(14)
どこかの部屋……先ほどの少女の体格から比較して……自分が生まれ育った家よりやや狭いか?だが、どう見ても煮炊きする場所や食事をするためのテーブルなどが見当たらない。つまり、ここはあの少女専用の部屋。そこそこ裕福な家なのだろう。
(ガ、ガラス……だと?!)
大きな窓があり、僅かだが夕日の光で光っているそれは間違いなくガラス。大きさは、これまでに訪れたどの王城にも無いほどの大きさで、透明度も群を抜いている。近くで見なければ断言は出来ないが、表面の滑らかさもおそらく相当なものだろう。
(そして、あの机の周辺も驚きだな)
ちょうど自分の正面に机が見える。特に目立つ装飾の無い机だが、各所が滑らかに仕上げられており、引き出しの隙間も狭く、かなりの腕の職人の手による物だとひと目でわかる。
そしてその上に並べられた書物とおぼしき物。背表紙に書かれている文字は見たこともない文字だが、その分厚さからするとそれなりの分量のある書籍であることは疑う余地もないし、何よりその背表紙に書かれている文字が美しい仕上がりになっている。
エイクは勇者としての任に着いてから読み書きを習い、その過程で様々な書物に触れてきたが、書物というのは一冊一冊、職人の手によって造られるものであり、その文字や装飾する模様や絵は基本的に一点物。それこそ、一ページに書かれている中の同じ文字であっても、全く同じ形になっていることはない。それは背表紙とて同じ事。だが、あの背表紙はどうだ。何と書かれているかは判然としないが、おそらく同じ文字であろう箇所は、離れた位置から見ても寸分違わぬほどの精度で同じ形に書かれている。そんなものは王家の宝物庫の奥深くにしまわれている秘伝の書物や、教会の教皇のみが閲覧出来るような聖典とか、そういう次元の書物くらいしか思い当たらないのだが、どう見てもそのような扱いをされていない。ぱっと見た限り、鍵のかかる棚に入れてあるわけでも無いし、先ほど少女が出ていったときも扉に鍵がかかった様子も無い。
(あんな……下手をすると国家が傾きそうなほどの価値の書物を無造作に……だと?!)
一体全体何が起こったのかさっぱりわからない状況と、いきなり見せられた高級品の数々にしばらく混乱していたエイクだったが、周囲が薄暗くなり日が落ちたのだろうと気付く頃には落ち着いていた。
(まず、ここはどこなのか?)
一つ目の疑問に関しては保留とした。ここから見える物だけでの判断ではあるが、とんでもない財力の持ち主の屋敷のどこか、と言う程度しかわからないが、それ以上を知るためには次の疑問を解消、解決しなければならないだろう。
(今の俺の状況は何だ?どうして体が動かない?)
ごく自然に周囲の状況を観察していたが、ふと気付いた。自分が瞬きをしていないことに。普通ならば目を開けっぱなしにしていられるのは頑張っても数十秒がせいぜいだろうが、どういうわけかその瞬きをしていないどころか、意識して目を閉じることが出来ない。
それだけでも十分に異常だが、自分の今の姿勢もおかしい。どういうわけか四つん這いになっているのだ。普通、人間が四つん這いになる場合、両の手のひらをつき、膝をついて膝下はそのまま地面を擦るような姿勢になるはずだが、そうではなく、両腕両脚共に伸ばした状態で四つん這いになっている。普通に考えておかしな姿勢だ。
そして、極めつけはその姿勢から身じろぎ一つすら出来ないと言うこと。身じろぎ一つ出来ないと言うことはつまり、口を開くことも出来ないから声を上げることも出来ない。
ついでに言うなら呼吸もしていないし、この妙な姿勢で疲労を感じたりもしない。
(全く状況がつかめないな)
何かの呪いか、幻覚でも見せられているのかと思っていたところに、唐突に声が聞こえてきた。
『昼間にまた何か持ってきていたようです』
『そうか、俺は気絶していたから気付かなかったが』
(え?)
直接頭の中に聞こえてくるようなその声は、聞き覚えのある声だった。
『その声!魔王か?!』
『ん?』
『何者だ?!』
『忘れたとは言わせんぞ!』
『ほう……勇者か』
『そうだ!』
聞かれて『そうだ』と正直に答える勇者を『コイツ、ひょっとして馬鹿なんじゃないか?』と思いながら、転生の秘術が勇者まで巻き込んだことについて考える。
これ、先だって○と話し合ったときにあった、あの場にいた全員が転生したのではないか、という疑問というか懸念が当たったのではないか、と。
その辺りの確認もしておきたいところだが、勇者の状況を把握しなければならないだろう。
『勇者よ……どこにいるのだ?』
『くっ……そう言う魔王こそ!』
配下の三人も勇者の姿は見えていないようだが……ここは一つ提案をしてみるか。勇者が柔軟な対応をしてくれることを祈りたいが。
『勇者よ、一つ問いたい』
『貴様と話すことなど何も無いぞ』
『そう言わずに、聞いて欲しいのだが』
『断る』
うん、コイツ……馬鹿だ。
『勇者よ……今の状況、わかっているのか?』
『何?』
『互いの姿は見えず、念話による会話程度しか出来ていない。それと、これは勝手な推測だが……勇者よ、体が動かせないのではないか?』
『こ、答える必要はない!』
図星か。
『ではもう一つ。こちらは俺の他に、配下の三将もいるぞ。お前の仲間はどこにいる?』
『くっ……』
『この部屋の様子は見えているか?これを見てどう思った?』
『ぐぬぬ』
『互いに主義主張の違いがあり、命のやりとりをする間柄だが、一時休戦して現状把握に努めても良いのではないか?』
『そうだな……仕方ない。だが、現状を把握出来次第、お前を殺す!』
うーむ……コイツ、状況がわかっているのだろうか?
勇者の姿が見えないから何とも言えないのだが、勇者も念話を使っているのと、こちらの姿が見えないことから、恐らく勇者もぬいぐるみか、何かの道具のようなもの?になっている可能性が高い。自由に体を動かせるなら、さっさと俺の前に出てくればいいんだし、いちいち殺すだの何だの言わずにやればいい。と言うか、実際そう言うことをするのが勇者だろう。
なんだかこうやって考えてみると勇者の方が魔族よりも好戦的で野蛮に聞こえるから困る。見・即・殺は魔族、特に魔王の専売特許だったハズなんだがな。
さて、それでは情報交換といこうか。
『勇者よ……まず訊ねたいのだが、自分の今の姿はわかるか?』
『今の姿?何のことだ?』
『えーとだな……多分、恐らく、十中八九、というか百パーセントと言っていいのだが、お前の姿、全く違うものになっているぞ』
『何?!どういうことだ?!魔王、俺の体に何をした?!』
俺は具体的にお前に何かをしたという記憶もつもりもないんだがな。戦いはしたけどさ、その後のことは俺は何もしていないぞ。
『あー、とりあえず言わせてもらうが……自分の姿を見る、つまり首を回したり、視線を動かしたりと言ったことが出来ない、と言うことでいいんだな?』
『そうだ!貴様の仕業だな!』
コイツ、いちいち話す台詞を喧嘩腰にしないと気が済まないのかね?
『とりあえず、体を満足に動かせないと言うことでいいんだな?』
『くっ……そうだ……これは、まさか呪いか?クソッ……こんなものっ』
『落ち着け、と言っても聞かんのだろうが……もう一つだけ質問をしてもいいか?』
『いいだろう。その代わり答えたらこの呪いを解け』
無茶を言うなあ……