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『ええ。その鏡に人間に抱えられた我の姿が映りまして……衝撃を受けました。このフォラトゥ、魔王様以外の何者にも傷つけられることの無かった黒鱗に大地を自在に舞う翼、振り払えば人間共の城塞くらい軽く粉砕する尾が全く見られぬ……犬の姿でした』

『犬?』

『正確には……犬を模した縫いぐるみです』

『縫いぐるみ?あの……子供に与える……オモチャの?』

『はい』


 なんと言うことだ、一騎当千どころでは無い戦力を有していた暗黒竜が、ふわふわで手触りの気持ちいい縫いぐるみに成り果てていたというのか。


『それで……その……』

『うん?』

『そのまま棚に置かれているのですが、置かれる直前に見た物と念話でたどる魔王様とキュバリルの位置から……推測で申し訳ありませんが申し上げます』

『な……何だ?』

『魔王様は……その、つ……』

『つ?』

『つぶらな瞳が愛らしい白いクマの縫いぐるみの姿に』

『は?』


 この俺が……可愛いシロクマの縫いぐるみ……だと?


『キュバリルは……鼻のチョンと伸びている……ハリネズミの縫いぐるみの姿に』

『なっ……』


 キュバリルもショックのようで念話が止まった。


『フォラトゥ……見間違いでは無いのだな?』

『その……畏れながら申し上げます。現状、魔力がうまく操れませんので少々のズレはあるかと思います。ですが、ズレていたとしても……ネコや小鳥、あるいは我の知識では名前がわかりかねますが……パステルカラーに愛らしい瞳が可愛らしいとしか表現しようのない表情を浮かべた縫いぐるみしか並んでおりません』

『そう……か……この体は縫いぐるみ、か。それでは動かせないのも道理だな』


 いろいろ合点がいった。


『だが、縫いぐるみだから何だというのだ?』

『え?』

『ま、魔王様……?』

『我ら魔族、姿形でその力を推し量ることなど出来ようはずも無い』


 そう。魔族はその姿が様々。そして、その姿はあくまでも……生まれたときの姿を継承しているだけに過ぎず、実際にはその体内の魔力とその魔力から生み出される魔法、あるいは魔法による身体強化によって力が評価される。実際、魔族軍の中には小さな鼠の兵もいる。が、彼らをその姿で侮ってはいけない。小さな隙間をくぐり抜けて行く彼らにより夜営している間に全滅した人間の小隊は数知れず。つまり、


『体が動かせない理由が判明したと言うことは……動かす方法もわかったと言うことでは無いか』

『た、確かに』

『そして、そのための方法として魔力を鍛えてきたことは何ら無駄になっていない。むしろ、さらに魔力を鍛えるべきだという、目標が新たに示されただけに過ぎん。違うか?』

『魔王様の仰せの通りです』


 そう。体が縫いぐるみと言うことは、筋肉によって体を動かすことは出来ない。縫いぐるみに筋肉は無いからな。だが、物体を自在に操る操作魔法と言う物がある。実際、魔族には中身の無い鎧、リビングアーマーという者がいるが、彼らは意識すること無く鎧を動かし、生活している。つまり、彼らと同じようにして縫いぐるみの体を操作すれば、自由に動けるようになるのだ。


『もちろん、今の魔力と操作精度では指の一本も動かせない。だが、鍛錬を続ければいい。それだけだろう?』

『なるほど』

『もちろん時間はかかるだろう。だが、三人で切磋琢磨していれば、あっという間のハズだ。違うか?』

『魔王様と共に鍛錬する機会など、滅多に得られるものではありませんな』


 うん?なんか妙に持ち上げられているような気がするが……まあいいか。彼らの忠誠、尊敬が本物だという(あかし)と受け取っておこう。


『だが、フォラトゥ』

『は、何でしょうか』

『お前たち竜種って魔法陣を構築して魔法を使うのって苦手だよな』

『確かに』


 竜種の体は魔物の中でもかなり特殊で、鱗の並びや角や牙の形、筋肉の付き方などが全て魔法陣を構成していると言っても過言では無い。そのために彼らは基本的に魔法を使うという概念を持ち合わせていない。念話や魔力探知も使えるように訓練すれば使えるのだが、その訓練は他の魔物に比べると酷く苦労する。実際フォラトゥも念話が使えるようになるにはかなり時間がかかったし、魔力探知も戦場で使ったことはほとんど無い。何しろ暗黒竜というのは生まれ落ちた時点でオーガ数匹に匹敵するほどの戦闘力を持っていると言われているから、こそこそ隠れて行動したり、待ち伏せを警戒したりという必要性が薄いからだ。


『だが、その体になってしまった以上は苦手と言ってはいられないだろう。しっかり鍛えねば、タダの役立たずになると思え』

『ハッ!しかと肝に銘じます』


 こうして三人で魔力鍛錬に打ち込む日々が始まった。

 三人の中で、魔力の操作に一番()けていたのはキュバリルで、もっとも魔力が多かったのがフォラトゥなのだが、意外なことに魔力がなかなか伸びていかない。その理由は多分、『魔力切れを恐れているから』だと思う。少なくとも前世、人間たちとの戦いに明け暮れていた頃は、魔力切れを起こして倒れたりなんかしたらいろいろと面倒だった。魔王である俺自身はもちろん、将軍として軍を率いている彼らは毎日のように何かしらの作戦を進めていた。進軍するべきポイントの偵察や破壊工作、戦場にする場所を事前に調査して罠を張っておくなんて言うかなり直接的な事から、出撃準備としての兵站(へいたん)の用意に、支配した地域の防衛戦確保など、多岐にわたる業務をそれぞれの特性や部下への采配などによって行っていた。もちろん定期的な休みを取らねば士気に関わるので、三人の将とその部下たちで綿密にスケジュールを調整していた。つまり、突発的に倒れたりなんかすると大変なんだ。そんなわけで二人とも魔力切れを恐れて程々の鍛錬になっていたので、


『二人とも、もっと目一杯行け』

『え?』

『し、しかし……』

『今のところ、我々三人の安全は確保されているとみていい。だが、この状況がいつまで続くかはなんとも言えない。それはいいな?』

『ええ』

『確かに』

『……今のうちに魔力切れを連発するくらいの勢いでやっておけ。安全確保が難しくなってからでは手遅れになる』

『わかりました』

『魔王様の仰せのままに』


 こうして俺たちは魔力の鍛錬を繰り返す日常を始めた。

 基本的に三人とも魔力を糸のように練り上げて魔法陣を描くと言うことを繰り返す。僅かに魔力に余裕のある俺はそよ風を吹かせるところまでやって魔力を使い切る。魔法陣の向きさえ間違えなければ安全に訓練出来る、いい環境だと思う。




『な、何とか魔法陣まで組め……た……』

『うむ、よく頑張ったな』


 どうにかフォラトゥも魔法陣を構築するまでは出来るようになった。いよいよ次は魔力をつぎ込んで……ん?


『何か物音がするな……足音か?』

『誰かがこの部屋に来るようですね』


 まあ、この部屋で誰かが寝起きしているのは明らかだが、今まで我々三人はその誰かがこの部屋にいるときは(ことごと)く気絶していたので、よく知らん。唯一フォラトゥが鏡越しに姿を確認した程度で、詳細が全くつかめていない。


『二人とも不用意に何かをしようとするなよ』

『魔王様?』

『いいか、今の我々は……脆弱な人間の赤子にも劣ると言っていい。つまり、これからのためにも今は耐えるべき時。むしろ、この屋敷に住む人間の姿を確認出来る……他にも色々な情報を入手出来る可能性があるということだ』

『戦いは情報収集からですね』

『そうだ。二人とも、どんな些細なことでもいい。しかと目を開き見落としの無いように。耳をそばだてて聞き漏らしの無いように。あとでそれぞれの気付いた点を確認することとしよう』

『『はっ!』』


 まあ、意識せずとも目は開きっぱなしなんだがな。

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