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喜劇友を待つ男  作者: 美祢林太郎
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6 サワグチヤスオ

6 サワグチヤスオ

おっ、今度こそあいつだ。でもそばにいる女性は誰だ。彼女みたいじゃないか。なに親し気に話しているんだ。あ、おれを無視して通り過ぎやがって。会う約束を忘れたのか。それとも彼女ができたからって、おれとの約束をドタキャンするのか。何の連絡もなかったじゃないか。ちょっと待てよ。

 「おい、おい。どうして無視するんだよ。今日会う約束してたじゃないか」

 「えっ、どちらさまですか。あなたと会う約束はしていませんが。そもそも以前会ったことありましたか」

 「いくらなんでも、それはないだろう。おれだよ、ケンジだよ。今日6時にここで会う約束をしていたじゃないか」

 「あなたとそんな約束をした覚えはありません。そもそもいったいあなたは誰なんですか」

 「おれ、ケンジだって。大学からの友だちじゃないか」

 「大学、失礼ですがどちらの大学ですか」

 「××大学じゃないか」

 「私が卒業したのはハーバード大です」

 「えっ、冗談じゃないぜ。なにそれ。意味わかんない。ナイン、いつ、ハーバード大を卒業したんだよ。そんなわけないって。おまえはおれと大学の同級生じゃないか」

 「私は15年前にハーバード大のビジネススクールを卒業しました」

 「よりによってハーバード大のビジネススクールとは大きく出たね。おまえ、何か事情があるの。彼女を連れているからって、見栄を張ることないだろう。経歴詐称は犯罪だぜ。おまえ、英語話せなかっただろう。おまえの頭じゃいくら頑張ってもハーバードには入れないって」

 「失敬な。見栄なんか張っていません。事実です。それに彼女は私の妻です。ちなみにあなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか。検索してみますから」

 「ミタケンジだよ。あらたまって何だよ」

 ブランドものの手提げ鞄からスマホを取り出して、ミタケンジと入力した。

 「ミタケンジさんという方は私の「友だちアプリ」には入っていません。ちなみにお友だちのお名前もよろしいですか」

 「ナイン、いや待てよ・・・・・・・・・・・、ウエダ・・・、ウエダタクロウだよ」

 「ウエダタクロウ・・・。残念ながら、「友だちアプリ」にウエダタクロウさんの名前も入っていません」

 「その「友だちアプリ」ってなんですか」

 「あれ、使っていないのですか。みんな使ってると思っていたんですが。「友だちアプリ」は住所録の一つなんですが、電話の回数や話した時間、メールの回数や字数、会った回数や時間、さらにはSNSの「いいね」までをポイントにして、友だち、ほとんどは知り合いなんですが、知り合いをランク付けするアプリです。食事やお中元、お歳暮などで重みづけもできます。ポイントやランクは日々刻々と自動的に変わっていきます。知り合いの重要度ランキングですね。役に立ちますし、なかなか面白いですよ」

 「そんなアプリがあるの。たしかに会った人の名前を全員覚えることはできないしね。でも、友だちまでその「友だちアプリ」でランキングしているの。大学時代の友だちなんか何年に一回しか会わないから、かなり低いランキングになると思うんだけど」

 「心配なさらなくても、「友だちアプリ」の中には「親友殿堂入り」というコーナーがあります。ここに入った人は、電話やメールが何年来なくても殿堂から外されることはありません」

 「殿堂入りなんて、プロ野球の世界みたいだね。なんか怖いような、使ってみたいような」

 「深く考える必要はありません。現代では、誰でも仕事やSNSの世界で交際範囲が広がっています。そうした人たちを全部覚えておくことはできませんから。現代人には自分の脳とは別の外付けの記憶媒体が必要なのです。それがこの「友だちアプリ」です。使うと便利ですよ」

 「たしかにこれは営業の仕事にも役立ちそうですね。いや、私、営業マンなんです。いままでは、名刺の情報だけをコンピュータに記録していたのですが、それはすでに時代遅れのようですね」

 かれはいつのまにか言葉づかいが丁寧になっていた。

「そうそう、これは当初営業の方のために開発されたものです。それがすぐに一般の方々にまで広がって、人気のアプリになったんです」

 「そうだったのですか。あとで早速入れてみます」

「そうしてみてください。入れるとすぐにこれまでの人たちのランキングが表示されるはずです。ところで、話が「友だちアプリ」の方に逸れてしまいましたが、私はサワグチヤスオと申します。あなたのお友だちはよっぽど私と似ているんでしょうね」

「似ている・・・。似ていますよ。そっくりです。太っているところがそっくりです」

「確かに太っているので、太っていると言われても仕方がありませんが、太った人間なんてそこらじゅうにいっぱいいるじゃありませんか。他に似ているところはないんですか」

「いや、ここまで太っている人間はそうはいませんよ。あっ、失礼。そう言われれば、太っている以外に似ているところ・・・。そう言われると困ってしまいますね。身長が同じくらい・・・。ほかにどこが似ていたんだ、どこが・・・。どうしてあなたに声をかけたんでしょう。似ていると思ったんだけど。どこが似ているかと聞かれると・・・うまく説明することができません。困ったな・・・」

「失礼しました。あらたまって似ている特徴を言えと言われても、すぐに応えられるもんじゃありません。変な質問をしてすみません。そんなに考え込まれなくてもよろしいんですよ。人を認識するなんて、普通は全体のぼんやりしたイメージです。私の質問が間違っていました。では、そろそろよろしいですか。先を急いでいますもので」

「人違いをしてすみませんでした」

かれらが去った後もおれはナインの顔を思い出そうとしていた。

スマホにナインの写真は入っていなかった。そもそも、ナインを撮った写真ってあったっけ。スマホ以前のカメラで撮った写真はあったような気もするけれど、大学を卒業してからはない。今日会ったら、あいつの写真を撮っておこう。そうすればこれから困ることはない。もちろんナインの写真は「親友殿堂入り」だ。


つづく

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