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「全軍進め!人間共を皆殺しだ!」


 オオオオオオオオ……


 号令が響くや否や雄叫びと共に軍勢が地響きを上げながら進み始めた。

 魔王軍の中でも精鋭、魔王直属部隊のさらに()りすぐりの二千の兵が十万を超える規模の人族の軍勢に向かって行く。

 数で言えば圧倒的に不利であるが、こちらは脆弱な人間とは桁違いの強靱な肉体を持つ魔族の兵。そして精鋭中の精鋭ともなれば、鍛えた人間の兵など物の数ではない。槍のひと突き、剣のひと振るいで三つ四つの首が飛んでいく。


「クソ!(ひる)むな!進め!」


 人族の将軍が吠える声が聞こえるが、たいした効果はないだろう。何しろこちらには、


「ウフフ……弱い犬ほどよく吠えると言いますわね」


 魔王の右前に構える、その美貌で知られた魔王直属の配下三将の一人、キュバリルがゾクリとするほどの笑みを浮かべる。

 彼女自身の戦闘力はそれほど高くはない。単純な個人戦力ではおそらく、魔王軍の小隊長といい勝負ができるかどうかというところだろう。だが、実力至上を掲げる魔王軍の中で彼女がこの地位にいるのはひとえにその魔法の力によるところが大きい、イヤ全てと言っていい。彼女の用いる魔法は敵方を大幅に弱体化させ、弱体化させた分の余剰エネルギーを味方にばら撒くという、弱体化(デバフ)強化(バフ)を同時に、しかも強力に行えるという物だった。人間側も一騎当千の兵を投入しているのだろうが、彼女のデバフにより、そこらの新兵と同じ程度にまで力が弱められ、その奪われた力が魔王軍の兵たちに加算される。これにより魔王軍は十倍以上の数の不利すらひっくり返してここまで進んできているのだ。


「そおら!絶望を味わうがいい!」


 魔王の左前に構える三将の一人、グレモロクが杖を掲げると、それだけで大地がうねり、空から火の玉が降り注いで人間の軍勢を飲み込んでいく。

 魔王軍最大の魔法戦力の呼び声は伊達ではない。単純な魔法戦闘に持ち込まれたら魔王ですら危ういのではと言うその魔力は、キュバリルのバフによってさらに高められ、比較的後方に位置している人間の軍勢を瞬く間に消し炭に変えていく。人間が一騎当千の兵を幾ら投入しても、万の軍勢を一人で滅ぼせる戦力に敵うのだろうか。人間たちにとって不幸中の幸いは、グレモロクが魔王に忠誠を誓っており、いたずらに街を滅ぼして回る破壊の徒ではないことだろう。彼にとっての興味は戦争における勝利であり、人間を蹂躙することは勝利のための手段であって目的ではないのだ。


「そろそろ我の出番だな!」


 その声と共に三将の一人、フォラトゥが巨大な翼を広げて舞い上がる。小山が動いたかと錯覚するほどの巨体が空を舞い、人間たちを(ひる)ませるとその直後、その巨大な(あぎと)を開き、咆吼と共に破壊をまき散らす炎が吹き出される。

 暗黒竜の長である彼の前に立ち塞がれる者は魔王以外にはいない。その爪をひとたび振るえば大地に長い亀裂が刻まれ、樹齢千年以上の巨木よりも太い尾が振るわれれば小さな城程度なら吹き飛んでいく。破壊と暴力の申し子、戦場の死神と称されるその姿をひとたび目にすれば、誰もが恐怖を覚え、(あらが)う事を忘れてしまう。




 三人の将に率いられた魔王軍はその数を僅かばかり減らしながらも人間の軍勢を蹴散らして進む。半刻もしないうちにその数は半分を割り、いよいよ人間側の敗色が濃厚となったとき、その軍勢の背後より駆けてくる者達がいた。


「あれは……勇者か!」

「ほう?」


 キュバリルが忌々しそうに睨むのを見て魔王が呟く。


「確か、ふた月ほど前にお前の軍を削ったのち、崖崩れの向こうに消えて行方をくらましたんだったか。生きていたか」

「!……さ、左様でございます。アレこそが憎き敵、勇者エイクとその仲間でございます」


 神託が下ったとされて任命された勇者に聖女、それと賢者に聖騎士に射手か。なるほどバランスの取れた面々だ。ちなみにキュバリルが戦うより前にも数度戦っているのだが、なかなかの実力揃いと言うこともあって、決着はつかないまま現在に至っている。


「ふた月やそこらで人間がどの程度強くなれるのか……フフフ……面白いではないか」

「ま、魔王さまっ?!」

「グレモロク、どう思う?」

「そうですな……どうやら、聖剣とやらを手に入れたようです。いかな魔王様と言えどアレは苦戦しますぞ」

「ほほう?」

「何しろ勇者とは魔王を討つことを運命づけられた存在。それだけでも魔王様にとって僅かばかりは脅威となり得ます。しかし、聖剣はさらに厄介な、魔を討つためだけの存在。そんな聖剣を勇者が手にしたとあれば、魔王様とて油断出来ませぬ」

「ふむ」


 二人の将の言葉に耳を傾け、魔王は満足げに頷いた。この魔王はただの暴虐の徒ではない。配下の進言にキチンと根拠があり、聞くに値する内容であるならば耳を傾ける事を(いと)わない。


「フォラトゥ!」

「は!ここに!」


 暗黒竜が素早く身を翻し、魔王の前に降り立つと(こうべ)を垂れる。


「勇者はこの俺、魔王との一騎打ちを所望しているらしい。打って出る。手出しは無用だ」

「「「御意」」」


 三将がそれぞれの役割に戻ると同時に魔王は勇者に向けて歩みを進める。人間の兵たちもさすがに魔王に挑む者は無く、その進む先にいる者は我先に逃げ出していき、まるで波が引いたかのよう。


「ク……フハハハハ!勇者よ!来い!魔王が自ら相手をしてやろう!」


 開けたところで立ち止まる魔王に向けて勇者たちが一直線に駆けていく。そして先頭を走る勇者エイクが聖剣を掲げる。


「魔王!覚悟!」


 世界の命運をかけた戦いの火蓋が、今ここに切って落とされた。




 その激しい戦いは後に伝説として語られるほど激しいものとなった。当初より魔王が手出し無用を告げていたが、互いの攻防はまるで暴風雨のようであった。生半可な手出しなどしようものなら、即座にその荒れ狂う流れに飲み込まれ粉微塵にされること間違い無しと魔王の三将は判断し、距離を置いてこれを見守ることとした。

 それは勇者の仲間にとっても等しく、双方の軍勢がたった二人の戦いを遠巻きに静かに眺めるという、ある種異様な光景が広がっていた。

 だが、それに異を唱える者は一人もいない。なぜなら彼らが刮目(かつもく)するその戦いこそ、この世界の命運をかけた一騎打ちであり、その勝敗が決したとき、全ての戦いに終止符が打たれることは間違いないのである。それが人間側の勝利に終わるか、魔族側の勝利に終わるか。両陣営の誰もが固唾をのんで見守るのみであった。




 白の魔王。魔族領のどこで生まれ落ち、どのように育ってきたのか、魔王が多くを語らないためにその経歴が全く知れず、それ故に弱点が見当たらない、歴代最強との呼び声も高い、まさに魔王。

 白い毛皮に覆われた巨体はどのような武器ならば傷をつけられるのだろうか。

 その鋭い爪の一振りがどれだけの命を奪ってきたのだろうか。

 その咆吼と共に放たれる威圧はどれだけの絶望を振りまいてきたのだろうか。




 人間たちにとって破壊と恐怖の象徴であり、魔族にとって畏怖と尊敬の頂点である魔王。

 対するは人類の希望である勇者と、祈りによって授けられたとされる聖剣。




 そして、世界の命運が託された戦いにも終止符が打たれるときが来た。




「グハッ!」


 魔王の胸に突き立てられる勇者の聖剣。その名に違うことのない輝きは、魔王の身を焦がし、命を奪うに十分な力を持っていた。


「滅びよ!白の魔王!」

「グガッ……グッ……おの……れっ……」


 勇者がその手に込める力を強めると共に、さすがの魔王も視界がぼやけてくる。

 世界を手にするまであと少しというところで現れた勇者。そしてその勇者が仲間と共に世界の果てから見出してきた聖剣は、魔王の野望を阻むに十分な力を持っていた。

 急に体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。


「これ……ほど……とは……」


 生まれ落ちてより幾星霜。鍛え上げた爪も牙ももはや届かない。共に満身創痍であるが、ホンの僅かな差が生死を分けた。その差を生んだのは(おご)りか、運か、仲間の信頼か、はたまた神の戯れか。


「ここ……までだ、魔王!」


 ガハッと血を吐きながら勇者が吠え、聖剣に力を込める。その血の量が、勇者とて限界を超えた戦いを繰り広げてきたのだと雄弁に語る。


「これで……終わると……思う……な……よ……」


 魔王として軍を率いて人間を蹂躙する中、とある王国の宝物庫の奥深くに隠されていた文献から見出した極大の魔法を発動させる。人間にとっても、魔族にとっても禁忌とされる、秘術中の秘術。意識が途切れそうな中、どうにか魔力を練り上げ、魔法陣に魔力を注ぎ込む。

 同時に体全体がヌルい光りに包まれたかと思った瞬間、視界が暗転した。

第2話は18時予約です。

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