(15)
『勇者よ。俺と戦ったとき、お前は俺に聖剣を突き立てたはずだ。その後、何が起きたか覚えているか?覚えている限りのことを話してくれ』
『何を言い出すかと思えば、そんなことか。そんなに俺に負けたのが悔しいのか?いい加減に現実を受け入れろ』
その言葉、そっくりそのまま返してやりてえ……
『お前な……ああ、そうかわかったぞ』
『ん?』
『お前、あのとき、アレで力を使い果たしてぶっ倒れたんだろ。だから何も覚えていないんだな。情けない。俺は覚えているぞ』
『な、何だと?だったらいちいち俺に聞く必要なんてないだろうに』
『それがあるんだよ。俺の主観でなく、お前の目線で見てどうだったかを知りたいんだ。ちなみに俺の配下からは既に聞いている。その内容とお前が見聞きして感じた内容をすりあわせたい』
『すりあわせてどうするんだ?』
コイツ馬鹿か?はっきりと「お前は馬鹿か?」と言った方がいいのか?
『現状をより正確に把握するために、出来るだけたくさんの情報が欲しい、それだけだ』『断る』
『は?』
『魔族に情報を渡す?ふざけんな。そんなことが出来るか』
えー、コイツ、こんなに面倒臭い奴だったのかよ。
正直なところ、勇者の人となりとかそう言うのはほとんど知らない。勇者が聖剣を手に入れるよりも前に数回、刃を交えたが、ぶっちゃけ……戦いと呼べるような戦いは無かった。当然、一旦この場は引いて、とか言うような駆け引きも一度もなかった。
では、なぜ今まで決着をつけてこなかったのかというと、外的要因だ。戦った場所が悪いというのが原因なんだが、戦いの余波で山が崩れたとか、堤防ぶち抜いて川が氾濫したとかで、戦いどころではなくなってしまったというのが決着のつかなかった理由。
俺も勇者も平均的な魔族、人族よりもはるかに頑丈だが、山が崩れででかい岩とか土砂が流れ込んできたり、自分の身長よりも高い鉄砲水が出たりしたら、さすがにちょっと戦いどころではなくなる。
戦いを継続してもいいのだが、山崩れだのなんだのの行き着く先は魔族か人族の街やら村がある。人族の村はどうでもいいが、魔族の街や村は俺が護るべきもの。さっさと引いて先回りして被害の拡大を防ぐようにしなければ、あとがマズい……のだが、俺の方は必死に街や村を守るために走り回ったが、アイツは仲間に引きずられてどこかへ連れて行かれてたな。
多分、勇者は魔王を倒せばそれでよし。街や村が戦いの余波でどうかなったとしても気にしない、とかそういうふうに人族では決まっていたのかも知れん。何それ、ちょっと不公平じゃね?
まあいい。兎にも角にもコイツは猪突猛進、直情一気。思い込んだら一直線。周りがどうなろうと、魔王を殺せればそれでいい、という奴なんだな。
……同族の将来とかそう言うことを考えている分、魔王の方が平和的じゃね?
戦いの最前線に魔王が出てくるしかない魔族と、国を治める王と前線に出る勇者という役割分担のされている人族では比較しづらいのかも知れんが。
『とにかく話せ。全ては聞いてからだ』
『フン……まあいい。話してやろう』
台詞だけ聞くと、絶対勇者の方が悪役っぽいよな?
『あのとき、貴様に剣を突き立てた後、突然周囲が光った』
『ほう』
『そして気付いたら巨大な爪につかまれて、ここに来た』
『お前……そんだけか?』
『は?』
『もう少し他にないのか?』
『他に?』
『ああ』
『……見たままを話したんだが?』
うん、やっぱコイツ……馬鹿だ。という評価を下すのは早計だな。
あのとき、勇者は魔王の一番近くにいたのだ。他の者のように離れた位置にいれば、ある程度俯瞰した位置からの状況を把握していただろうが、魔王の目の前にいたのではまともに状況を把握できなくても仕方ないだろう。
とは言え、そうならそうと言えばいいのだが。
まあいい。この状況を正確に把握というのがどれだけ難しいかなど今さら語るまでもないことだ。
『やれやれ、どうしたものかな』
『何?』
『……お前から話を聞いても何も情報が増えなかったんだよ』
『お前、俺に言わせるだけ言わせておいてそれはないだろ!』
言わせるだけと言うほど話をしていないと思うんだが。
『とりあえず、お前にも話しておくか。あくまでも憶測だが、俺や俺の配下、そしてお前に起こったことを』
また、何だか騒ぎ出したが、念話でこれだけ騒げるとは、勇者ってのは魔力が豊富なのかね。って、俺たち魔族も魔力は多かったんだが……ん?やけに静かになったな。
『おい、勇者……おい?おい?』
『魔王様、勇者の奴、気絶しているようです』
『念話で騒ぎすぎて魔力が尽きて気絶とか、コイツやっぱり馬鹿なのか?』
『こんなのが魔王様の最大の敵だったとは』
『人族も人材不足が深刻なようですな』
人材不足ねえ。
魔族側、つまり俺の配下たちも常に人材不足を嘆いていた。
魔王、というだけで勝手に色々と集まってくるのだが、それなりに使えると判断された者以外は全て一般兵として軍に組み入れていくのは当然の流れなのは人族も同じだろうと思う。
魔族は人族より身体能力が高く、魔法の適性も高いと行っても、魔王の側近、あるいは三将の側に置けるほどの人材はなかなかいる者ではなく、常にいっぱいいっぱいの状態で動いていたのが実情。
魔族ですらこうなのだから人族はさらにひどいだろう。もっとも、人族は魔族よりも繁殖力が強いので、数だけならすぐに集まるのだが。
『とりあえず気絶している間に三人の意見を聞きたい』
『はっ』
『何なりと』
『勇者がいる、ということは勇者の仲間もきっと同じように転生しているのではないかと思うが、どう思う?』
『そうですな。恐らく転生しているでしょう』
『しかし、転生していたとして、揃いも揃って近くにいるかというと、それは何とも言えませんね』
『そうだよなあ』
転生の秘術自体、術者が死ぬことがトリガーになって発動する魔法のために、『こうすれば多分こういう具合に発動するだろう』という机上の理論だけで作られている魔法だ。そして、これまでにその術を行使したという記録を集めた中に、魔王ほどの魔力の持ち主はいなかった。勿論、程々に、つまり人族の平均はおろか、魔族の平均を上回っている者もいただろうが、秘術の行使自体、人里離れた山奥のような場所で行われたケースが大半のため、他の者を巻き込んだ可能性はほぼゼロ。つまり、魔王の転生の秘術行使は、前例のない状況で行われた、前例のないケース。周囲を巻き込んで転生、そしてその転生先がどうなるかなど、何が起きたとしてもおかしくはない。
『まあ、注意することにしようか』
『はっ』
『仰せのままに』
注意したところで、何をどうするんだ、とも思うが。
『ふおおおおお……』
勇者が来てから数日が経った。
俺と三将は魔法の鍛錬、つまり魔力の鍛錬を続けており、日に二、三度の気絶をしながら過ごしているのだが、勇者は特に何かをしている様子も無い。
『いちいちうるさいな。念話で気合いを入れるとか、意味がわからん』
『これも鍛錬なんだよ』
『ふーん』
コイツは特に何をするでも無く、俺たちの魔力鍛錬の様子を見ているだけ。こちらとしては勇者が力をつけるつもりがないのはありがたい。それに『ヒマすぎ、なんか相手しろ』と絡まれないだけマシだと考えている。