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喜劇友を待つ男  作者: 美祢林太郎
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7 老婆

7 老婆

一人の小さな老婆がかれに近寄ってきて前に立った。

「少々ものをおたずねしますが、トイレはどこにあるのでしょうか」

 「トイレですか」

 かれはその場であたりを見回しトイレの標識を探した。そして見つけた。

 「この先にあるみたいですが。この先に行ったら、また標識があるかもしれないので探してくださいね」

 「申し訳ありませんが、トイレまで連れて行ってもらえませんか。なにしろ田舎者なので」

待ち合わせまで8分ある。トイレを案内するのは数分で終わるだろうと考えたので、老婆を案内することにした。しかし、まっすぐ進んだのにどこまで行ってもトイレの表示が出てこなかった。歩みののろい老婆をいつのまにか後方に残していた。かれは老婆のところまで戻り、行き過ぎたのかも知れないので、ここで待っていて欲しいと告げた。老婆は近くにあったベンチにちょこんと座った。

もと来た通路を戻っていくと、右の奥まったところにトイレがあった。老婆を呼びに戻り、トイレまで連れて行った。

別れ際に、老婆は「ご親切にありがとうございます。やっぱり「善人アプリ」のとおりでした」と言った。老婆の口からアプリという現代用語が出てくるとは思いもしなかった。

「その「善人アプリ」って何ですか」

「あら「善人アプリ」をご存じないんですか。いまはやりですよ。ほらこうしてスマホを人の顔にかざすとその人の善人度が出るんですよ。ほら、あなたは92点の善人です。このアプリの信頼性高いんですよ」

東京では「友だちアプリ」に続いて「善人アプリ」なるものが流行しているらしい。かれの地元ではこうしたアプリはまだ使われていなかったが、もしかすると自分が知らないだけなのかもしれない。かれははやりに鈍感なことを自覚していた。

それにしても、かれは善人度が92点と言われて悪い気はしなかった。いつかこの「善人アプリ」を手に入れて使ってみようと思った。

「この「善人アプリ」は赤ちゃんの笑顔を100点とし、死刑囚の顔を0点として開発されたそうですよ。あくまで巷の噂ですが。

最初はお酒の席の余興として広がっていったそうですが、すぐに私のように善人探しに利用されるようになったんです。使ってみると、ずいぶん便利ですよ。

ですが、このアプリは別名「お人よしアプリ」とも呼ばれていまして、悪い連中が善人を騙す道具に使っているそうなんです。あなたは若いから大丈夫でしょうが、くれぐれも気を付けてくださいね。90点以上の人はそうはいませんから。こんなにいいアプリまで悪用する人がいるんですから、世の中物騒ですね」

 この話を聞いて92点の高得点がただのお人よしを示しているようで、急速に誇らしさが萎んでいった。かえって自分がお人よしであることを万人にさらけ出しているようで、恥ずかしくなってきた。

こんなアプリはあまり広がって欲しくないものだ。でも、近いうちに手に入れて、もう少し低い点になるように表情の訓練をしなければいけない。ナインにも「善人アプリ」を教えてやろう。あいつはおれより高得点のはずだから、くれぐれも気をつけるように言っておかないと。まさか、いまも「善人アプリ」で誰かにだまされているんじゃないだろうな。

かれは老婆と別れた。

かれは元の柱に戻って立ったが、約束の時間を7分過ぎていた。

まだ6時7分じゃないか。30分も前から待っているから、ずいぶん時間が経っているような気になっているけれど、約束の時間は6時だ。まだ7分しか待っていないんだ。


つづく

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