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第3章「黒の甲冑」

ここは夢か、それとも死んだのか、覚えているのは黒の甲冑を調べていたところまでだ。何も見えないがぼんやりと意識はある。身体は動かない。拘束されているというよりも身体に意思が伝わらない感じだ。

「この世界の環境に君の身体は耐えられない。今から君の身体に手を加えることを許してくれ。すまない」

優しく申し訳なさそうな声が聞こえた。その声は遠くから伝わるように僕の頭に響いた。

〈人体強化インフラストラクチャーをオフラインで構築開始〉

続けて感情のない別の声が響いた。視界は赤く染まった。それは目を閉じ太陽を見た時の血潮を思い起こさせた。僕の意識は再び思考することが難しくなり、静かに心地よく薄れていった。



「いったいどういう事なのだ。魔王様の召喚に成功し、これからだというのに」

ククルは手すりに手を付き戸惑いと悔しさに耐えていた。

「分かりません、隊長用の甲冑全てが可動できないのです」

ククルを見上げるようにカエルの魔人が説明していた。言い終えた後俯いたその表情には焦りと歯がゆさが垣間見えた。

「奴らがなにか仕掛けているのかもしれん、急いで原因を探るしかない、頼むヘカト」

ヘカトはククルを見上げ何か言おうとしたが止め、再び俯いて小さく返事を返すと、その場を後にした。

ククルは目に込み上げてきた涙を止めるため、上を見上げ唇を噛み締めた。様子を伺っていた周りの魔人はただ黙って見ているしかなかった。ククルは何かを決意したように長く息を吐き出し、しっかりとした目つきで魔人達を見て言った。

「隊長達を残し全部隊は私の指揮の下、戦線へ向かう」

返事は無かった、ククルも手すりに両手をついたまま黙って見ていた。静まり返った空気を切り裂くように声が響いた。

「私達は待機ですか?」

腕を組み最前列にいた馬の姿をした魔人だった。ククルはその魔人の方を真っ直ぐ見て言った。

「甲冑が再び起動する望みにかける、隊長達は全員待機だ」

「……」

馬の魔物は一度目を瞑り、小さく息を吐くと首を横に向け自分の後ろに控えている魔人達に目をやった。それに気づいた真後ろの魔人が馬の魔人に向かって力強く頷いた。それを見た魔人は再びククルを見上げ決意したように言葉を発した。

「了解した」

その言葉にククルは声に出さず感謝した。

「わかっていると思うが、事は急を要する。これ以上後れを取れば奴らにここまでの進行を許してしまうだろう、皆急ぎ準備をしてくれ。隊長らの指揮はディー、お前に頼む」

ディーと呼ばれた先程の馬の魔人はうなずき了解した。

ククルは深く息を吸い右手を前に出し、全部隊に号令をかけた。

「では準備が完了した部隊より私に続き北門へ向かう。行くぞ!」

ククルの合図に集められた魔神達の雄叫びが上がり、すぐさま部隊ごとに別れていった。ククルもまた準備に取り掛かっていった。



乾燥した空気、踏み固められた土、まばらに生えた草、巻き上げられた土煙は視界を完全に遮っている。土煙の中から無数の足音、怒号、金属音、悲鳴が一つの地鳴りとなって響き渡っている。

「ダーバ隊長!」

はっきりと聞こえたその声に、地鳴りは徐々に収まっていった。だんだんと晴れていく土煙に光が差し込み、無数の輝きがあらわになってゆく。白い甲冑に身を包んだ数十体の兵士達がゆっくりと進んでいた。兵士達の前には膝をついた鷲の魔人ダーバが脇腹から流れ出る血を手で抑えていた。ダーバの後方には前面が開いた甲冑が抜け殻となって横たわっている。

「隊長を守れ!」

近くにいた部下の一人が叫ぶ、周りにいた他の部下達はその声に応え走り出し、ダーバのもとへと駆け寄っていた。銃を構え、列を成し行進していた白い甲冑は歩みを止めず躊躇なく発砲を開始した。ダーバの盾となった魔人達は小さなうめき声を上げ次々と倒れていった。飛び散る血はパタパタと乾いた地面に雨のような染みを作り、それは倒れゆく魔人が増えるにつれまたたく間に血溜まりとなった。ダーバは目を閉じ最後の攻撃のため翼を広げ立ち上がろうとした。白の兵士らは対象の生死を確認するため一旦攻撃の手を休めた。再び舞い上げられた土煙から大柄な盾を構えた狼の魔人がダーバの前に立っていた。

「ヴォー」

「無事かダーバ」

ヴォーは兵士達から目を離さなかった。ヴォーの部下達は土煙に紛れ斜め左右後方に展開しており、銃を白い兵士達に向けていた。

「撃ち方始め!」

号令を皮切りにヴォーの部隊は発砲を開始した。一斉に放たれた弾丸が白の兵士に無数の火花を咲かせ、防御の体制を取らせた。

「俺の甲冑だけではなかったか」

「ああ、偶然ではないようだ、やつらが何か仕掛けているのかもしれん」

「しかし、貴重な銃を」

「やつらの狙いはおそらく魔王様だ」

「やはり、それで魔王様は?」

「……分からん、ククルに任せてある」

ダーバは腰のポーチから包帯を出し腹に巻きうめき声を押し殺し強く縛ると、立ち上がり自分の槍とヴォーの差し出した銃を受け取った。

「我らで召喚に応えてくださった魔王様に勝利を捧げねばな」

「ああ」

目を合わせうなずき、前を向いた二人は反撃を開始した。

戦場は再び土煙に包まれた。



僕は思い出していた。身体を包む暖かさが記憶を蘇らせていた。暖かい光が窓から差し込む雨宿りでハルオとスミレさんを待っていた日、持っていた文庫本を眠気にいざなわれながら読んでいた。頭は真っ白く瞼は半分閉じていた、でも本の内容は心地よく入ってくる。あの日のこと。

眼の前には何もなく、身体は暖かい。眠気はないが意識はぼんやりとしていた。

〈電脳通信オフライン…ニューラリンクブロック…完了〉

〈意思伝達システム構築…完了〉

〈ミクスト・リアリティシステム構築…完了〉

遠く離れたところから、でもしっかりとその音声は頭の中に響いていた。同時に様々な情報が頭の中に入ってくるのが分かった。それはあり得ない速度で膨大な量の知識。

〈エクソスーツAHS1ソフトウェアインストール〉

〈PE❘AHS1リンク…完了〉

与えられた情報で今自分の身体がどういう物に包まれているのかが理解できる。僕の身体はこの世界の環境に適応出来るように手を加えられたのだ。黒の甲冑と呼ばれたこのPE❘AHS1は兵器であると同時に僕の身体を改造するように設定されていた。頭に入ってきた知識では理由までは分からない。分かるのはこれの使い方、つまり戦い方だ。

(あとは自分で判断しろということか)

〈PE❘AHS1アキラサポートシステム起動…PE❘AHS1起動準備完了〉

もう決めていた、死ねない理由ができたのだ。最初に聞いたあの声、あのハルオの声。どうしてか分からないがハルオもこの世界にいるかも知れない。僕と一緒に召喚されたのかもしれない。ハルオの無事を確認するまで死ぬ訳にはいかない。

〈PE❘AHS1起動します〉

頭が冴える、今まで経験したことのない目覚め。自分の周り全体が見渡せることに一瞬違和感を覚えたが徐々に馴染んでいく。ゆっくりと立ち上がり自分の手を持ち上げ動かし眺めてみた。初めてのことが出来てしまうということは不思議な感覚だ。ふと手の向こうにこちらを見ている驚いた顔の猫に気がついた。ククルにシーと呼ばれていた僕を必死に看病していた猫の魔人だ。

「魔王様!」

「あ、さっきはありがとうございます。もう大丈夫みたいです」

笑ってみせたつもりだったが、甲冑をつけていては表情が分からないことに気づき、すこし恥ずかしくなった。

「いまどういう状況ですか?」

気を取り直し今の状況を聞いた。興奮している様子のシーは慌てて立ち上がり姿勢を正して応えてくれた。

「北門から帝国の部隊が攻めてきており、我が軍の2隊が応戦中です」

帝国と呼ばれた魔人達の敵国。ここでシーに聞いてもいいが魔人側の意見だけでは判断しにくい。このタイミングで来たということは目標が僕自身、だとして帝国の目的が知りたい。場合によっては逃げるか、もしくは戦う。自分で戦うという選択肢を出してみたものの現実味がなかった。僕はこれまで戦うという事をしてこなかった。だが黒の甲冑の扱い方は頭に入っており戦える可能性はある。だが相手の情報が少なすぎる。

「行って確かめるしか無いか」

死ぬわけにはいかない、かといってハルオを探すには逃げているだけでは時間がかかる。この世界のことを知らないといけない。僕を狙っているということは僕よりこの世界での僕の立場を知っている可能性が高い。

「魔王様、まだ目覚めたばかりでご無理は」

魔人達は少なくとも敵意がない、必死に看病もしてくれていた。

「うん、まあでも大丈夫そうです」

一歩一歩確かめるように動いてみる、甲冑はかなり重いはずだが重さを全く感じない。魔人の生活は自分がいた世界より原始的だ。しかし自分の体に施された何か、そしてこの甲冑はどう考えても自分がいた世界より進んだテクノロジーだ。

「魔王様、そちらは――」

「はい、こっちからの方が早そうなので、じゃあ行ってきます」

「――窓ですよ!」

窓に足をかけ、落ちるように飛び出した。落下しながら頭の意識を背中と手足に向ける。いままではそこに無かった物を指のように動かせる、違和感はあるが奇妙な快感があった。モーターが高速回転を始め身体がすぐさま体制を立て直し、空中で安定した。飛行機すら乗ったことのなかった自分の初めての飛行体験に少し笑いがこみ上げる。

〈トランスミッターによる充電中。連続飛行可能時間は3分です〉

眼の前に映し出された様々な数字の中にエネルギーを示すものがある。10%と赤く表示されている。エネルギーがどれくらい持つか分からないが、急いだほうが良いのは明確だった。僕は北を向き身体を安定させ飛び出した。窓からシーが呆然と見ている、下では魔人達が騒いでいるのが見えた。飛びながら出来る限りの情報を集めるため黒の甲冑のサポートシステムに話しかけた。

「ここがどこか教えてください」

〈グローバル・ポジショニング・システムにアクセスできません〉

(やっぱり駄目か)

「PE❘AHS1を作ったのは誰ですか?」

〈ユーザーアキラにはその情報に対するアクセス権がありません〉

(意図的に情報をブロックされているのか)

「周辺情報をください」

〈了解、ドローンを射出します〉

背中から小型のドローンが射出され、上空へと登っていった。ドローンはあたりの情報をスキャンを始めた。

〈記録した情報を表示します〉

周辺の情報が視界に映し出され、1kmほど先で戦闘起きていることが分かった、黒の甲冑から情報を得るのを後回しにして目標地点に急いだ。鳥になった気分という言葉をよく耳にするが、僕のそれは少し違っている。全身を覆われ体感したことのない速度で視界が流れてゆく。新幹線の運転席に座ったことはないがそれに近い気がする。頭では安全であることが分かっているが身体の下の方から恐怖がこみ上げ、今にも叫びたい衝動に駆られた。



ククルが到着した時には部隊の殆どが壊滅していた。むせ返る血との匂いと倒れた仲間たちのうめき声。ククルは怒り、武器を持ち走りながら叫んだ。それと同時に後方に控えていた兵士も後に続く。銃を持っているのは前列の兵士だけで、その他の兵士は剣や槍、弓と言った原始的な武器を持っていた。舞い上がる土や砂のせいで視界が悪く敵の正確な位置が掴めない。魔人達は鳴り響く銃声に向かって走るしかなかった。ククルは布で顔を覆いながら足を止めず走った。味方の死体につまづき血溜まりに滑り戦線に到着したときには体中が泥と血に塗れていた。到着したくククルと銃を抱えた兵士たちの前方にヴォーとダーバが横たわっていた。

「ヴォー!ダーバ!」

二人に向かってククルは大声で叫んでいた。しかしその声に反応したのは白の甲冑に身を包んだ 帝国の兵士達だった。兵士達はすぐ銃を構え始めた。ククルも銃を構えたが武装した帝国兵とこのまま正面で撃ち合っても勝てないのは明白だった。

その時ククルの後方から唸り声のような音と土煙を吹き飛ばす風が吹いた。帝国兵がククルの上空を見ている。ククルも振り返り空を見上げた。

全身が鈍い黒で魔人達が何度も見て祈ってきた黒の甲冑。それが土煙を払い上空からゆっくりと降りてきていた。あまりにも衝撃的な光景に魔人達は誰ひとりとして動けず喋れずただ見ているしかできなかった。

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