甘々な日々(3)
「キョウスケ―」
突然名前を呼ばれ、街中を歩いていた恭介と真凛は立ち止まる。
声のした方を二人振り返ると、ブルネットの女性が手を振っていた。
「お知り合いですか?」
真凛が尋ねるが、恭介は全く覚えがないような顔をしている。
「さぁ?」
その女性が小走りに近寄ってきた。
こちらの知り合いなら、ケイとかケイアイと呼ぶだろうし、日本での知り合いかな、と真凛は恭介に近づくと、恭介はかばうように一歩前に出て背中に隠すように立つ。
「やっぱり恭介だ。久しぶりね」
訝し気な顔をする恭介に、ほら、ほらと言うが、全くわからないことに業を煮やす。
「私よ、ルーシー」
恭介は、ああ、と言う顔をした。
「随分変わっていたので、いや、あまり変わってないですね」
「相変わらず失礼ね、こっちいるなら連絡くれれば」
と言ってる途中で、真凛に目が行き、話題を変えた。
「あなたの子供?」
ちょっと驚いたように、恭介と真凛の顔を交互に見た。
「あなたも相変わらず失礼ですね。婚約者です」
ルーシーは驚いた顔をする。
「日本では子供と結婚できるの?」
恭介はあきれてため息をいた。
「彼女は21ですよ」
へーとはふーんとか右や左から真凛を見ようとする。真凛はあまり見られないように、恭介を盾にした。
「あなたこそトムだかジムはどうしたんですか?高校時代付き合ってたでしょう、アメフトの彼」
「ケリーね。あんなのすぐに別れたに決まってるじゃない。あなたが私と結婚してくれるんじゃないの?」
「そんな約束してないでしょ、大体私をアジアンって小馬鹿にしてたじゃないですか」
「あなたも私の事をビッチって呼んだじゃない」
「マイケルでしたっけ?あのバスケット選手の」
「ジョーでしょ、わざと間違ってるでしょ」
わいのわいのと言い合い、最後は息を切らしながら言った。
「あなたが何も変わってないのは分かった、ちょっとクールな振りはしてるけど。いつまでこっちにいるの?」
こっちに住んでる、と言うと、また連絡する、と言い、手を振りながら小走りにいなくなった。
「嵐のような人でした」
真凛が疲れた顔をして、去った方を見ている。
「全くです」
恭介も困った顔をして同じ方を見たままだ。
「連絡するって、何も聞かれませんでしたけど」
「彼女は本人に聞くよりも早くて正確に調べられるんです」
真凛はわからず何から聞こうかと考えるて恭介を見た。
「ちゃんと説明しますから、公園の中を散歩しませんか?」
恭介は手を伸ばすと、真凛はその手を取る。
二人は公園を散策する。ホットドックの屋台を見かけて恭介が言う。
「あ、ホットドック食べませんか?」
真凛は恭介の調子を心配するが、恭介は大丈夫と繰り返す。
「真凛さんのおかげで随分調子よくなりました。全然問題ありませんよ」
二人はベンチに腰掛けると、ホットドックを頬張った。
「ここのおじさんは変わりませんね」
子供の頃、あの時の話の続きだ。居場所がなくなり、学校に籠っていた話をする。そのころ食べに来たことがあるのだ。
「彼女とは高校で知り合いになりました。二人とも飛び級だったので、中学二年の頃です。ああ見えてお嬢様で」
見た通りハチャメチャな子で、幼稚園から高校までの一貫校に通っていて、飛び級禁止の学校だったが、無茶して高校にもきていたという。
「結局私が日本に帰るのとほとんど同時に、元の学校に連れ戻されたそうです」
有り余る親の力と財力でなんでもし放題らしい。
名前さえわかれば、住所や電話番号、仕事や預金まですぐわかるという。
「それで連絡先を聞かなかったんですね」
「まったく面倒な人に見つかりました。今は親の仕事を継ぐのに修行しているということは知っていたのですが」
恭介は相手が誰かすぐに分かったが、知らないふりを決め込もうとしたのだ。相手が美人だろうが誰だろうが、恭介のこういう態度は変わらない。
「お兄さんが変わってないって」
「人の本質は変わらないということなんでしょう。あの子は人を見透かすことが得意でしたので」
真凛を見た恭介は、真凛の顎の下に手を当てる。真凛が何をするのかと思うと、親指で唇の端についたケチャップをぬぐい取った。
恭介はそれをぺろりとなめると、ハンカチを出し、真凛の口元にそっとあてる。
余りにさりげなく一連の動作が流れるように行われたので、真凛は何をされたのかわかるのに少し間があり、気が付いて恥ずかしくなった。
「子供じゃないです」
真凛はルーシーに子ども扱いされたのがちょっと堪えた。
あの女性は恭介と同じ年ということもあるし、見た目も良い。財力もある。それに気の置けない相手のようだ。
お似合いなのでは、と不安になる。
「お兄さんと良い仲だったとか?」
「罵りあう間柄です。あの会話聞いていたでしょう?大体こちらではモテませんでしたし」
身長もまわりと同じくらいだし、顔もアジア人そのものですしと言う。
「お兄さんと結婚したいんでしょうか」
”結婚してって言ってたし”
嫉妬だ。仲良く話をしていて羨ましい。なにより、過去の恭介を知っている。
そう思うと、恭介を信用していないのかと真凛は自分が嫌になった。
恭介はその真凛の様子を見て察し、何か安心させねばと頭を悩ます。
「彼女はカラード(有色人種)は相手にしません。家柄も許しませんしね。そもそも」
恭介は真凛の手を取る。
「私は真凛さんだけがいてくれればいいんです」
言うだけ言ってから、ちょっとサイコっぽいですね、と妙に照れる恭介の手を、真凛は握り返す。
「私もお兄さんだけです」
その真剣な顔を見て、恭介は思わず口に出た。
「か」
真凛のしぐさを見て、可愛い、と思わず言いそうになり、口をつぐんだ。目線をそらして前を向く。
「なんですか、言いかけたなら最後まで」
真凛に糾弾され、いつになく焦りを見せる。相変わらず顔は前を向いたままだ。
「その、すごく真凛さんが愛おしくて」
「お兄さん」
急に声を低くして真凛が言う。
自分が安心するためにも、もう一度ちゃんと言って欲しい。
「私の目を見て、もう一度言ってください」
恭介はごまかすのをあきらめ、真凛の目を見る。
「愛してます」
真凛はきゅうっと恭介の腕に抱き着いた。