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第二話 こんなことあり得るんですね

エルは結局、森で見つけた奇妙な人形を持ち帰ることにした。アサも別にいい顔をした訳ではなかったが、かといって強く否定するようなことも特になく、まあ仕方がないかという具合に持ち帰ることを許可してくれる。


 帰り道、二人の話題はこの人形の名前はどうするかで持ちきりだった。せっかく名前をつけるのだからできるだけ可愛くて、愛着の湧くものをつけてあげたい。そんなことを考えあーでもない、こーでもないと悩むエル。それを見かねたアサが名前を提案する。


 「よし、こいつの名はガンメン妖怪のっぺらさんだ。どーだ、なかなか面白いだろ」


本人は信じられないくらい自信満々だ。アサの笑顔が眩しく輝く。


 「ねえ、ふざけてる?」


即答だ。目が笑っていない。これは間違いなくエルの逆鱗に触れていた。間違いなく二人の人生史上最大規模の緊張感が走っている。


 「嘘だって、いやほんとにジョークなんだよジョーク。真面目に考えるなら・・・うーん、クロンボとかどうだ。こいつ結構黒いところ多いし」


多少反省したのだろうか、幾分まともな名前を出すアサ。


 「普通にセンスがない、却下」


どうやらお気に召さなかったようだ。曰く、あまりにも可愛くない、とのことである。確かにクロンボでは人形というより物の怪だ。


 「だったらもう自分で考えろよ、さぞいい名前が思いつくだろーな」


アサは渾身の名前を二度も否定され、ちょっと不機嫌そうだ。

 

 そう言われるとエルも少し苦しい。確かにいい名前はなかなか思いつかない。エルは人形をマジマジと見つめながら、一生懸命に考える。


 「確かに、全体的に黒が多いんだよね。黒の髪に黒いドレス・・・黒・・くろ・・・あ、クロクロ、クロクロはどう?」 


単純に二回クロと言って見ただけだが、なかなか悪くないのではないかと思うエル。なんとなく口に出して言ってみたくなるような気がする名前ではないだろうか。結構いい名前なのではないだろうか。


 「なんだよ、二回言っただけだろ、それに可愛い名前はこいつには似合わな「きーこーえーまーせーーん」


アサの声は途中で遮られてしまう。どうやら異議を唱えても無駄なようである。だったら初めから一人で考えろ、とかいう声もきっと今の彼女の耳には届かない。エルは今、外の世界とは完全に切り離された自分ワールドに入り込んでいる。


 「よーしクロクロ、今からおうちに帰るんだよ」


 二人の家は森の中、少しだけ木々が晴れた平地にひっそりと佇んでいる。丸太作りのその家は所々ボロさを感じさせる。家の壁面を作る材木は周りの木より一層深い焦茶色をしており、場所によっては黒ずんでいるとさえ言える。実はこの家は二人がこの森に来た時にはすでにあったものであり、誰がいつ作ったのかは定かではない。


 「ただいまー、クロクロここが私たちの家だよ」エルはいつになく上機嫌だ。帰るや否や家の中をクロクロに見せてまわる。部屋の中にはこの森では用意のしようがない家具がいくつか置いてある。たとえば、部屋の中央に置いてあるテーブルの上には綺麗な白色の陶器に赤く美しい花がさしてある。この付近には花など生えていないし、陶器を作れるような場所などはもっとない。さらに驚くのはベッドが置いてあることだ。きっちり二人分用意されていて、羽毛の掛け布団まで用意されている始末である。一体誰がこのようなものを用意したのだろう・・・。


 クロクロを抱え家の中を駆け回るうち、エルはどんどんお腹が空いてくるのを自覚した。初めはそうでもなかったが、一度意識するとどんどんお腹が空いてくるように感じられて我慢できなくなってしまう。


 「お姉ちゃーん、ごはんにしよー」アサに飯を催促するエル。基本的にこの姉妹の炊事担当はアサである。理由は小さい子供に料理を作らせるのは危ないから、とのことである。実際には、この姉妹の年齢はさほど離れていない上、アサが結構テキトウなこともあって、火なんかを扱わせるとボヤ騒ぎ寸前まで行くこともしばしばなのだ。ついこの間には、火起こしの際なかなか火が大きくならず、腹を立てたアサがその種火を思いっきり蹴飛ばしたところ、それが空中で大炎上するという事案が発生している。そんなわけで、不安が大きいのはむしろエルの方で、アサが火を起こす時には必ずそれを監視しなければならないのだ。


 そうしてクロクロを抱え、エルが家を出ると、そこにはキノコを両手いっぱいに抱えたアサが立っている。

 「ほれ、こりゃスゲーだろ、どーーん」

 アサは顔いっぱいに笑顔を見せている。やってやったぞと言わんばかりの大ドヤ顔だ。何度も自分で取ってきたキノコをエルに見せつけている。まるで、何かいうことがあるだろ、とでも言わんばかりだ。

 「こんなにいっぱい取れたんだ。さっすがお姉ちゃん」エルは姉の言って欲しいことを察したようである。

 「そうなんだよ、その言葉が聞きたかったんだ。わかってるじゃねーか」アサはそれを聞いてもう有頂天になっている。嬉しさゆえか、アサは今にも走り出しそうなくらい落ち着きがない。手に抱えたキノコがポロポロとこぼれ落ちていることなんて、全く気にも留まらない。

 

エルはそんな姉の様子を見て笑っている。妹に褒められたことが嬉し過ぎてキノコをポロポロと落としながら大興奮している姉はちょっと情けなかった。しかし、エル自身アサのこういう所が好きだった。姉なのに姉らしくない、悪く言ってしまえば少しマヌケな姉。でもそんな姉だからこそ、毎日が楽しくなるから。


 この森では食料を確保するのに少し困る。なんと言ってもエルとアサの他に動物がいないためである。しかも植物もほとんど生えていないのだから、本当に食べられるものが限られるのだ。しかし、なぜかキノコは割と生えていたり、木に登れば木の実がそこそこついているものもある。本当に不思議なことだが、このおかげで現在二人は飢えずに済んでいる。


 「ほら、もっとじゃんじゃん焼け焼け、遠慮すんなって」

 2人は現在焚き火を囲ってキノコを焼いている。ちなみにその際に使う串はアサがその辺の木に登って枝を少しばかりへし折って作ったものだ。なので所々作りが雑なところもあるのだが、それがかえって楽しみを生んでいる。


 「なんで3つだけなんだよ。アタシたち2人なんだしキリが悪いじゃん。」


アサが串の山からガバッと手に取り、幾つもキノコに刺していく。


 「いや、3人だから。お姉ちゃん何言ってんの。」

エルは心なしかイラついていた。先ほどまでのハッピーな空間に暗雲が立ち込めている。


 「なぁに言ってんだ。・・・あ、その人形を数に入れてんのか」


アサははっと気づいた。それをみるエルの目にどんどんと怒りのエネルギーが溜まっていく。アサはしかし、全くそれに気付かないでいる。これは非常にまずい状態だ。


 「まぁ気持ちは分からんでもないけどな。いいか、人形は()()と数えるんだ。1()()とは数えな・・・


 言い終わらないうち、アサの横目にちらりとエルの姿が映った。いや厳密には、先ほどまでエルがいた場所を、というべきだろう。なぜならそこにいたのは、人の姿を借りて出てきた亡者だったからである。それは暗く澱んだエネルギー溢れる眼で、アサを見つめ・・・いや、睨んでいる。眼どころか全身から溢れる負のエネルギーがアサ、その1点に標準を定めていた。アサはかろうじて名状しがたき()()()()を、自分の妹だ、と認識すると同時にこのように悟る。


あぁ、おわりだ


「まず何からいうべきなのかな。えーっと、この子は家族です。断じて、異論反論の一切を認めません。それからこの子にはクロクロという名前がちゃんとあんだよ。名前で呼べや」


段々とエルの口が悪くなっていく。


「いや・・・あのー・・・エルさん。その・・・あんまり汚い言葉遣いはちょっと・・・女の子なんですし」


 「は?どこが?」


 「すみませんでした」


 妹にガチで説教をされて、正座のまま縮こまっている姉の姿は、側から見ると滑稽そのものであった。しかし、それも仕方がない。エルは今カンカンに怒っている。おそらく彼女の怒りの臨界点を、大幅更新したであろう。それからしばらくしてもイラつきが収まらないまま、焼けたキノコを思い切り奥の歯で噛み切るその姿は、普段のエルからはおよそ想像もつかないものであった。アサはそれを見てちょっと引いてしまう。


 それからしばらくの時が過ぎれば、2人の間には再び、和やかな時間が戻ってくる。


 「しっかし、このにんぎょ・・・クロクロはちゃんとメシ食えんのかな?」


 アサがクロクロを見ながら考え込むような仕草をとっている。何か思うところがあるようだった。


 「何言ってんのお姉ちゃん?食べられるわけないじゃん」


エルは即答する。当然だ。ご飯を食べられる人形など聞いたことがない。クロクロは今、エルの傍に座らされ、そこでただ俯いているのみであった。


 「でもさっきからそいつ座ってるだけじゃん。なんていうか・・・こう・・・せめて食べるフリくらいはさせたほうがいいんじゃねえかって・・・」


 確かにそれはそうかもしれない、とエルは思った。本当に食べることは出来なくとも、フリをさせるだけでも結構楽しくなってくるかもしれない。


「よーーし、アタシが食べさせてやるよ。おいクロクロ、メシだぞメシ」


アサが焼けたキノコを一本手にとって、クロクロの方へと近づける。当然クロクロからの返事はない。しかしエルがクロクロを手に持ち、まるで本当に食べているかのように動かしてやれば、それっぽくは見える。


「そうかぁ、そんなにウマイのか」


段々とアサのテンションが上がっていく。エルの方もすごく楽しそうだった。


「ねえ、お姉ちゃん、もっといっぱい食べさせてあげようよ」


エルが満面の笑みでアサに提案する。アサのほんの思いつきだが、これが存外楽しいらしい。クロクロにも手を振らせて、次のご飯を要求させる。


 「よし、じゃあいっぱい食わせてやるか」


アサはキノコ串を何本も手に取る。それは両手がいっぱいになるほどで、たとえ人間であっても一気に食べることは難しいほどの量だった。


 「そんなの食べられないよー」


 エルはそう言いつつも笑顔のままだ。クロクロの手をバツの字にして、食べられないことを主張しつつも、アサから遠ざけるようなことはしない。明らかにエルも面白がっている。


 「まあまあ遠慮すんなって。ほれ、たーーんと・・・あっ」


 アサはあまりにキノコ串を持ち過ぎたのと、勢い余ったこともあって一本落としてしまった。キノコ串はクロクロの顔面に落ちる。エルも慌てて手を引き、その結果クロクロは地面に転がる。


 「もー、何してんのお姉ちゃん。」


 そう言いながらもエルは大笑いしている。アサもそれを聞いて大爆笑だ。やはり、この姉がいれば、笑いには事欠かない。2人の生活はいつもこうした笑いに満ちていた。これほどまでに幸せに満ち溢れた生活も、なかなか無いのではないだろうか。こんな生活はきっといつまでも続くのだろう、きっと終わりなど来ないのだろう。2人の人生よ、永遠な・・・


 「熱っちーな、このクソボケが」


 「「え?」」


エルとアサは2人してクロクロを見つめた。


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