2人ぼっち
男は、出された紅茶を少し飲むと、ゆっくりと口を開いた。
「突然申し訳ありません。
私、この付近で教師をしております、
シェルヴと申します。」
聞けば、この男は2年ほど前に子どもに恵まれないまま若い妻を亡くしたという。
「妻を失った哀しみから立ち直れずにいましたが、彼女の願いを叶えることができればと思い、
こちらに来ました。
勿論、子育てをしたことはありませんが、私にできることで、子どもが救われるなら本望です。
いま私は、この子と新しい人生を共に歩みたいと思っています。勿論それは、この子が決めることではありますが…」
シェルヴは、少し苦しそうな表情で俯いた。
シスターは彼に同情した。
彼もまた、子どもたちと同じように傷ついている。彼の話や雰囲気を見る限り、悪人ではなさそうだ。
「分かりました。
この子が良ければ、縁組を考えます。
その前に、あなたご自身についても、色々と調べさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
シェルヴは、優しい表情で頷いた。
「勿論です。」
シェルヴについて、怪しい点は特になかった。
彼の言う通り、3番街の学校で、4年前から歴史教師として赴任。そして、2年前には妻が病死している。夫婦には子がおらず、学校でも、特に問題のある行動は見られない。趣味は読書と裁縫。近所の子どもの面倒見も良い。
特に問題はなさそうだ。
1ヶ月後、シスターはシェルヴと天使の縁組を認め、2人は全員に見送られて出て行った。
門のリースは柊から黄色いゼラニウムに替えられた。
2人は教会に行った。
中には、神に祈りを捧げる人々が数人いた。
シェルヴは祭壇を少し眺めると、手も合わせずにそのまま腰を上げた。天使もそれに続いた。
それからもう教会には入らなかった。
シェルヴと天使は手を繋いで歩き続けた。
時々シェルヴは自分が足が速いことに気が付き、速度を落とした。子どもは親でもない男の手を強く握っていた。
街に出た。
男は、おぞましい容姿の子どもを人目も気にせずそのまま歩かせていた。なので、街の人々はジロジロと好奇の目を向けてきた。しかし、男も子どももあまりにも堂々と歩くので、「この父親は子どもの姿に絶望して、何も見えなくなっている」と勝手に納得して、2人に悲痛な視線を投げかけていた。
親子は、自分たち以外、存在していないかのようにスタスタと歩き続けた。
たまに、家に落書きやゴミの落とし物があったが、天使が落書きの上から鮮やかで素晴らしい絵を描いた。
それから春が幽霊のように現れて消え、街路樹は美しい盛りを失いかけていた。
ある日、シェルヴが帰宅した時、扉に「Casas de demonios(悪魔たちの家)」という赤文字が書かれていた。
「素晴らしい。
この俺の正体に気付く者もいようとは。」
シェルヴは面白くなって、豚の血液と野次馬の置き土産でいっぱいになった扉を泥のついた足で蹴り倒した。