4 5年前
4 5年前
最後に会ったのは、5年前の東京だった。だが、その時ナインは激やせしていた。私は会うなり、目をそらした。末期癌の病人のように見えたからだ。
この3年の間で癌になってしまい、発見した時にはすでにステージⅣで手がつけられなかったんじゃないか。
ナインが悲惨にみえた。すぐに癌の話題を切り出す勇気はおれにはなかった。
痩せたことを話題に上らせないように、おれはおそるおそる他愛ない話を始めたが、それがかれには不満だったらしい。早く痩せたことを聞いて欲しそうな挙動を取り始めた。ついに我慢しきれず、かれは痩せたことを話し始めた。
かれは、全国展開をしている有名なダイエット教室に30万円払って入会し、すべてのコースを終えて、ここまでやせることができたと話した。本人はこのコースを始める前に103.76㎏(100㎏を超えていたんだ)あった体重が49.83㎏(今度は一桁増えて、小数点以下二桁になった)まで落とし、体脂肪率が9.7%になったと言ったが、私には体脂肪率の数値の意味がよく分からなかった。平均よりもかなり低い値であることは、かれの得意気な口調から読み取れた。この数値は超一流のアスリート並みだという。その話を聞いても、本人が知らないだけでダイエットと癌がたまたま重なってしまい、本人はダイエットの成果だと信じ込んでいるが、実際は癌のせいじゃないかと思えた。こうした偶然の一致はままあることではないか。実際にままあることかどうかはわからないが、ありそうな話ではある。しかし、ナインに不幸な話が似合わないのも確かである。不幸は似合う似合わないでやってくるわけではないのだが。
かれは毎日20㎞ランニングをしているという。学生時代はかれから2時間食べ続けた話を聞くことがあったとしても、運動の話を聞いたことはない。体を動かすのが嫌いだったかれが毎日20㎞も走っているとはびっくりである。痩せてからなら大丈夫かもしれないが、太っていた時期にいきなり20㎞も走ったら死んでしまうのではないかと聞くと、トレーナーがついていて徐々に距離を伸ばしていったから大丈夫だ、と目を光らせて言う。さらに聞いて欲しそうな顔をするので仕方なく聞くと、ハーフマラソンのベストタイムは1時間32分07秒だという。このタイムも早いのかどうかわからないが、アマチュアではとんでもなく早いと自慢する。この3年の間にかれはマラソンマンに変身してしまった。過激さが似合わない男が過激になっていた。
それにしても、骨と皮でがりがりに痩せているので、アスリートには見えない。腹筋が割れているとシャツを捲って腹を見せ、無理やり触らせられたが、それはヒザラガイの甲羅のように冷たく堅かった。
頬はこけ、髪も幾分少なくなったように思われる。よく見ると、残った髪も細くなっているから、栄養失調なのではないだろうか。おれの前で癌を隠して、ダイエットの成果だと主張しているのではないか。
ナインは焼肉屋で野菜サラダと鳥のささ身ばかり食べていた。やっぱり食が細くなっていた。最後まで、ダイエット説を信じられず、癌の疑念を抱いたままでナインと別れた。
そしてそれから5年が過ぎた。この間、訃報が届かなかったので生きているのだろうと思った。
5年ぶりにこわごわと電話をした。電話番号は変わっていなかった。かれの変わらぬ屈託のない声が返って来た。生きていたんだ、と安心した。今度東京に出張するからまた会おうと言うと、うれしそうな声が返ってきた。
最近は太っているのか、痩せているのか、と聞くと、普通だと言う。かれの普通が曖昧なので、スマホで写真を送ってくれ、と言うと、「あいよっ」と気軽に答えてくれたが、会う今の今までそれは送られてこなかった。太って恥ずかしいのか、それとも痩せた体で当日またびっくりさせようとしているのか、いずれかであろう。それとも、大学時代のようにただ横着なだけかもしれない。この可能性が一番高い。
つづく