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深い森へと続く道(WEB試し読み & 草稿)  作者: 赤星友香
草稿(2021年6月連載終了)
23/55

10. 港町とつむじ風(3)

 アウグとパニイの魔法石を同じ数だけ湯涌の中に入れて、お互いがぶつかるようにざらざらとかき混ぜる。衝撃で放出された魔力が入り混じり合って、数秒後の湯涌の中はちょうどいい温度の湯でいっぱいになる。どうにも奇妙な風呂の沸かし方も、ここ数日でずいぶんなじんでしまった。洗い場にあった石鹸を使って丁寧に頭の先からつま先まで洗うとだいぶ人心地がついた。


 湯から上がってくると洗い場の隣に着替えが用意されていた。王制国家で次期王位継承者のものを着るなんてやばいんじゃないかとおののいたが、広げてみるとさっきまで俺が身につけていたのと大して変わらない、簡素な服だった。お忍び用なのかもしれない。そもそも王族が護衛もつけずに市井をうろうろしている時点でいろいろ普通じゃなさそうなので、言っても今さらなんだろうけど。


 そんなことを考えながらも手は自然に棚に伸び、ハワウの魔法石を取り上げていた。こすりながら髪の毛を乾かす。魔法石は種類ごとに分けられ、木製のトレーに並べられていた。第一王子はだいぶ几帳面な性格のようだ。


 こざっぱりしてもとの部屋に戻ると、室内にはお客さんが増えていた。とは言っても人間ではない。ちんまり座っているのは神妙な顔をした熊で、その左肩には見覚えのある柄をしたまだらのカラスがとまっていた。熊の顔は未だに見分けがつかない。つかないが分かった。さっき俺を救出してくれたふたり組に違いない。


「あなたの友人のようだが」

背後から声をかけられて俺は振り返った。

「なんと説明すれば良いのか」

どこから話せば、そしてどこまで話して良いのかためらって言葉を濁すとビューズはふん、と鼻をならして言った。


「たしかに話が長そうだ。先にご所望のものをご覧に入れよう」

再度ついてこい、と言うと、世嗣殿下は部屋の隅にあるはしごをするすると上っていった。


 この世界に来て体力が落ちている上に、丸二日くらい荷物のように運ばれたせいで俺は自力ではしごを上ることすら叶わなかった。二段目くらいにしがみついて息をついている俺を見かねたのか、後ろから熊がやってきてひょいと抱き上げられた。まるで子どものような扱いなのが居心地悪かったが、おかげで何とか屋上に出ることができた。


 屋上の四隅には丸太の柱が立てられていて、その間に張られたロープからよしずのようなものがぶら下がっていた。簡易的な目隠しなのだろう。隙間に手を入れて覗くと正面に広い水面が見えた。

「ここは」

「サルンの新市街だ。知らずに来たのか」

呆れたような声が背後からしたので俺は振り返って頷いた。サルン、湖沿いの港町だ。ここから王都に向かう船が出ているという。もともとはトァンたちと一緒に来るはずだったのだ。


「本当に訳ありのようだな」

呟きながら世嗣殿下は屋上に据え付けられた小さな卓の前に腰を下ろした。


「そちらがちょうど風上になる。見える範囲で遠ざかっておれ」

そう言いながら魔法石をひとつ取り出す。ハワウで銀色に輝いていた。

「ご存じの通りの魔法石だ。衝撃を加えると魔力を出す」

「ええ」

「魔法石の大きさによって込められる魔力の量が異なる。大きいものなら多量に、小さいものなら害のない程度に」

「そうだったんですか」

言われてみれば風呂やなんかで使うものはわりとサイズが揃っているのに、照明に使われているアウグの大きさはまちまちだった。


「……余の研究の主眼は、魔力の出力を制御することだ」

なぜか無言で俺を眺めまわしたあと、ビューズは説明を続けた。

「指で挟んで刺激を与えれば一定程度の出力を維持できる。しかしとても弱い」

俺は頷いた。ハワウで言えばちょうどドライヤーくらいのそよ風が吹く。便利だ。


「魔法石同士をぶつければ一気に魔力が噴出する。短時間しか持続せぬし、出力は内部の魔力量に依存する。こちらで調節することができない」

一瞬でいっぱいになる湯涌を思い出しながら俺は再度頷いた。

「魔法は便利だが、そのわりに単純な用途でしか使用できぬ。主な理由が制御不可能であることによる。では賓殿、出力を制御して場合に応じた魔力を利用するための方策はあるだろうか」


 いきなりテストが始まったので俺は一瞬フリーズする。魔力のことも魔法石のことも門外漢だから、たぶん俺は頓珍漢な答えしか出すことができない。開き直ろう。


「大きな魔法石を指で挟んだら、小さいのより魔力量は上がるんですか」

「上がるな」

「では大きな魔法石を使うようにするのはどうなんです?」

「魔法石は森で熊たちが採掘する。まれに大きなものも見つかるがほとんどはくず石のような大きさだ。あまり現実的ではない」

「なるほど」

俺は考え込んだ。ルウシイと呼ばれる俺の魔力とは静電気なのではないかという疑惑が脳内で消えずに残っている。だとすれば魔法石は電導性があるわけで、電気を通すといえば金属だ。金属は高熱で溶かすことができて……


「小さい魔法石から大きい魔法石は作れないんですか? 金属みたいに」

「良い線だ。余も同じことを考えた」

第一王子は頷くと懐から短刀を出した。

「魔法石は意外ともろく、強い力を加えると砕ける。そこで見ておれ」

そう言うとビューズは短刀のつかを魔法石に叩きつけた。


 俺が驚いている暇もなく、瞬時にぶわっと強い風が吹き荒れてすぐ止んだ。思わずつぶってしまった目を恐る恐る開けて、俺はビューズのほうへ近寄った。


「触ってみよ。すぐに変化するぞ」

そう言われて手を伸ばした先には砕けた魔法石があった。交通事故現場に残った窓ガラスみたいに粉々になっている。すくうとさらさらと指の間を落ちて——固まった。


「固まった?」

思わず声に出ていた。ビューズは涼しい顔で頷くと、俺の指の形に添って固形化した魔法石のなれの果てを取り上げた。


「すでにあなたの魔力が込められておる。たしかにルウシイをお持ちのようだ」

掲げられた魔法石——それは石というよりも溶けて固まったガラス辺のようにひしゃげて平らな形をしていた——には、たしかに青と金色の遊色が見える。


「金属は強く熱すれば液状になる。同じように加工できぬかと鍛冶に持ちこんだが成らなかった。一定以上の熱を加えても、今のように砕ける。しかし液状にはならぬ。そして外気に触れると瞬時にひっつき合って固まってしまう」

「加工しにくいんですね」

「さよう。加えて人の肌に触れていると、その魔力を帯びてしまう。扱いがいちいち面倒だ」

「なるほど」

俺は自分の手の形に添って固まった魔法石を見ながら考え込んだ。一度砕いて型に入れるにしても、入れている間に固まってしまいそうだ。これはたしかに難しい。


「これは余の推測だが」

ビューズは別の新しい魔法石を取り出して解説を続けた。

「魔法石は外気に触れる部分のみ硬化して石のようなさまを呈しておるが、その中は常に礫状なのではないだろうか。そう考えた理由がこれだ。少し下がっておれ」

そう言って今度は短刀の鞘を払うと、刃先で魔法石の表面をなぞりはじめた。一度目はとくに何もなかった。二度目に同じ線をなぞると、刃の痕がうっすらと白く光った。三度で再び強い風が巻き上がった。風が静まったところでビューズは石をひっくり返した。刀でつけた傷からさらさらとまた砂がこぼれて、すぐに固まった。


 ビューズは無言で俺に魔法石を投げてよこした。砂がこぼれたところは鍾乳洞のような形になっていて、力を入れればぽきりと折れそうだった。石の中にはすでにハワウが込められて銀色に光っている。


「なるほど」

俺は間抜けに同じ相づちを繰り返した。固まった表面に傷をつけると内部の砂がこぼれ出す。そして外気に触れた部分はすぐに固まる。


「こういうわけだ。魔法石自体に加工を施すのは現実的でないと余は結論づけた」

「たしかにそんな感じですね」

「では魔法石には手を加えずに、魔力だけを制御する方法はないか」

「魔法石の外側に壁を作って、そこからの出し入れに干渉する、みたいなことですか」

言いながら思い浮かべていたのは電池だった。俺の貧困な想像力ではやはり魔力は電力にしか思えない。


「さすがだな。その通りだ」

しかし世嗣殿下のお眼鏡には叶ったようだった。満足気に頷くとビューズはばさりと音を立ててマントを脱いだ。


 誉れ高きプーリア第一王子の、マントの下の姿を見て俺はコメントする言葉を失った。首の下から腰の上にかけてが楕円形の金属で覆われていた。表面は曲面がかっていて、何と言うか亀の甲羅と呼ぶのがぴったりの形状だった。正直な感想を言えば、滑稽な格好だった。


「……何ですかそれは」

ようやく絞り出した言葉がぶっきらぼうになっていたのは許してほしい。日本でこんな人に出会ったら全力で突っ込んでいるところだ。


「この中に魔法石が入っている」

ビューズは俺のリアクションを特に気にした様子もなく答えた。

「湯涌を考えてみろ。アウグとパニイの魔力は噴出して湯となるが、湯涌が壊れていなければ外にはみ出すことはない」

「……そうですね」

腹の上に生えた亀の甲羅から何とか思考を引っ剥がして俺は返事をした。言われてみればそうだった。普段使っている風呂の原料はあくまで魔力なのであって普通の湯ではない。でも普通の湯のように使えていた。


「ハワウも同様、風を防ぐことのできる素材であれば魔力を封じ込めておける。そしてここだ」

殿下が指し示すのは腹の左下あたりだった。よく見ると甲羅に魔法石がふたつはめ込んである。


「ここに余の指を添えることで反発を起こし、魔力を出す」

ビューズが指を当てると、たしかに風が起こった。そよそよと俺の髪の毛を泳がせる。

「先のように飛ぶほどの勢いがほしいのであればたなごころで魔法石全体を覆えば良い。ただしその使い方では一日の四分の一カマーグほどしか保たぬが」

「一日の四分の一カマーグ?」

魔法石の使い方は分かったがほかのところが分からなかった。

「一日は一カマーグムだ」

「カマーグムって六カマーグでしたっけ。それって一週間のことじゃないんですか?」

「一日を分けるのにも使う。あなたの国では違うのか」

「単位からして違いますね……」

混乱のあまり俺は指を使って計算し始めた。一日が二十四時間だから、六で割るならこの世界の一カマーグは四時間に当たる。だから四分の一カマーグは、

「一時間か」

納得した俺は小さく呟いた。


 ビューズは俺の様子を黙ってしげしげと見ていたが、再びふむ、と小さく呟いてから声色を変えて言った。

「現王がプーリアに封じられて十年。その間魔力の制御に没頭してきたが、余が十年かけた結果がまだこれだ。まだだ。まだ足らぬ、何もかもが足らぬ」

足りないとはどういうことだろうかと思いながら俺は首をかしげた。

「俺には一定程度の成果が出ているように見えますけど」

ビューズはふん、と鼻を鳴らした。

「この装置を持ってみるか。重いぞ」

そう言っておもむろに肩と腰に回したベルトを外しはじめる。甲羅がずれて、がちゃんと音を立てながら屋上に落ちた。


 俺は黙って立ち上がるとベルトに手をかけてみた。よいしょ、と力を入れるがびくともしない。さすがにこれでは恥ずかしいぞと思って息を詰め、さらに力を入れると頭が真っ白になった。あ、やばいなと思った次の瞬間、肩に暖かくて重たい手がかかった。見れば熊が呆れたような顔をして俺の後ろに立っていた。顔が完全に「止めておきなさい」と言っている。


「その熊の言うとおりだ。賓殿には荷が重すぎる。いや、たいていのプーリア人にはと言ったほうが良いな」

ビューズが言った。

「何がこんなに重いんですか」

まだちょっと視界が白い。息を切らせて熊に寄りかかりながら尋ねると世嗣殿下は面倒くさそうに答えた。

「アウグを使った照明は見たことがあるな」

アウグの照明器具ならトツァンド城でたくさんお世話になった。わりとよく知っていると言っても良いだろう。

「部屋をひとつ照らすのに、あの照明がどのくらいの重さになるか知っているか? 魔法石の数は?」


「……考えたこともなかったですね」

正直に答えるとビューズは頷いた。


「トツァンド城の特別室には入られたな。あの室内で使われている魔法石の数は千二百。重さは……まあ想像がつくだろう」

「千二百」

俺は呟いた。魔法石ひとつひとつはそう大した重さじゃない。手のひらにふたつ三つは載るサイズなのだから。でも百持ったら重いな、と感じるだろう。


「照明の大きさは……だいたいこの甲羅くらいでしたね」

ついうっかり甲羅と呼んでしまった。怒られるかな、とひやっとしたがビューズは名称に関心はないらしい。そうだ、と頷くと話を続けた。

「この中にもだいたい千の魔法石が入っている。最大出力を一日の四分の一カマーグ保つにはそれだけの量が必要と言うこともあるが、ほかにも理由がある」

「何ですか?」

「何だと思う?」

質問に質問を返されたがさっぱり分からない。分かりません、と答えた。

「魔法石を詰めた空間に隙間があるとお互いにぶつかるな」

ビューズは言う。そのヒントでぴんときた。

「摩擦を起こさないようにぎっちり詰めている? そうしないと魔力が噴出してしまうということですか?」

「そうだ。さすがに千の魔法石が暴発すればこの容器も保たぬ」

「じゃあちょっとしか魔力が必要ないからといって、半分とか、それ以下とかしか魔法石を入れませんみたいなことはできないんですね」

「その通りだ」


 俺は無骨な金属製の甲羅を見つめた。甲羅の曲面と体に当たる平らな面は鍛冶仕事でぴっちりとつなぎ合わされているようだ。考えようによっては爆弾を背負っているようなものだ。千の魔法石の入った。


「あれ?」

俺は呟いた。あることに気づいたからだ。千個の魔法石があるということは、誰かが千回魔力を込めているということだ。一日使ったら魔力が尽きるとして……?


「毎日魔法石に魔力を込めているのはビューズですか?」

「そうだ。余の言いたいことはだいたい通じたようだな」

世嗣殿下は俺の顔を覗き込んで言った。整った顔立ちがぐっと近くに寄ってくる。イケメンぶりにやや腹が立ったが、一方で近づいたことによりある確信を得た。やはりこの人はトァンよりだいぶ年を食ってるし、俺よりもいくつか年上だろう。三十を超えているんじゃないだろうか。


「たとえばだ。王族の住まう場所の魔法石は、だいたい熊たちによって維持されておる。トツァンドに配備されている熊の数は六十で一個大隊」

「あ、そんなにたくさんいるんですね」

俺は間抜けな相づちを打った。

「さよう。そのうちアウグを使えるものは約半数か」

「千二百個の魔法石。毎日一頭あたり四十の魔法石に魔力を込める」

「特別室だけでな」

第一王子は青い眉を上げた。


俺は思わずこめかみを揉んだ。特別室のアウグだけで千二百。ほかの部屋、城全体を合わせたら?


「……ものすごく効率が悪い気がしてきました、魔法石」

「そうだ。携帯性に優れており、何度でも再利用が可能なのは利点だ。しかしそのまま使うにはあまりにも力が弱い。かと言って余の研究も重量の問題には未だ歯が立たぬ」

文脈についていけていない自信はある俺だが、少なくともビューズが何かに焦っていることは分かった。


「プーリアは……いや、余が親愛なる王族・諸侯各位は少々調子に乗っておられるようだ」

あまり楽しくない笑いを含んでビューズは言った。

「確かに魔法石についてはプーリア外では知られておらぬ。しかし諸国は右も左も分からぬ幼児ではないし、言葉の通じぬ野生の熊ではましてない。ザーハットクヮバハウゼナマキイ周辺の地理については学んだか」


大湖のことだ。俺は頷いた。

「概要は」

「では大湖が最近どう呼ばれているかも聞き及んでおるな」

「ザー・ブガルク。大ブガルク湖、と」

「左様。ブガルクは魔法を知らぬ。しかしずいぶんと兵力を上げて領土を拡大しておる。……湖までも我が物と主張するほどだ。このままでは奢ったプーリアは一掃されるぞ。自ら名乗るとおりの、大ブガルクにな」

「それであなたは魔法を発展させたいんですね」

「それ以外にこの地を守る方法があるならぜひ教授願いたいものだな」

美形の王子は皮肉げに口を歪めて笑った。


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