が集まれば、ある程度そう言う受け皿が必要になる層も出てくるからだ。だが、全域がスラム街になってしまったら、魔王軍を進軍させるにも道が入り組んでいて進みづらいとか起こるし、兵站を調達するのも難しくなる。
そんなわけで街作りを任せたら、何カ所かにこういう広場が作られた。当初はその重要性はよくわからなかったが、こういう場所に民衆を集めて演説したり、軍を整列させて鼓舞したりと、結構便利だったと記憶している。
つまり、この人族の街でも、ここはそう言うために使われる場所の一つなのだろう。
周囲を見ると、人間の子供が遊んでいるのが見える。俺には人間の子供が何歳でどのくらいのサイズになるというのが全くわからんが、ある程度の幅の年齢層がいるのは間違いないだろう。そして、その周囲にはその子供の親とおぼしき人間もいる。それぞれ自分の子供のあとをついて回っていたり、親同士で談笑していたりしていて、魔族も人族もあまり変わらないのだなと思う。
まあ、滅ぼす対象であることに違いはないのだが。
とまあ、のんきに周囲を観察している。観察以外に出来ることがないからな。
大陸では人族の領域はかなり広かった。もちろん魔族領も負けてはいないはずだが、正直なところ人族の国とか都市とかそう言うのは全て把握できていたかというと自信はない。
だいたい、戦端を開くような境界線から一つ向こうの国くらいまでは何となく把握していたが、それ以上先となると『国があるらしい』と言うくらいしかわからないところも多い。つまり、ここはそういう、魔族との戦いの最前線からは遠い国なのだろう。
そうなると、先日の変身魔法のようなものがなんなのかという話になるが、その辺りはあとからじっくり確認していけばいいか。
そして何だかよくわからないが、人間の子供は俺を後ろからぎゅうと抱きしめてながら後頭部に顔を押しつけていて、フガフガと何かを呟いているだけ。身動きできないし、こんなところで魔力鍛錬もできないので、解放されるまでおとなしく待つしかない。