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『それにな』

『……』

『おい?』

『……』

『おーい』

『魔王様、勇者は気絶したようです』


 魔力をただ何となく使っているだけでは魔力が増えたりはしない。増やそうと思って鍛錬を続けるから増えるのだ。つまり、勇者の魔力はここに来たときからほぼ変わっていない。そのくせ、こちらとの会話に積極的に参加するものだから、簡単に魔力が枯渇して気絶する。そしてそれを苦にも思っていないらしい。もしかしたら気絶フェチなのかも知れんな。

 どういう魔王が生まれるかは運次第で、勇者は魔王を選ぶことは出来ないが、魔王だって勇者を選べない。が、出来れば変な性癖のない勇者を相手にしたい。そう望むのは贅沢なのだろうか?

 もっとも、過去の魔王の記録によると、ゾンビ系のアンデッドが進化した結果、とにかくそこらに腐敗臭をばらまき、進んだあとには草一つ生えないとか、数百万の配下を自在に操るが、全部虫系なので、知性のある行動が期待できないとか、敵味方問わずに迷惑な魔王もいたので、あまり贅沢を言ってはいけないのかも知れない。


『それでも俺は、まともな魔王だと思っているが……』

『魔王様、どうされました?』

『いや、何でもない。ただの独り言だ』


 魔王に良いも悪いもない。そもそも「良い」「悪い」というのはだいたいが誰かの主観に基づくもの。人族にとっての「良い」が魔族にとって「良い」とはならないし、その逆もまた(しか)り。

 そしてそれは「まとも」という評価にも言える。何をもって「まともな魔王」と呼ぶのかと言うと、まず間違いなく人間である勇者とは意見が一致しないだろう。

 それに、魔族の中でも自分のことを高く評価する者と、そうでない者がいるはずだ。

 実際、自分は魔王として何をなしたか考えてみると、人族の領地へ攻め入り、恐らく数十万を超える人間を殺し、相当な広さを魔族の領地として獲得したが、その一方で魔族領内では特に何をしたという事もない。

 もちろん、内政に強い者を側近に置いて色々とやっていたが、基本的にはその側近の案に「よし、やろう」「何かダメな気がする」と答えていた程度だったので、戦闘に参加しない魔族――もちろん彼らにも食料生産とかの役割はあるので軽視はしていない――にとっては良い魔王ではなかったかも知れない。


『ふう……ダメだな。余計なことばかり考えてしまう』


 それなりに頭脳派であると自負しているが、その方向性は常に戦闘に向いていたため、こういう国家運営とかそういうのになると途端に迷いが出てくる。「こうした方が良かったのではないか」「あのときの判断はもっと慎重にすべきだったのではないか」など。

 戦場では判断した結果がすぐに出てくることが多いし、迷っているヒマがあるくらいなら、その時間で人間の首を一つはねた方が良い。それに自身もそうだが配下にも恵まれ、相当な数の差があるのでもない限り、人族相手に後れを取ることなどなかった。つまり、悩んだり迷ったりすることなく、堂々と突き進んでいく魔王を周囲に見せることができたわけで、これはこれで戦場では兵の士気が高まる。つまり、良い魔王だ。

 過去の栄光と言うつもりもないし、(すが)るつもりもない。今の自分にできることに片っ端から手をつけ、再び魔王として君臨してやると、改めて誓う。

 幸いなことに勇者はこんなところでくすぶり続けることになりそうだから、圧倒的有利な状況で人族を蹂躙できそうだ。

 改めてこれからのことを思いながら、鍛錬に入ろうとしたところ、ドアの向こうで物音がした。


『!』

『魔王様っ!』

『うろたえるな』

『し、しかし!』

『魔力の鍛錬を一時中止すれば良い、それだけだ』

『むむ……』

『う……うろたえるんじゃあないッ!魔王軍幹部ははうろたえないッ!』

『『『ははっ』』』


 ガチャリとドアを開けて入ってきたのはこの部屋の主である少女だった。

 この部屋で寝起きしているのだから、入ってくること自体は別に良いのだが、今日はいつもと様子が違った。


「わああああああん……ひっく、ひっく……うわああああ……」


 顔を真っ赤にして、両手で顔を拭うようにしながら入ってきた。全力で泣きながら。

 泣く子とゴブリンには勝てぬ、ということわざがある。

 大泣きしている子供には大の大人も(かな)わない。何を言っても無駄、なだめてもあやしても効果は無し。自然と泣き止むのを待つしかない。同様にゴブリンという最弱クラスの魔物も対応を誤ると面倒な敵になることがある、と言う意味だ。

 ゴブリンが厄介というのはわかりづらいかも知れない。なるほど、仮にゴブリンが反旗を翻し、大軍で攻めてきたとしても魔王にはまともに傷をつけることすらできない。それどころか魔王の爪のひと薙ぎで軽く十を越えるゴブリンの首が飛ぶ。

 それほどに個の戦力差は大きいのだが、ゴブリンを侮ってはいけない。連中、いつでもどこでも(さか)り、どんどん増える。それこそ万のゴブリンの大群を相手にし、片っ端から引き裂いていったとする。さて、ゴブリンが全滅するのはいつか?正解は、永遠に全滅しない、だ。

 大群で攻めているというのに、直接刃を交えている最前線から少しでも下がったところでは好き放題にしていて、少しでも後方に行くと……そこで増えるのだ。殺す端から増えていくのだからいつまで経っても終わらない。呆れるほどの生命力と言うべきか、喧嘩を売る相手が――お互いに――間違っているのか。いずれにしてもゴブリンをまともに相手をするのは無駄だという意味だ。

 さて、このことわざは多分人間にも適用されるだろう。

 少々どころか、かなり泣き声がやかましいが、自然に泣き止むのを待つ以外に出来ることなどない。そもそもぬいぐるみである我々にできることなど……な?

 だがこの子供、泣きながらこちらへ近づいてきた。まさか、ここに魔王がいることに気付いた……何てことはないはずだが、最大限の警戒をしよう。

 バレたら終わりだ。


「うう……ひっく……うわあああ……ぐすっ……」


 これまでに何度もこの子供の顔は見ている。人間の顔の見分けなどつかないと思っていたが、日常的に接すると何となく覚えるものだなという程度には。そして思う。泣き顔というのに不快感を覚えるのは魔族も人間も同じだな、と。

 その昔、魔族領の開拓事業について意見を交わした学者が雑談でこんなことを言っていた。


『子供の泣き顔とか泣き声というのは大人にとって不快なものなのです』

『ふむ……まあ、何となくわかるが、不快と言うのは何とも……』

『いえ、不快なのです』


 そう断言してそいつはこう続けた。


『自分の気持ちをうまく言葉にできない子供たちは、自分が不快であることを最大限に外にアピールし、大人の庇護(ひご)を得ようとします』

『ほ、ほう』

『そして、大人はその不快な顔、声に敏感に反応し、どうにかしなければという本能を呼び覚まされるのです』

『つまり、子供が大泣きするのは』

『ええ、大人に気付いてもらうため、なんとかしてもらうためです』


 実に面白い意見だと思いつつも、議題としてはあまり関係なかったのでその場は流したのだが、いざこうして目の前で大泣きされると……何とかしなければならないような、そんな気にさせられる。多分、そんな説を聞かされたせいだろうな、うん。この魔王が人間の子供が泣いているのが不快だとかあるはずがない。

 人間が同報を失って泣き叫び、魔王へ怨嗟(えんさ)の言葉を投げる。それが魔王の日常であり、快楽だ。ん?そう言う意味ではこの状況、俺にとっては望ましい状況なのか?

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