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その丘の向こうで  作者: クロ
第二章 二人の未来
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(最終話)そして四人で(1/2)



「あっちゃんが、最後にこっちに遊びに来ないって」


 真凛が思案顔で言う。


「いいですね、せっかくですし」


 もうすぐみんなこっちに来て、また一緒に住むことになる。イギリスは引き払うので、その前に遊びにこないか、ということだ。


「でも」


 恭介を一人でおいていくのは心配だし自分が寂しい。また無茶をするんじゃないかと言う気もするし、大体私はマネージャなのに、とも思う。

 そんな気持ちを察して、恭介は大丈夫という


「そんな無茶はしませんよ。それに明日からスタジオに籠ってレコーディングです。やることも決まってますし」


 そうかなぁ、と思いながらも、篤子たちの誘いを受けた。


 レコーディングの最中に、行くことになるのは、後ろ髪を惹かれるようだ。恭介も同じ気持ちだが、それでも時間を作って、真凛を空港に送っていく。


「心配ですか?」


 真凛が尋ねると、恭介は不安げな顔を隠さない。


「ええ、でも、あの二人なら。楽しんできてください」


 ぎゅっと二人抱きしめあうと、真凛は手を振って搭乗口に向かった。



”やっぱりさみしいですね”


 飛行機を見送った恭介はスタジオに戻る。一通りその日の予定分が終わると、皆を返したが、恭介は特にやることもない。


”ちょっとだけ仕事しましょう”


 レコーディングに差し支えない程度に、と机に向かう。


 暇を持て余した恭介のせいで、レコーディングは驚くほど順調に進む。

 皆がくると、譜面もイメージも固めてあるのだ。こうでこうで、と恭介が説明し、やってみて調整するが、その時間はとても短い。すぐに歌入れに入り、サクサクと終わっていく。


”日本人は働き者だな”


 皆が感心するが、恭介のワーカホリックは今に始まったことではない。バンドのメンバーはいろいろきちんと決まっているので小気味よく、小生意気な歌手は恭介にやり込められ、わがままも言えない。結果として効率よく終わっていくので助かってる。ただ、恭介に付き合わされているレコード会社の担当者だけがいつも泣きそうになっていた。



「あ、これお兄さんにもよさそう」


 真凛の旅行先で食べた食事の感想だ。


「もう、お兄さんお兄さんって、そればっかり」


 篤子があきれたように言う。


「会えなくって寂しいんじゃない?」

 

 そういうと、真凛は照れたように言う。


「うん、実はちょっぴり」


 そういってぽろぽろと涙を零した。思わぬ涙に真凛自身が驚く。


「あ、ごめんなさい、大丈夫。ちょっと気が緩んで」


”こりゃぁダメだ”


 今はいつも一緒にいるくせに、前よりお兄さん依存症が悪化している。

 一日一回の電話連絡では気丈に話をしているけれど、切ると切なそうな顔をする。


「こっちに来てって言ってみたら?」


 篤子は冗談ぽく言ってみるが、真凛は首を振る。


「そんなこと言うと、本当に来てしまいそうで」


 確かにあの様子だと来そうではある。




 恭介はどうしたものかと思案顔をする。レコーディングが半分の予定で終わってしまったからだ。


”どうしましょうか”


 真凛が心配だが、篤子たちもいるし、せっかく水入らずでいるのを邪魔するのも、と気が引ける。


”なにか別の仕事を”


 そう思っているところに、篤子から電話だ。


「ちょっと、まーちゃん泣いてるよ」


 なぜ、と尋ねるが、篤子は真凛が呼んでるから、とすぐ電話を切ってしまった。

 しばし茫然と電話を眺め、意を決して洋子に電話をかける。


 真凛を心配する恭介に、洋子の返事は渋い。


「そんなに気になるの?」


 焦る恭介の様子が手に取るように分かり面白い。こんなに感情が出るようになったのは、真凛のおかげだ。


「うーん、特に何にもないけどねぇ」


 そんな様子を楽しみながら、真剣な声を出す。


「まぁ大丈夫、とはちょっと言い難いわねぇ」


 決して嘘は言ってはいない、と、恭介の気持ちをもてあそぶ洋子。


「私たちで何とかするわ。でも、どうしてもっていうなら」


 こっちにくればいいじゃない、というと、多分駆けつけてくるな、と思った。


 洋子の予想通り、その日の午後便に乗ってすっ飛んできた恭介は、朝方イギリスについた。そのままタクシーで皆の元へ向かう。



 真凛たちは朝食の片付け中だ。あくびをする真凛が、恭介の事を思い寝不足なのは明白だった。


「まーちゃん、恭介さんに会いたい?」


 洋子がさりげなく尋ねると、真凛は動きを止める。口を開くとまた涙がでそうで返事ができない。少し間が開いた後、小さくうなずいた。

 

 いつも一緒にいるから、と思う。でも、一年もほおって置いたのに、恭介はこんな気持ちでずっといたのかも、と思うと、そんな自分勝手な自分が申し訳ない気持ちが湧いてきて、また泣けてくる。

 

 真凛が一生懸命涙を堪えていると、チャイムがなった。


 洋子はインターフォンをとり、一言二言喋ると、真凛に出て欲しいと頼む。


 目に溜まった涙をそっと拭いて、玄関を開けると、そこには見慣れているけれど、ずっと会いたかった人がいた。

 息を飲む真凛に、恭介はその目を見て、考えていた言葉を忘れ思わず尋ねる。


「大丈夫ですか?」


 恭介は真凛の涙を見逃さない。しかし真凛はそれには答えず抱きつく。

 一体何がと恭介は尋ねるが、真凛は黙ったままだ。そこに様子を見に来た洋子が声を掛ける。


「ほらほら、そんなところで抱き合ってないで早く入って」


 言われるがまま真凛の肩を抱いたまま、リビングへと入ると、待ち構えていた篤子のニヤニヤが止まらない。


「いわゆるホームシックよ、違うか。お兄さんシック?ってヤツね」


 真凛はコクコクと頷く。そんな事でわざわざイギリスくんだりまで越させてしまって怒るかも、と恭介の顔を見るが、心配している顔から一気に力が抜けるのが分かった。


「大丈夫なんですね」


 真凛の顔を見て確認すると、恭介は息をついて、よかった、とつぶやいた。突然ふらついた恭介に驚いて、真凛は支えるとソファーに座らせる。


「特に何もないっていったでしょ」


 洋子は、ちょっと脅かしすぎたかな、という気もしないではないが、二人会えたしいいでしょ、と結論ずけた。


「洋子さんの言う通りでした。ほっとしたら眠気が」


 恭介は洋子の言う通りだったと思う。特に何もないけど大丈夫とは言い難い。確かに真凛の様子を表していた。そして猛烈な眠気に襲われた。そういえば、ここしばらく碌に寝ていない。


「私のベッド使っていいから」


 女性の使っているベッドに寝るのも申し訳なく、少し抵抗するが洋子に叱られる。


「そこに寝られると邪魔だから。まーちゃん連れて行って」


 真凛に引っ張られるように洋子のベッドに横になると真凛に謝る。


「折角のお休みに邪魔して申し訳ありません」


 真凛は首を横に振り、恭介の手を握る。


「心配かけてしまってごめんなさい」


 私がちゃんと連絡の時に正直に言っていれば、と思わずにはいられない。正直に、と言い出したのは自分なのに。

 しかし恭介は、もう意識が飛びかけていて聞いてはいないようだ。


「無事でよかった」


 恭介は本当に安心した顔をして目を閉じた。真凛には心底そう思っているのが伝わる。


「ありがとう」


 眠っている恭介の耳元で、そっとささやいた。


 


「ねぇ、ちょっと二人の様子を見てきて」


 洋子は篤子に頼んだ。空きっぱなしのドアからそっと覗く。


「二人とも寝てる」


 洋子も部屋を覗くと、そこには安心しきって寄り添い眠る二人の姿があった。


 もちろん、洋子の手に持っているのはスケッチブックだ。



いよいよ明日最終回です。

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