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その丘の向こうで  作者: クロ
第二章 二人の未来
134/145

心配性


「恭ちゃん、あの海の歌ね」


 真凛のために作った歌の事を、海の歌と荒木は呼んでいる。

 

”この人、まともに私の歌のタイトル言いませんね”


 歌詞が難解なのだろうかとも恭介は思ったが、過去に作った歌も、絶望ソングとか、闇ソングとか、適当はなはだしい。そう考えると、難解だからと言うわけではなさそうだ。

 

「うちのお偉いさんたちが、あれ聞いちゃってさぁ」


 あの歌はスマホメーカーのCMに使われた。バージョンは恭介、アダム、歌姫と三バージョンで、全世界的に流れたので認知度は驚異的に上がっている。

 CMのバックに使われるのは洋子の絵だ。むろん恭介がごり押ししたのだが、無名に近い画家を使うのはどうなのかと議論となった。最終的にイノセントな感じが良いということで採用された。

 

「ケイアイって、うちのレーベルの所属じゃない」


 隠しているわけではないが、KEIAIはASIANとだけ公表されていて、知っている人は限られる。日本ではアダムのバンドや歌姫とフューチャリングしてる人くらいの認識で、呼び方もケイエイだったりケイアイだったりとまちまちだ。

 

「日本でコンサート開かせろって」


 契約には荒木にも来てもらったし、社内では認知されているものだとばかりおもっていたが、上層部は何者かも知らないらしい。それは今は悪いことではないが、相変わらずだなと恭介はあきれ、知られると面倒くさいことになりそうだ。

 

「荒木さんもお偉いさんじゃないですか。何とかしてくださいよ」


 今や荒木も常務になったのだし、一言いうだけで何とかならないのか。

 

「ほら、会社の利益になりそうなことは反対しにくくってさ」


 もうレーベルを全額出資にして独立させようかと考える。そうすればあれこれ言われる筋合いではなく、恭介はデメリットとメリットを頭の中で並べ、契約書にもその条項を盛り込んだな、と内容を思い出そうと思案顔をした。

 

「いや、違うんだよ」


 何かを感づいたのか荒木が焦って手を振り、それにいったい何が違うのかと恭介は突っ込む。

 

「僕から話はしておいたからって言っておくから」


 話はしたけど返事がない程度でよいという。

 

”まぁしばらく静観しますか”


 なんだかんだ言って、荒木には結構働いてもらっているし、付き合いも長くなったものだ、と思った。


***

 

 真凛が恭介と一緒に仕事をするようになり、恭介はいろいろと心配だ。恭介自身は歌姫やアダムたちとのように、わっと囲まれることはないが、やはり不遜な輩はそれなりにいるもので、業界的に多いとは思う。

 真凛に危害を加えるようなやつがいれば排除するまでだが、いつも自分が一緒にいるわけでもないし、縛りつけるのは恭介は望んでいない。しかし、真凛も気ままに買い物など行きたいだろうが、そんな時に何かあったら、と考える心が苦しくなる。

 

“誰かボディガードを”


 そう恭介が思うのもやむを得ないことだったのだろう。


 同じ女性だし、と歌姫と相談したが、彼女も困惑する。

 

「普通セキュリティって稼ぐ人につけるのよ」


 世界的シンガーな歌姫やアダムともなれば、あちこち気を配る必要があるが、恭介はまだそういうレベルではない。当たり前だが、歌姫やアダムの稼ぎとは全然違う。


 歌姫はそういいつつも、恭介にとって真凛が特別とよくわかってる。


「あなたの心配も分かるけど」


 恭介は、昼間に真凛と一緒に行動してくれる女性がいればいいんですけどね、と言う。


「そうか、友達みたいな子がいいのね。あ、そうだ。サム!」

 

 恭介が振り返ると、恭介が撃たれた時に応急処置をしてくれたセキュリティのサムがすっと近づいてきた。

 彼には何度もお礼を言ったが、仕事だから、といつもそっけなく言うナイスガイである。

 

「ほら、あの子どう?」

 

 サムに話を振ると、ちょっと戸惑ったそぶりを見せる。


「いいから、ほら」

 

 歌姫に促され、口を開いた。


 同じ職場にいた女性で、客から何度も断られてクビになった子がいる。そう強くはないが、条件としては合っていると思うので、会ってみてくれないか、という。


「首になった」


 そこが引っ掛り、恭介はつぶやくと、サムが必死で弁解する。


“なるほど”


 あの子、という意味に恭介も気が付いて確認すると、図体に似合わない小さな声で答え、もう一度お願いしますと言った。



 面接に来たのは、ヒスパニック系の筋肉女子で、アマンダと名乗る。サムには、恭介が面接してよければ職を紹介する、とあいまいな説明をしてもらっている。まずは真凛と相性が良いかどうか、それを確認しておきたかった。


 真凛にも似たような説明をしてあり、真凛のボディガードとして雇う面接とは知らない。

 マンションのジムに併設されたヨガスタジオで、空手着に着替えた恭介と対峙しているアマンダを応援する。

 真凛は初めて会ったにもかかわらず、なにか妙に親近感を覚えた。今までの友達にはいないタイプなのだが、そのはっきりものをいうが、嫌味ではないそのしゃべり方が気に入ったのかもしれない。

 大体あの恭介と戦って、認められれば職をもらえるとかなんてひどい条件なのだろう、と思うし、おまけにサムの彼女と言うではないか。サムは恭介の命の恩人だ。彼がいなければ、病院につく前に命を落としていたと聞き、感謝してもし足りない。そうなればもうアマンダを応援するしかない。


「アマンダ頑張って!」


 一生懸命声援を送る真凛を横目で見ながら、恭介はまずは合格、と判断する。


 アマンダの筋は悪くない。動きも早いし、判断も悪くない。きっとあのはっきりした物言いが受けないのだろうと考えながら、攻撃をはねのけた。その次の瞬間、床を蹴って懐に飛び込んでくる。


“捨て身か”


 その素早い動きには恭介は覚えがある。自分が東と戦っていた時に使っていた戦法だ。焦らずかわすと後ろからアマンダを抑えつけた。

 

「あぁー」


 残念そうな声を上げる真凛をちらりと見て、床に押し付けられて悔しそうなアマンダに手を貸し立ち上がらせた。


「捨て身はいけませんね。必ず退路を確保しないと」


 昔東に言われた通りにしたり顔で言う自分が可笑しい。


「とりあえずシャワーを浴びてきてください。話はその後です」


 真凛に頼み、部屋のシャワーに案内してもらった。



「結果は合格です」


「ほんとに!」


 アマンダが嬉しそうな声を上げる。ターゲットはこの男でないことは自分でわかる。結局全然相手にならなかった。それでも仕事を紹介してくれるというのだ。


“まてまて”


 何かいけないことをさせられるのかもしれない。サムの紹介だから、酷いことにはならないだろうが、と気持ちを引き締める。


「それで、私は何をすれば」


 その警戒する様子に恭介は頷く。目の前の話に飛びついて、浅はかな行動をとられては困るのだ。


「守ってほしいのは真凛さんです」


 そう告げる恭介に一緒にいた真凛が驚くが、ちらりと目をくべると話を続けた。


「条件は三つあります。できないようなら言ってください」


 この子とは仲良くなれそう、と思っていた真凛がターゲットと聞き、アマンダはいい話と思うが、まずは条件次第だ。

 

「まず、真凛さんだけ守ってください。私を含め、他の人はどうでもいいです。戦うことは必要ありません、二人が逃げれることが肝要です」


 ガーディアンとしてターゲットを最優先にするのは当たり前のことだ。もちろんと頷く。恭介は機敏な動きと判断の良さを生かしてもらえばと思う。

 

「真凛さんもそうですが、あなたも助からないといけません。常に先読みして、捨て身の戦法を取るようなことは避けてください」


 時と場合によっては難しいだろうとは思うが、彼の大事な彼女を危険にさらすようなことは避けたい。あの捨て身の戦法は良くなく、それは注意して欲しい所だ。

 

「それと、真凛さんと仲良くしてあげてください。色々相談相手になって欲しい。食事も一緒にとってください。もちろん費用は出しますので、気にしなくていいです」


 うんうん、と頷く。分をわきまえてくれというのはよくあり、前もそれがもとで首になったのだが今回は逆だ。守る以上近くにいれるのは重要だ。ターゲットと食事を一緒にできるのは大変助かる。

 

「時間は日によって前後しますが、一日8時間程度で週40時間です。今はフリーということなので、ハンドブックとオファーレターを作っておきました。サラリーはこれくらいでどうですか?」


 日本で言うところの就業規則と労働条件を記載した書類で、労働時間はアメリカの一般的な労働時間に合わせてある。

 恭介はオファーレターの該当部分を開く。その金額は前の職場の倍以上あり、アマンダは思わずごくりと唾を飲んだ。

 

”これは何とか取らなければならない”


 だが、ここで飛びついて、変な条件があるといけない。続きを話すように恭介に促した。

 

「それで、残りの条件は」


 恭介があれ?という顔をする。

 

「もう三つ言いましたが」


 最初のは確かに条件だが、次のはご飯を一緒に食べろと仲良くしろということで、守り方の話かと思っていた。

 

「あれ?」


 今度はアマンダの顔がそうなった。

 

 すぐにその場で了承しそうになっているアマンダに、ちゃんと資料を読むようにと諭して帰らせる。恭介は次に真凛に話をする。


「真凛さんいいですかね?」


 アマンダは友達になれそうで嬉しいが、ボディガードとかそんな大げさな、と言う真凛に恭介は頭を下げる。

 

「これは私が安心するためのものなので、我慢してもらえませんか」

 

 真凛はしぶしぶな様子を出しつつ、喜びを隠せない。

 

 予想通り真凛とはすぐに仲良くなった。お互い馬が合うのと、二人で気軽に外出できるのがいいのだろう。

 そうこうしているうちに、このマンションのジムに通う時もついてくるようになった。恭介がいるときは、竹刀裁きを教えて貰っている。恭介もガードの助けになるだろうと手間を惜しんでいない。

 サムも時間さえあれば一緒にやってきて恭介とトレーニングする。東の戦い方ともまた違い勉強になることが多く、恭介は真凛を守るために努力を惜しむことはない。


 そんなトレーニングと言うよりは、真剣に闘う二人をあきれ顔でアマンダは見る。横には恭介が怪我をしないかハラハラと見守る真凛がいる。


「しかし、あなたたちは面白いわね」


 アマンダが真凛に言う。

 

「ケイは、あなたの話ばかりだし、あなたはケイの話ばかりするし。ねぇ、いつから付き合ってるの?」


 真凛は赤くなる。ごまかそうとするがアマンダは容赦がない。最終的に真凛は白旗を上げ、途中から話そうとするが、アマンダに出会いを催促されて、口を開いた。


「あれは、私が中学生の頃に」



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