甘々な日々(2)
夜中に恭介の携帯が鳴る。
いつもは音を消してあるので珍しいことだが、恭介は待っていたようで、さっと電話に出ると、日本語で会話を始めた
「予定通りですね。では航空券の情報送りますので、こちらに来てください」
前に投資を打ち切ったところの技術者だ。古くからの恭介の知り合いで技能は高いが、社長派だったのと、恭介のファンドへの橋渡しをしたことで、世代交代を機に干されていたのだ。
恭介の指示で労務の実態を克明に記録していたお陰で、労基に言わない約束で会社都合の退職となった。
恭介は、出資しているアリゾナ州フェニックスの新興企業に、技術責任者として突っ込もうというつもりだ。
真凛がスケジュールと飛行機を調整する。恭介達もフェニックスに飛ぶ。
「フェニックスって、州都なんですよね」
真凛がちょっと困惑した風に言う。あまりビルが乱立しているわけでもなく、地方都市と言った感じで、真凛の考える州都とは違っている。
「人口は少ないですね。でも注目されてるんですよ」
人が少ない分、自動運転の実験などが盛んになってきていると説明する。恭介の出資する企業もそこに目を付けたのだろう。
転職の話はうまくついた。さっそくこちらで働き、少し落ち着いたら家族を呼ぶという。恭介達は密に連絡を取るよう打ち合わせた。
「思ってたよりすぐ終わっちゃいましたね」
一日目、会食を終えてホテルに来た真凛が言う。恭介に言われ、五日間の日程を組んだ。よっぽど調整に手間がかかるのかと思ったが、明日からやることがない。
”予定を変更して”
戻って仕事を入れなおそうか、とメモ帳を見ながら考えてると、恭介が言う。
「まだやることがあるんですよ」
早く休むように、と言われ、他の視察があるのかと思った真凛は、早々に横になった。
翌日、動きやすい格好でと言われ、パンツルックになった真凛はさっそく空港へと連れていかれる。
「これに乗るんですか?」
双発のプロペラ機。小さな飛行機に乗ったことのない真凛は、ちょっと不安を感じながらも乗り込み、恭介の手を握る。
「ひぃ」
離陸する時からの揺れに驚いて力を強め、飛行機から降りるときにはもうふらふらだ。
恭介に支えられて飛行機を降り、抱きかかえられるようにしてターミナルに入る。水を渡されてやっと一息ついたが、それでもまだ飛行機に乗っているようにグラングランと視界が揺れる。
そんな真凛の様子に恭介は狼狽し、あちこち電話して予定を変更するとホテルへと急いで向かい、部屋に入って真凛を横にした。
「無理させてしまいましたね。ごめんなさい」
ベッドの端に腰掛け、真凛の顔色を見ながら、申し訳なさそうに謝る恭介。
恭介は、フェニックスからの直行便がないため、飛行機をチャーターしたのだが、まさかあんなに揺れる機材が来るとは思わなかったのだ。
「予定を変えさせてしまってすみません」
真凛も申し訳なさそうに謝る。
「それで、ここはどこなんです?」
真凛はいっぱいいっぱいで、小さな空港とタクシーの車窓から見た森しか見ておらず、どこに来たのかわからない。
「グランドキャニオンです」
グランドキャニオン?そこに投資先があったかどうか、考える顔をし、恭介はそんな真凛の頬に手を当てた。
「真凛さん、仕事のし過ぎ」
恭介は心配げな顔をする。
「私のせいなのはわかっていますが、少し楽しみましょう」
真凛をどこにも連れて行っていない、まず手始めに、仕事のついでもあるから、と選んだという。
”そうか”
グランドキャニオンと言えば、アメリカ有数の観光地。それを先に思いつかばないなんて、周りを見る余裕も失くしていたことに気が付く。最近恭介がすごく心配して、何かと休ませようとしていたことを思い出す。しかしその度、大丈夫と繰り返していた。
”いつもと逆だ”
恭介に休んで、といつも自分がいう癖に。
真凛はふうっと息をついた。
「ごめんなさい」
恭介の横に腰掛けて肩にこつんと頭を当てる。
「私たち、二人でいるとちょうどいい感じですね」
真凛が言う。どちらかが暴走すると、片方が止めに入って、そんなバランスだ。
恭介もちょっと考えて答える。
「私も真凛さんのお役に立てているといいんですが」
逆ですよ、と真凛が言い腕に手を回した。
二人は、翌日からグランドキャニオンのツアーに参加した。一日目は公園内のコテージに泊り、翌日午後にラスベガスに移動する
「帰りはフェニックスじゃないんですか?」
フェニックスから帰るように飛行機を押さえていたのだが、ラスベガスには定期便があって、と恭介は言う。飛行機が少し大きいので、揺れも少ないだろうという配慮だ。
「また甘やかして」
でも、真凛はそんなに思われているのが嬉しい。