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喜劇友を待つ男  作者: 美祢林太郎
3/16

2 15年前

2 15年前

卒業後5年してナインに会うと、目の前にスリムなナインがいた。

体重を90㎏から30.7㎏落とし(実際は、40㎏ぐらいであろうが、この際それは言いっこなしだ)59.3㎏になったという。太っていた頃はあんなに大まかな性格だったのに、痩せると小数点以下の数値が本人の口から出てくるようになった。ナインは体重の減少に合わせて、小数点以下一桁の世界で生きるようになったのかもしれない。コンマ一桁の上がり下がりに日夜一喜一憂しているのだろうか。

5年の間、たまに電話で話をしたが、体重を話題にすることはなかった。かれから体重の話題を切り出さない限り、おれの方から切り出すことはなかった。中年になったらいざ知らず、若い男が友だちとの会話で体重の話をすることはない。ボクサーのように減量に追われているわけではないのだから、日常の話題はそこにない。

それにしてもこの激やせは見事である。最後に電話で話したのが2週間前だから、その時はすでに痩せていたはずである。かれは痩せたことを話したくてうずうずしていたはずだが、電話では一言も触れなかった。会って驚かせたかったのだろう。ナインの期待通りに、いやそれ以上におれは仰天した。

どこか病気かと聞くと、いたって健康だという。確かに病気には見えない。外見は健康そのものだ。痩せた目的は、彼女を作るためだと言う。たしかにこれなら彼女ができても不思議ではない。学生時代は、色気よりも食い気で、一日中食べることばかり考えていた奴だったが、なにがきっかけかはわからないが、彼女を作ると言う。だが、彼女がいるとは言わないし、目星をつけている女性がいるかどうかもわからない。多分意中の女の子がいるのだろう。そうでなければ、これだけ痩せられるわけがない。抽象的な目標では食欲という現実を抑え込むことはできないはずだ。

大学時代は頬骨が盛り上がり、目も鼻も口も頬骨に埋もれていたが、出ていると思った頬骨はすべて肉であり、その肉に埋没していた鼻は意外に高く、厚かった唇もすっきりとしていた。目の前のナインは予想外に美男子だった。美男子という言葉は大学時代のかれを前にして決して出てくる単語ではなかった。おそらくかれは生まれてこのかた美男子と言われたことはないはずである。どうひいき目に見ても、美男子という言葉からは程遠かったからだ。だが、いまは違う。美男子と言われても違和感がない。おれはその時、後れをとったと思ったが、中肉中背のおれがいくらやせても美男子に変身できるわけではない。変身するためには普通過ぎるのである。

ナインに昔の面影はなかった。大学時代の同級生が今のかれを見ても、それが昔のナインと同一人物であるとは思わないだろう。今は着ている服も少しあか抜けている。5年ぶりに会うとわからないのも無理はない。まじまじと見つめられる視線が、ナインには誇らしげだった。

声も違っているようだった。以前は肉で喉が潰れて苦しそうに話していた記憶がある。それがいまはすっきりと前に出る声になっていた。声だけを聞いても昔のナインと同一人物だとはわからない。

では、2週間前に電話をかけた時に、どうしてかれの声の変化に気づかなかったのだろう。それはおれの方から電話をかけたからだ。相手がかれであることは自明のことである。もし、あいつから電話がかかってきたら、それがナインだと気づいたのだろうか。自信がない。

これまであいつの容姿の観察を怠ってきたことに気づいた。でも、誰だって友だちをまじまじと観察することはないだろう。そんな奴は相手に対して腹に一物持っているに違いない。

夕食に焼肉を食べたが、ナインは昔のようにがっつかず、量を気にしながら食べていた。大学時代は質より量だったはずなのに変われば変わるものである。つられておれも少し上品に食べてしまった。


つづく


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