(11)
やがてドアが開き、人間の少女が入ってきた。と言っても、人間の年齢と体格の詳細は知らんから、年齢がどの程度かわからんが、まあ、少女と言っていいだろう。そして、その少女の身体的特徴に少しだけ驚いた。
髪の色が黒く、その瞳もまた黒い。そして、顔の彫りが浅く、平坦。
俺の三代前の魔王が確か、黒髪黒目の勇者と戦い、破れている。それより前の魔王でも数名、記録に残っているのだが、共通して言えるのは……黒髪黒目で平坦な顔をした人間の勇者は、そのぼんやりとした見た目に反して、魔王の天敵とも呼べるような特性を持っていることが多いと言うこと。黒髪黒目の勇者と魔王の戦いは、圧倒的な力の差を見せつけられて魔王が倒されている。それこそ文字通り手も足も出ないほど、完膚なきまでに。
それが、黒髪黒目の人間全体に言えることなのか、それとも単なる偶然なのかはわからない。だが、黒髪黒目の勇者は例外なく魔王を圧倒しているのだ。他の勇者はギリギリの勝利を収めるケースしか無いというのに。そう、俺を倒した勇者も黒髪黒目では無く、本当にギリギリの差で俺が負けたわけだが。
『ま、魔王様……』
『まさか……あれ……は……』
『落ち着け……アレが部屋を出るまで念話も禁止だ』
お互いにだけ聞こえるように絞っていても、何の拍子で聞こえるかわかったものではない。今は黙っていることにしよう。
こちらの驚愕を余所に少女は手にしていた袋から何か棒状の物を取り出した。ピンク色を基調とした色鮮やかなそれを見てまた俺は驚いた。
(そ、そこら中に宝石をちりばめてある……だと……)
あちこちにはめられた宝石が光を反射してキラキラと光っている。その光り方から推測するに、その断面は平らで、角の部分の加工もスパッと直線。あんな加工精度の宝石をふんだんに使った物……下手をすると小さな城くらいは余裕で建つほどの価値があるだろう。
「へへ~、これでわたしも~まほうしょうじょ、ポーラリンクにへんしん!」
そう言ってその少女はその棒を真上に振り上げる。そして指が少し動いたと思ったらカチリと音がして、先端の丸い部分が回転し、あちこちの宝石が点滅を始めた。
(な……なん……だとっ……)
今、この少女はなんと言った?
魔法少女……に変身?
あまり記憶が定かでは無いが、確か七代前の魔王を倒した人間の勇者が黒髪黒目の女性で、自身のことを「私は勇者では無いわ!魔法少女よ!」と言っていたらしい……と記録されていた。魔法少女なる物がなんなのかは全く不明なのだが、少なくともその勇者の魔法はすさまじい威力で、上位魔族がギリギリ紙一重でかわしたはずの魔法で塵になって消えたとも記録されていた。どう考えても当たってすらいない魔法でそんなことが起こるはずが無いと思っているのだが、もしもそれが本当で、あの少女が魔法少女なる物だとしたら?
いや、まだだ。この少女は「魔法少女に変身」と言った。つまり、現時点では魔法少女では無い。今から変身するのだ。
だが、変身とはまた穏やかでは無い単語が出てきた。
俺の人族についての知識は当然ながら魔族が集めてきた物でしかなく、その全てを調べ尽くしたとは言い難いのだが、種族的に変身能力を有している者はいなかったはずだ。魔族ですら生まれながらに変身能力を有している者はそれほど多くないから、そこはまあいいだろう。
だが、肉体を変化、つまり変身する魔法という物は存在する。魔法の素質というのもあるので誰でも使えるというわけではないし、変身によってどのような効果を得るかという部分もあるので、魔法全体の中での変身魔法の評価は難しい。
だが、人族の街に送り込む斥候の二~三割は変身魔法を使える者がいる。例えば鼠や小鳥、犬や猫と言ったどこにでもいるような動物に変身したり、それこそ人間の姿に変身したりと、潜入工作にはうってつけの魔法であり、重宝される。
一方で、変身魔法によって高い能力を得る事もある。フォラトゥは該当しないのだが、一部の竜は変身によって大型の竜の姿となり、短時間ではあるがその姿に見合うだけの戦闘力を有するし、半魚人の中には変身によって陸上での活動を可能にしている者もいる。ちなみに水中でも水の抵抗を感じさせること無く動ける筋力を持っているだけあって、陸上では比類無き怪力になるという、なかなか恐ろしい奴だ。
さて、この目の前の少女は……「魔法少女に変身」と言った。つまり、あの光る棒は魔法少女へ変身する魔法の発動体、すなわち魔道具と言うことだ。過去の魔王を倒した勇者が同じ要領で魔法少女になっていたのかは定かでは無いが、もしもあの魔道具を使うだけで、あんな年端もいかない少女が魔法少女になるのだとしたら、魔族にとってこれ以上無い脅威と言っていい。
「あははは……えーい。とおー」
少女は機嫌良く魔道具をブンブン振り回してご機嫌な様子。魔法少女への変身が成功したのかどうかは判然としないが……クソッ、とんでもない事になっている。
何がどうとんでもないのかというと、あの魔道具だ。
「リンリンフラッシュ!」
「ラブリービーム!」
良く理解出来ない単語と同時にビシッと構えると、先端がくるくる回り、あちこちがピカピカ光り、あまつさえピロリンっと言った軽快な音が鳴る。
(間違いない……あれは……クソッ、とんでもない魔法だぞ……)
すぐにでも二人と意見を交わし、今後について検討をしたいが、念話を察知されるのはマズいため、今はじっと耐えるしか無い。
分身、と言う魔法がある。俺自身もそれを使える者は一人しか知らない位のレアな魔法なのだが、簡単に言えば文字通り自分の分身を作り出す魔法だ。ただ、分身と言ってもその姿はもとの術者と同一であるとは限らない。あくまでも術者の意のままに動く魔力により作られた肉体と言うわけで、数回見せてもらったが、毎回術者とは似ても似つかぬ姿の者を作り出していた。
さて、この分身だが、術者の意のままに操れる、と言うだけでは無く、魔法を行使することも出来る。そしてその時、術者と分身それぞれが魔法を行使することでその威力を増大させることが出来るのだ。例えば分身が魔法陣を構築し、術者が呪文を詠唱するといったように。そして、そうやって行使する魔法は通常よりも威力が増す。もちろん、そうした魔法の発動のためには相当な訓練が必要にはなるが。
そして、そういう視点で目の前のことを検証すると……おそらくこの少女はあらかじめ分身を作り出しておき戦場に送り込んでいる。そして、その分身を遠く離れたこの場所から操り、その前に居並ぶ敵をなぎ倒すための魔法を行使している、と推測される。良く理解出来ない単語は、出来るだけ短時間で魔法を発動させるために構築した短縮呪文だろう。威力は若干落ちるが、詠唱時間が短いため、無詠唱よりも威力がある魔法発動方法だ。そして、発動を補助する魔道具も使用している。これだけでもかなりの威力の魔法になるのは言うまでも無い。そして多分、分身の方は魔法陣を構築していると思われる。つまり、今あの少女の分身は、魔道具と短縮呪文による威力の底上げを受けながら、魔法の精度を高める魔法陣を併用するという、通常ではなかなか為し得ない次元の魔法発動を行っている可能性が高いというわけだ。