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死者と生者と恋煩い  作者: 葛生雪人
僕らに恋は必要か
19/34

7.

     ***


 ロイエがこの館に入ったのは十五歳のときだという。それから三年と少しの間、この館の中での出来事だけが彼の世界だった。

「ロイエ兄様はわたくしと五つしか変わらないのに、何だか年寄りっぽいところがありましたの。いつもグルントさんとばかりお話しているせいかしら」

 長い廊下を、皆を先導しながら饒舌に語る。

「おいおい。そう言ったってあの執事さん、俺より年下だろ。それを『年寄り』だなんて、かわいそうに」

 エフネンが嘆く。年寄り扱いされた執事グルントは「慣れていますから」と言って最後尾を歩いた。

 トーテとエフネン、グルント、そしてヴンシュの四人は、館のあちこちを歩いて巡った。

 ヴンシュとロイエとの思い出をたどりつつ彼がどんな人物であったかを教えてもらっているところだった。

 ヴンシュの『恋慕の情』は開錠されている。

 恋ができる状態になった上でロイエの生活をたどってみれば彼の思いに近づくことができるのではないかというのがヴンシュの作戦だった。

「どうしてボクたちがそれに付き合わされるんだろうね」

 トーテは隣りを歩くエフネンにだけ聞こえるように、極めて小さな音量でぼやいた。

「まあ、興味深いじゃないか。死んだ人間への恋心をわざわざ確認しようなんて発想はさ」

 同じような音量でエフネンが言う。

「何を言っているんだ。『死んだ人間の恋心』であって『死んだ人間への恋心』ではないだろ」

「お前こそ何を言ってんだ。どう考えたってロイエ様のこと好きだろ」

「誰が」

「あのお嬢さんだよ。鍵を閉めてるうちは穏やかな親愛で済んでいたのに、あれが『恋しい』に変わってしまったら、経験しなくて済んだはずの苦しみを味わうことになるんだからなあ」

「……そうなの?」

「何だ。気づいてなかったのか? あれだけ懐いているんだ。容易に想像がつくだろ」

 ねえ、と執事に話を振る。執事のグルントは実に答えにくそうに「ええ。まあ」と言った。彼の耳には二人の会話が届いていたようだが、前を行くヴンシュにはどうだろうか。

 聞こえていたらと気になって、もうひとつ、音量を落とすことにした。

「まさか、ロイエ様の好きな人もわからないとか言わないよな」

 渋い顔でエフネンが言う。

「そっちは何となく、そうじゃないかなあとは思っていたよ」

 言ってからトーテはしまったと思った。

「ちょっと待ってよ。それじゃあ今からしようとしていることは、とても残酷なことじゃないか」

 死んだ人との間に生まれていたであろう『恋』を――取り戻すことが不可能な『恋』の存在を今さら知るなんて、苦しみ以外の何ものでもないではないか。

 トーテはそう思った。しかしエフネンは別のことを言う。

「もう亡くなってしまった人に恋をするなんて、そんなステキなことが起こるなら、俺はこの目で見てみたいけどなあ」

 そうじゃないかとトーテへ問いかけた。

 思いがけず語気に力が入りそうになった。発した一音目は弾けるようで。さすがに何事かとヴンシュが振り返る。何でもないよと咳払いでごまかして、トーテはあらためてエフネンに向かって囁いた。

「それは――当事者じゃないからそんなことが言えるんだ」

 やっぱり残酷なことだよと言って、ヴンシュのあとを静かに歩いた。



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