(13)
『やがて、少女の声が聞こえたのです』
『声?』
『ええ。「コレが欲しい、ママ、取って」と』
『それで?』
『声のする方は見えなかったのですが、やがて私のすぐ前に槍が現れました』
『槍?』
『正確には槍では無いかも知れません。見たこともない形でしたので。しかし、先端に刃物のついた棒状の武器という意味では槍という表現で問題ないかと』
『なるほどな』
『そして、その槍が私の頭上に突き出されたのです』
『なっ?!』
『何だとっ?!』
コレにはキュバリルもフォラトゥも絶句する。
『しかしその槍は私には突き立てられず……私の頭上でバチンと何かを切るような音がして、その直後、垂直に落下しました』
『むむむ……』
その後は、俺たち三人と似たようなものでガサゴソ言う何かに包まれこの部屋に運び込まれ、つい今し方、少女によって振り回されていたというわけだ。
ここまでの経緯はまあ、何とかわかった。色々と理解出来ないことも多いと言えば多いが、それはまた少し考えるとして……重要なことを聞かねばなるまい。
『ところでグレモロクよ……お前は……魔道具なのか?』
『え?』
『お前の今の姿、見えていないだろうから告げるが……そうだな、三十センチほどの長さの棒だ。色はピンクを基調に塗り分けられており、いくつものよく磨かれた宝石がついている。先ほど振り回されていたときにピカピカと光っていたが……』
『光っていた……ですか』
『そうだ。あれはお前の魔力によって光っていたのだろうか?』
グレモロクは古今東西、様々な魔法に精通している魔導師として名高い。あの程度の光を魔法で生み出すなど、朝飯前だ。ところで、グレモロクの魔法により光っているとしたら、それは魔道具と呼ぶのだろうか?
『畏れながら申し上げます。振り回されていたのは確かなのですが、一部がクルクルと回っていたという感覚はあります。しかし、その動きにも我が魔力が使われたという感触はなく、光っていたという感覚もなく……すなわち、我が魔力はカケラほども消耗していなかったと思われます』
『なるほど……つまりこういうこだな。何が何だかさっぱりわからん、と』
『左様でございます』
何が何だかさっぱり、と言ってもわかった事はある。グレモロクの知識があれば何が起きたのかを筋道立てて整理し、解析する事も出来るだろう。
『ゴホン、その……なんだ。突然の出来事で状況把握もままならなかったというのは仕方ない。次にもし同じような事が起こったときには、グレモロク、お前の魔力がどのように働いているか、確認しようではないか』
『ハハッ、魔王様の仰せのままに』
一応、グレモロクの直感では魔力を消費していないようだが、しっかり確認しておくべきだろう。
『勇者よ……聖剣を求め、魔王を討て』
魔王による侵攻が始まった頃、魔王領から遠く離れた小さな村に神託がもたらされた。そして、まだ成人の儀式を迎えたばかりの、まだ少年と言っても差し支えないエイクに世界の命運が託された。
エイクは世界を巡り、仲間を集めた。
魔を打ち払い、癒やしをもたらす聖女。
叡智に溢れ、古の時代からの魔法すら自在に操る賢者。
邪なる攻撃をはねのけ、弱き者を守り抜く聖騎士。
地の果てからあらゆるものを貫く矢を放つ射手。
彼らと共に艱難辛苦を乗り越え、魔王を討ち滅ぼす力を秘めた聖剣を手に、勇者は戦いの場へ赴いた。
「ク……フハハハハ!勇者よ!来い!魔王が自ら相手をしてやろう!」
一騎打ちは望むところとばかりに魔王へ向かい、聖剣を振るう。
魔王の配下がこちらの力をそぎ落とす魔法を放つが、聖剣の力がそれをはねのける。
聖女の祈りが勇者に力を与える。
賢者の呟きが魔王の隙を伝えてくる。
聖騎士の守りが戦いの余波を気にかけるなと支えてくれる。
射手の一射一射が魔王の配下を蹴散らし、一騎打ちに水を差すなと牽制する。
どれほどの時間、剣を振るっただろうか。
どれほどの時間、魔王の爪に耐えただろうか。
どれほどの時間、このときを待ちわびていただろうか。
「グハッ!」
魔王の胸に聖剣を突き立て最後の力を振り絞ると、聖剣はその輝きを増した。使い手の心が、魂が、魔を討ち滅ぼす力となるという言い伝えのままに。
「滅びよ!白の魔王!」
「グガッ……グッ……おの……れっ……」
腹に突き立てられていた爪が抜けて、魔王の両腕がゆっくりと下がり、やがて膝をついた。
「これ……ほど……とは……」
魔王が驚嘆するが、こちらも立っているのがやっと。
ホンの僅かな差が生死を分けた。その差を生んだのは驕りか、運か、仲間の信頼か、はたまた神の戯れか。
「ここ……までだ、魔王!」
喉からあふれ出てくる血を吐き捨て、微かに残った力を聖剣に注ぐ。この出血量はもはや聖女の癒やしですら助かるかどうか怪しいが、この命で魔王を倒せるなら安いものだ。
「これで……終わると……思う……な……よ……」
まさか、まだ何かあるのか?チラリと周囲を見ると地面に何やら紋様が現れていた。
「魔法陣?」
「これはいったい?」
「まさかっ?!」
仲間たちの声が聞こえた直後、魔王の体がまばゆいばかりの光を放った。
まさか自爆?そう思った直後、意識が遠のいた。
(ん……ここ……は……?)
ゆらゆらと体が揺られて、意識が一気に覚醒していく。何やら軽快な音楽と、まぶしい光。何故か手足は地面についておらず、何か大きなものにつかまれて持ち上げられているようだ。
自分を持ち上げるような……ロック鳥という大きな鳥や、竜種、あるいはと思い当たる者はいくつかあるがと思った瞬間、自分を持ち上げている何かが急に力を抜いた。
(ちょ!マズいっ!)
まぶしい光のせいで、周囲の状況がよくわからないが、かなりの高さに持ち上げられていただろうと推測。高所からの落下で重傷、あるいは死というのは避けねばならない。何しろまだ魔王の死を確認していないのだ。
急速に落下していく感覚に、あまり得意ではない浮遊の魔法を唱えようとして……
(声が出ないっ!)
これでは呪文が唱えられず、魔法を発動することが出来ない。ようやく明るさに慣れて微かに見えた先には固そうな床が見えた。
(床?)
疑問に答える者はおらず、そのまま激突。死を覚悟したのだが……ボフッという感触だけで特にどこかが痛いと言うこともない。
(どういうことだ?)
彼の混乱を余所に、何者かの手により掴み上げられ、ガサゴソと音のする何かに包まれた。視界は……白く曇った感じでよく見えない。そして体が思うように動かないので、状況を確認することも出来ないまま、どこかに運ばれているようだ。
明るくなったり暗くなったりを数回繰り返し、ガサゴソと音のする堤から解放された時に見えたのは、子供の顔。まだ幼いが、女の子だろうか。
「ここでいいね。しーびー」
え?「しーびー」って何?
なんだか良くわからないままに置いてけぼりにされたんだが、一体ここはどこだ?