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その丘の向こうで  作者: クロ
第二章 二人の未来
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恭介の願い(2)


 夜中、恭介の呻く声で真凛は目が覚め、ぱっと見ると、暗がりの中でも苦しそうな顔をしているのがわかった。

 

「どうしたんですか!」


 慌てて電気をつける。脂汗を流して相当苦しそうだが、恭介は言葉を絞り出す。

 

「大丈夫」


 そういいながらお腹を押さえていて、真凛は銃創が痛むのだとわかる。

 

「薬を」


 冷蔵庫に痛み止めがあったのを思い出し、慌てて立ち上がろうとしたら腕を取られた。

 

「居て」


 でも、と言う真凛に恭介は懇願する。

 

「顔を」


 真凛は顔を覗き込むと、恭介は笑って、と重ねて頼んだ。

 

「無理です」


 恭介を抱きしめる。大丈夫、大丈夫と声を掛けつつ背中をさすり、しばらくそのままでいたが、するりと恭介の力が抜けた。

 驚いて胸に耳を当てと鼓動が聞こえてきて一安心し、意識を失った恭介を寝かせた。

 

 恭介は苦しそうな顔をして荒い息をしている。真凛はずっと手を握り、顔を眺めていた


 翌日、目が覚めた恭介は、横に真凛がいないのに気が付き、痛みの残るお腹をおさえながら居間へとう向かう。

 キッチンにいた真凛は、恭介が出てきたのに気が付き駆け寄って支えると、ソファーに座らせる。

 

「すみません、大丈夫です。昨日のはちょっと我慢できなくて」


「なんで薬飲まないんですか」


 効かないとか、ぼんやりするとか、もそもそと言い訳する恭介に、真凛が言う。

 

「隠したりごまかしたりはなしです」


 恭介はぐっとつまり、言いにくそうに、やはりぼそぼそと言った。


「撃たれた時と勘違いしてしまって」


 昨日の痛みが酷く、記憶が混乱して、と説明する。真凛にこの話をするのはとても嫌だったが約束は守りたい。


「もう最後かと思うと、その時までそばにいて欲しかったんです」


 真凛は胸が詰まる。最後の最後まで、その時が来ても同じことを言うのだ。もし、その時に自分がいなければ、いや、実際にいなかったのだ。真凛は自分が許せない。


「その時の事、詳しく教えてもらってもいいですか?」


 もう知らないことは嫌だった。どうなって、どう考えたか、知っておきたい。知って、恭介の苦しみを共有したいと思った。


 観念した恭介は、その時の出来事を語る。撃たれた時の話だ。


「最初は腹を殴られたくらいに感じたんです」


 乱暴だな、さすがアメリカ、と思ったという。

 

「そうしたら、急に血が噴き出して」


 体の中から血が流れだす感触が気持ち悪く、必死で手で抑えた。

 

「彼女のセキュリティが応急処置をしながら救急車を呼んでくれたんですが」


 そういう訓練も受けているので適切で助かった。本人は急速に失われた血で意識が飛びかけて、慌てて日本には連絡をしないでと頼んだという。


「とっさでも英語で言えたのが良かったです」


 そこを良いというのはおかしい。どうしてそんなことを、なぜ教えてくれなかったのか、真凛は説明を求める。

 

「真凛さん、きっと驚いて飛んでくるでしょう?すごく心配するなと思うと、そんな顔は見たくなくて」


 心配するに決まっている。もうこの話は悲しいばかりだ。死にかけて、来ないように自分で頼んで、

それでも会いたいと言って名前を呼んで。


「何度も私の名前を」



 あの日、恭介は再び自分と対峙した。


 痛みでのたうち回る恭介の横に立ち、その姿を見下す。その腹からも血が流れ出ていた。


「いい格好だな。なかなかいい男だ」


 いつものように楽しそうにではなく、興味のなさそうに言う。


「良かったじゃないか、自分では勇気がなかったんだろ。あの男に感謝しなきゃ」


 実につまらなそうだ。恭介は苦痛の中、自分を見上げる。


「あの娘には自分が価値がないってのも分かったし、もういいだろうさ。あ、そうだ、最後に会わせてやる」


 真凛の姿が現れ、恭介はその名を呼ぶ。


「真凛、さん」


 真凛の笑顔が見れたのは良かった。でも、最後に声を。

 恭介はその名を繰り返し呼ぶが力が入らず、ろくに声が出ない。何度も、何度も、しかし気が付かれることなく、真凛はくるりと踵を返し姿が消えた。


“まぼろし”


 そうしている間に自分と、もう一人の自分流した血は池になり、その中に自分が沈んでいく。


「俺ともお別れだ」


“お前も、俺を置いていくのか”


 自分ですら、自分を。恭介がそう問うと、その自分は初めてにやりと笑う。


「わかってるくせに」


 そう言うと、その自分は先に沈んで行った。


“結局一人、か”


 無様な終わり方も自分らしい。これで良かったと思った。



 あの時、確かに恭介は死んだ。本当に心停止したのだ。それでも、再び息を吹き返した。

 鮮明に覚えているその記憶を真凛に説明するつもりも無く、意識がないのでよくわかりませんが、と前置きする。


「声が聴きたかったんでだと思います。真凛さんが夢にでるんですけど、喋ってはくれなくって」


 真凛の胸がキシキシと痛む。そんな大変な時に私は何をしていたのか、自分に対して腹立たしい気持ちが沸き上がる。


「でも、またこうして一緒にいて頂けるのだから、それだけで十分過ぎます」


 それを聞いて真凛は固まる。


 この話、洋子と恭介が飲んでいるのを盗み聞いた時に、同じことを言っていた。


“もう十分って”


 あの時、恭介は幸せすぎて今はオマケの時間と言ったのだ。

 でもそれは違う、これからも二人にとって大事でなければいけない。


 恭介を亡霊のようにとらえているこの話を、今日、ここでその話は終わりにしなければいけない、と真凛は決めた。


「お兄さん、これからなんですよ」


 真凛の強い決意の様子に、恭介は何も返事できず、黙って聞くだけだ。


「昔からよく言うじゃないですか。楽しみは二倍、苦しみは二分の一って。私は一緒にいるだけで、これからどんな幸せが来るのか楽しみです」


 一緒にいれば、辛いこともあるだろうが、楽しいことの方が大いに決まっている。そう真凛は疑いもしない。

 だから、恭介も先を望むようになって欲しい。二人一緒に、幸せな時間を刻むためにも。


「お兄さんは違うんですか?」


 恭介は真凛と一緒にいれるだけで幸せで、本当にもう何もいらない。真凛が幸せと感じてくれる事が、恭介自身の幸せで、その為には何も惜しむ事はない。


「もちろん、そうなんですが、ちょっとその、イメージが」


 いったい何が自分にとってこれ以上の幸せがあるのか、掴むことができない。

 その困惑した様子をみて、恭介を愛おしく思う。そして真凛は凛とした声で断言する。


「大丈夫、私がお兄さんを幸せにしてみせます。私の幸せは、お兄さんが幸せになることなんです」


 あの時、誓ったその気持ちは今も変わっていない。

 

「私も、真凛さんの幸せだけが望みです」


 真凛は頷くと恭介の手を取った。


「私はもう離れません。いつでも声を聞かせてあげます。だから、心配しないで、無理をしないで」


 恭介も真凛が愛おしく、真凛のその優しさに、その手を取り直す。


”真凛さんにますます甘えてしまいそうです”


 恭介の顔色を見ていた真凛が答える。


「いくらでも甘えてください。お兄さんが私を甘やかしてくれた以上に甘えさせてあげます」


 すっかり見透かされてしまい、恭介は苦笑いする。

 

「そういうことで、今日のスケジュールはお休みに調整しました。もうちょっと休んでください」


 真凛は今度日本に帰ったら、病院で精密検査をしてもらおう、と考えながら、横になった恭介に毛布を掛ける。

 

 これからいろいろあるだろうけれど、乗り越えなければならないことも、二人で力を合わせればなんとかなって、いい思い出になって。これから結婚できれば、子供もできれば、そしたらまた別の楽しみができて。


“でも、結婚のことを言うのは”


 恭介を一年も一人にしてしまったくせに、そんな身勝手な事ばかり考える自分が嫌になった。


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