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その丘の向こうで  作者: クロ
第一章
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それは正義か否か


 恭介が研究室でデータを取り終わり、まとめ作業に入っている時だった。篤子が帰ってこない、と相当焦った様子の洋子から連絡が来る。

 二人は恭介の頼みを聞き入れ、学校の登下校の連絡は欠かさず、また、互いの位置をいつでも確認できる。

 

 帰ると連絡があったっきりで、連絡がつかないと言う。


「位置情報はどうなってます?」


”予想はしていたが”


 ついに来たか、と恭介は駐車場へ走った。


 恭介の車に洋子が乗り込むと、助手席には見知らぬ男が座っている。恭介が手短に紹介した。


「こちらは弁護士の西田先生」


 年は三十過ぎで洋子と同じくらいだろうか。眼鏡をかけた、いかにも切れ者と言った容貌だ。体をひねると洋子に挨拶をする。洋子は篤子が心配で言葉少ないが、挨拶を辛うじて返した。


「申し訳ありません、お忙しいのに」

 

 緊迫した状況だが、西田は朗らかに言う。


「佐々木君の頼みですからね、ほかの予定をキャンセルして来ました」


 焦る素振りをいっさい見せない。これが弁護士ってものかと洋子は思いつつ、体の向きを戻して話し合う二人を見る。


「僕は企業間の契約が専門なんだよ。民事は疎いんだけどなぁ」


 西田はぼやいて見せた。


「大丈夫です。多分今日は先生の得意分野になると思います」


「そうだといいけどなぁ」


 文句を言いながらも西田はどことなく楽しそうだ。

 あの田舎に行くのに高速道路をひた走る。遠回りだが、こちらの方が速い。


「洋子さん、相手は今どこらへんですか?」


 洋子は握りしめたスマホを確認する。


「XX市のあたり、あと30キロくらいだと思います」


「ちょっと間に合わないか」


 恭介はおもむろにハンドルを切ると、パーキングエリアに入り、電話を掛けに車を降りた。


 それから1時間後、恭介は元祖父の家の前にたつと、勢いよく玄関の引き戸を引く。

 カギはかかっていたが、力任せに二度ほど引くと、カギが壊れて開いた。


「器物破損で訴えられますよ」


 西田が言う。


「最初から壊れてたんじゃないですか」


 恭介が抑揚なく答える。と後ろから、恭介を呼ぶ声が聞こえた。恭介は振り返り、その人物を確認すると頭を下げた。


「東さん、お忙しいところ申し訳ありません」


 洋子も振り返ると、ガタイの良い一見その筋かと思わせる中年が立っていて、その容貌に思わず言葉を失ってしまう。その様子に男は気がつき、「XX警察生活安全課の東です」と軽く頭をさげた。誤解されるのはいつものことなので、手慣れたものだ。


 それを見た後、「行きますよ」と恭介は靴を履いたまま、ずかずかと入っていった。


 篤子は接客室に閉じ込められていると予想していた。


 自分が親元から離れる原因となった出来事、幼稚園の頃にここに囚われて閉じ込められたのがそこだからだ。恭介はその後、蔵に閉じ込められてひどい扱いを受けたが、篤子はまだ来たばかりでそういうことはないだろう。


 恭介は力任せにドアを引くと、カギが壊れて開く。ひょろひょろの恭介が意外と力があるのに、洋子は驚いていた。

 いきなり開いたドアの向こうには、不安げに膝を抱え、椅子に座る篤子がいた。それを見て洋子が走り寄る。

 廊下には、闖入者に気が付いた屑どもが集まってきた。恭介の姿を見ると、驚愕した顔をした。


「お、お前!」

 

 恭介は扉を背に冷たい声で言い放つ。

 

「今日はいろいろやってくださいましたね。とりあえずお話ししましょうか。こちら弁護士の西田先生です」


 恭介が静かに言うと、後ろに控えていた西田が横に出て、頭を下げる。


「今日は警察の東警部にも来ていただいてます」


 東は初めてではないので、紹介する必要はない。


「立ち話もなんですから、そちらの客間に行きましょう」


 恭介を恐れているのか、権力に弱いのか、素直に言う事を聞いて移動した。


***


「あなた方の行為は、225条営利目的誘拐になります」


 西田が説明する。民事は疎いと言いながら、こういうところはさすが弁護士だ。いや、企業相手のスキを与えない話し方が、逆にいいのかもしれない。


 向こうの弁護士という男が反論した。


「篤子さんはこちらの養女ですから、そちらの方が誘拐です」


 西田が淡々と言い返す。


「篤子さんは、雄介氏とは養子縁組していませんので、最初からまったく無関係で、保護者は以前より洋子さんだけです。また、今は恭介氏が洋子さんと篤子さんの生活のすべてを負担されていますので、実質的な保護責任者は恭介氏となります」


 どういうことだ、と内輪もめを始める。

 調べてないのかと、恭介はあきれるしかない。


「ついでと言っては何ですが、洋子さんも婚姻関係終了届をすでに提出されていますので、あなた方とはなんの関係もございません」


 互いに責任を押し付けあう様は実に醜い。恭介は顔を顰めた。


「つまり、あなた方は、親戚でも何でもない、未成年の女性を、拉致監禁したということになります。また、それがわいせつ目的と判断されますので、225条が適用されるわけです」


 西田が言うと、一番威勢のいい男が言い返す。


「だが、こちらで四年も暮らしたんだ。その時の恩を忘れたか」


 そんなこと言い始めると法律も何も関係なくなってしまう。ますますあきれるばかりだが、ほかの連中も勢いついて言いたい放題になる。


「だいたいそんな男にたぶらかされよって」「母娘してバイタか!」


 聞くに堪えない罵詈雑言が浴びせられ、二人は抱き合って小さくなっていた。

 部屋の入口を背に腕組みをして立ち、黙っていた恭介が口を開いた。


「頭悪い」


 小声だったが、それは聞こえたようだ。


「あぁ、なんだって?」


 一番大声を張り上げていた男が食って掛かった。


「頭悪すぎる」


 今度は普通の声だ。恭介の態度が明らかに変わった。男は何かを思い出したのか、突然黙りこむ。

 

”あ、ガチギレしてる”


 いつも淡々としている恭介しか知らない篤子は、その豹変ぶりに、自分の状況を忘れて驚いた。


「いつまでも優しく言ってると思うなよ」


 恭介が低いが迫力のある声で言い放つと、親戚連中は、明らかに動揺した様子で叫ぶ。


「け、刑事さんいるんだぞ」


 恭介はその言葉を圧殺するほどの迫力がある眼力で親戚連中を睨みつけ、次に得物を求めて周りを見回すと、床の間に飾られた日本刀に目をつけた。取ろうと踏み出し手を伸ばす、室内は男女問わず叫び、距離をとろうとパニック状態となる。


「恭介!」


 東が叫んで肩を抑えられた恭介は一旦動きを止め、深く深呼吸すると、振り返った。


「あまり俺を怒らせないでください。あんたたちのためなら、刑事さんいても関係ないですから」


 年寄連中が血の気を失った顔で頷いた。

 

 東は、恭介の怒りが収まっていないことがわかっていた。ここで抑えなければ、六年前の繰り返しだ。今日は出来れば関わりたくなかったが、ここまで来て放置してしまえば自分の責任問題になるだろう。


「あんたらのやったことは、誘拐だ。どうするんだ?あ?」


 東の声は恭介とは別の意味で迫力がある。しゃべり方が若干その筋の人のようなのは、防犯課で荒事担当をしているのでやむをえないところだ。

 

 場は完全に恭介達のものになった。恭介はもう一度深く息をすると、西田に先を促す。


「西田先生、続きをお願いします」


 それを聞いて、先ほどまでと同じ調子で話を続ける。

「あなた方を225条の営利目的誘拐で訴える事も出来ます。ですが、親告罪ですので、保護者である洋子さん、恭介氏が訴えなければ、本件は罪に問われることはありません」


 親戚連中は顔を見合わせる。恭介の怒りを買ってビビりあがり、西田は淡々と話を勧める。何がなんだかわからなくなってしまうのも仕方がないだろう。


「ただ、あなた方が今後このような事をしない事が条件です。言葉だけでは信用できませんので、ここに契約書を持ってきました。これにサインしていただければ、不問にするとおっしゃられています」


 誓約書ではなく契約書なのだが、親戚連中をはじめ、弁護士も気が付かない。


「許してくれるのか?」


 縋り付くような目で恭介を見るが、虫けらを見るような恭介の目線とあうと、すぐに目線を外して西田を見る。


「そちらの弁護士もいらっしゃいますので、今、この場でご契約いただければ、恭介氏も今後問題にしません」


 一も二もなく、相手側弁護士立ち合いのものと、経営している会社印と、個人の判をついた。その後、東が調書は作成する、というとガタガタと言ったが、一喝して警察へと移動する。


 ハンドルは西田が握っている。恭介は助手席で、黙って目をつぶっていた。

 

「すみません、運転させてしまって」


 洋子が謝る。まだ怒りを静めていないのが見て取れるのに、ハンドルを握ろうとする恭介を三人がかりで無理やり止めた。だが、洋子は免許を持っておらず、結局西田に頼んだのだ。


「いや、僕も命が惜しいからね。今運転させると危なさそうだ」


 西田が朗らかに言う。あんなことがあっても、楽しそうにしてるなんてさすがだ、と洋子は思う。そして何より確認したい点を尋ねた。


「あの書類があれば、今後は手を出してこないでしょうか」

 

 迷いなく西田が答える。


「何かあれば、財産取られちゃいますから、抑止力にはなります。」


 すると、恭介がぼそっとつぶやく。

 

「明日にでも地獄を見てもらおうか」


「ど、どういう意味です?」


 洋子が理解できず、西田に説明を求める。


「ダメだよ、佐々木君。そんな本当のこといっちゃぁ。その気になれば、難癖付けて会社どころか家すべてをいつでも潰すことができるって契約になってるんです」


 恐ろしいことを言っている割に、すごく楽しそうだ。


「あのポンコツ弁護士じゃあ見破れなかったな」


 恭介が抑揚なく言う。


「結構えぐい契約なんですけどね」


 そういうと、西田はあははっと笑った。


”この人たち、敵に回したらいけない相手だ”


 篤子は驚愕する。こうも楽しそうに、相手の生殺与奪の権を握ったことを話し合うなんて、と背筋に寒いものが走る。


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