浦島太郎 VS ゾンビ100人
むかしむかし、あるところに(~中略~)太郎が浜辺を歩いていると、大きな亀が村の子供達らしき者どもに襲われかけているのを目にしました。
太郎の住む漁村はさほど大きな村ではありません。
住民が全員もれなく顔見知りです。
それが何故、村の子供達らしき者などという曖昧な表現になるのか。
その理由は一目見れば明らかでした。
村の子供と思しき者の身体は腐った魚のような悪臭を放ち、全身の肉がぼろぼろに朽ちつつありました。もはや生前の面影など皆無。それにも関わらず太郎が村の子供だと推測できたのは、その不気味な化け物どもの纏う着物に見覚えがあったからに過ぎません。
「そこのお方、どうか助けてください」
「わ、わかった」
あまりの事態に太郎が動きを止めていたのも束の間。
今まさに化け物に襲われようとしていた亀が太郎に助けを求めてきました。
亀が人の言葉を喋ったことへの驚きはあれど迷っている暇はありません。
「えいやっ」
「うー……あー……」
太郎は漁に使う投網を子供達の成れの果てへと投じ、見事にその動きを封じて見せました。
不幸中の幸いと言うべきか。どうやら化け物の知能はあまりない様子で、ただただジタバタともがくばかり。絡まった網をほどいて抜け出すような心配はなさそうです。
「亀よ。私はこの村に住む浦島の太郎という者だ。この者達がこうなった理由に心当たりはないだろうか?」
「はい、ございます。私がこうして陸に参りましたのも、地上の方々に危機をお伝えせんがため」
亀の説明は以下のようなものでした。
海底には地上と異なる世界があり、竜宮城の乙姫の治世の下で長らく平和が続いていた。
しかし先日の海底火山の爆発の影響で、決して開けてはならぬとの言い伝えと共に竜宮城に代々受け継がれてきた玉手箱なる秘宝にヒビが入ってしまった。
箱の割れ目から漏れ出してきた煙を吸った者は、たちまち身体が腐って理性を失った怪物になってしまうのだという。長く栄えた竜宮の城は、今やかつての仲間同士がそれとも分からずに喰らい合う地獄と化してしまった。
「なんと恐ろしい。そのようなことがあったとは」
「私は乙姫様の言いつけで、地上に危機を伝えに参ったのでございます。あの様子を見るに、残念ながら遅かったようですが」
「その乙姫という方を救いに行くことは……」
「いえ無駄でしょう。私が竜宮を離れる間際に見たのは、半ば化け物になりかけつつも最期の理性を振り絞って三十貫(※一貫は約3.75キログラム)の火薬を抱いて怪物の群れに突っ込む乙姫様のお姿……よよよ」
「意外とたくましいな姫様」
凄絶な爆死を果たしたという乙姫に驚愕を禁じ得ない太郎。
しかし驚いてばかりもいられません。
「こうしてはおれぬ。おっ母と村の皆に急いで報せねば」
「私は周辺の村々へも危機を伝えに参ります。太郎さん、どうかお気をつけて」
太郎は己の村へ。亀は近くにある他の村へと急ぎ向かうのでありました。
「あー……」
「うー……」
「すでに手遅れだったか。いや、まだ生存者がいるな」
太郎が村に戻った時点で、すでに村人の半数ほどが生ける屍と化していました。
残りの半分はまだ無事ですが、それもいつまでもつかわかりません。
「はあっ」
「うぼぁー……」
太郎は釣り用の丈夫な糸で進路上にいる怪物を絡めとると、そのまま力をこめて引き千切りました。これが生身の人間であればこう上手くはいかないでしょうが、相手は肉も骨もぼろぼろに朽ちかけている亡者。日頃の漁で鍛えられた太郎の膂力であれば糸で首や胴を断つのも決して不可能ではありません。
「おっ母!」
「おお、太郎や」
幸いにして太郎の母は無事でありました。元々身体が弱く、家にこもりがちだったおかげで外をうろつく怪物に見つからずに済んだのでしょう。
「まだ生きている者はなるべく海から離れろ! 山だ、山へ向かうんだ」
この異変の元凶が竜宮の玉手箱から漏れ出た煙ならば、海に近寄るのはよろしくない。そう判断した太郎は、母親を背負いながらまだ生きている村人を少しでも安全なほうへと誘導して回りました。
「とうっ」
「太郎や、ちょっと見ないうちにたくましくなったねぇ」
太郎も糸を用いた技の扱いにずいぶんと慣れてきました。
眼前に立ちふさがる亡者を草でも刈るようにスパスパと刻んでいきます。
一度の実戦は千日の稽古に勝るなどと武芸者は言いますが、その言を信じるならば一人で数十体の怪物を倒した太郎は今日一日で何十年分もの修業を経たのと同然の経験を積んだことになるが道理。ならば、この戦果も当然というものでしょう。太郎は村を駆け回るうちに、いつの間にやら筋骨隆々の仁王像の如き体格になっていました。何十年分もの経験を得たと同然と思えば何もおかしくはありません。
「生き残った者はこれで全員か。逃げ遅れた者はいないな」
短期間で異様に強くなった太郎のおかげもあり、怪物に変じていなかった村人の半数は無事に近くの小山にまで逃げ延びることができました。万が一にも亡者がやってこないように、道中の木々を太郎が糸でザクザクと斬り倒して障害物としています。
昨日までは、真面目で働き者だがいまいちパッとしない若者という印象を持たれていた太郎ですが、あれほどの戦いぶりを見た村人達の評価は一転。元々の村長が生ける亡者へと変じてしまったこともあり、自然と太郎が生き残り集団の長を務めることに決まりました。
「しかし、これからどうしたものか」
「誰かを都へやってお武家様に助けを求めるのはどうだろう」
「いっそ、化け物どもを森に追い立てて火をかけてしまっては」
当面の議題は未だ村に残る化け物をどうするか。ああでもないこうでもないと議論が紛糾し、やがて一刻ほどが過ぎた頃に太郎が空の異常に気付きました。
「皆の者、空を見よ。あれは……鶴か?」
空を鶴が飛んでいます。
いえ、それだけなら珍しくはあっても異常とは言えません。
異常なのはその数です。
太郎達が空を見上げる間にもたちまち数が増え続け、何百、何千、何万羽にも届こうかという数の鶴が空を埋め尽くさんばかりに飛び回っているではありませんか。
そして、その鶴達はしばらく空を旋回していたかと思うと。
「鶴が村のほうへ。あれは、なんだ化け物を喰らっている?」
「なんと恐ろしい。なんまんだぶ、なんまんだぶ」
無数の鶴が村を彷徨う亡者達を鋭いクチバシで啄み始めたではありませんか。
高台の木に登って遠間から観察していた太郎は、その様子を皆に伝えました。
「いったい何故、鶴が化け物を襲う?」
太郎の呟きは返答を期待してのものではない独り言でしたが、意外にもその声に答える者がありました。
「鶴は天界よりの使者。海と地上の世界が危機にあると天界に伝えたのですが、どうやら助けを寄越していただけたようですね」
「おお、亀よ。無事であったか」
「はい、おかげさまで。太郎さん、あの天から降り注ぐ光をご覧ください。海からも忌まわしき玉手箱の毒気が浄化されたことでしょう」
亀曰く、無数の鶴は天界よりの助け。
天人や天女が使役する聖獣が怪物どもを駆逐しているのだと語りました。
数分も経つ頃には、亡者の痕跡は肉片一つたりとも残らず消えていました。
この様子だと近隣の村々も同様でしょう。
そうなると自然と湧き上がってくるのが命が助かった安堵と、亡くなった隣人を想う悲しみ。これからの暮らしに対する不安等々。
「俺達、助かったのか?」
「だが、これからどうする。大勢死んだ。家も壊れてしまった」
助かったとはいえ、村人達の表情は暗く沈んだまま。
しかし、そこで新たに長となった太郎が言いました。
「なぁに、家ならまた建てればいい。食べ物は海が恵んでくれる。それでも足りなければ、俺がちょいと戦働きでもして稼いでこよう」
「そ、そうか。そうだよな」
「太郎さんがいれば、きっと大丈夫だ」
太郎の異常な戦闘力を目の当たりにした村人達は、主に最後の言葉で元気を取り戻しました。あの糸を使った太郎の謎戦闘術があれば天下だって取れるかもしれません。
その後、浦島の太郎率いる傭兵集団が全国各地の戦場で目撃され、故郷の村は戦働きの報酬で大いに富み栄えたそうな。めでたし、めでたし。