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その丘の向こうで  作者: クロ
第二章 二人の未来
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覚悟(3)


 スタジオの中で、恭介が譜面を広げ、ペンをもってあれこれ書き込んでいる。


「そうか、君がケイの彼女か」


 真凛に親し気に話しかけるアダム。M6のメインボーカルだ。


「いくら女の子を紹介しても、全然相手にしないからいるのかとは思ってたけど。一途だな」


 なんて余計なことを!と真凛は思うが、恭介が相手にしなかったと聞いてほっとせざるを得ない。


「それかゲイか。ケイだしな」


 ドラムのマットが話題に加わる。いつもやり込められている恭介に一矢報いたいが、その威力は弱く、真凛はこっちのジョークもおじさん臭いと思った。


「彼はノーマルです」


 真凛が一生懸命言い返す。英語は得意だったが、ネイティブと話すのはちょっと大変そうだ。


「やっぱり東洋人は年齢がわかんないな、本当に二十歳?」


 二十一だけどね、と恭介は思いつつ、話を遮る。


「はいはい、マットはこれ叩いて」


 恭介は、ここんとここうしてね、と言いながら譜面を渡す。


「ここ、自由にやらせろよ」


 マットが少しすごんで見せるが、恭介はそのままの口調で取り合わない。


「ダメ、こっちは良いけど」


 別の場所を示すと、スタジオへと追いやった。


「ケイは全然容赦ないなー」


 アダムの彼女のジェーンが笑いながら言う。


「いやなら首にすればいいんです」


「そんなこと言うのも君ぐらいだよ」


 暴れん坊のマットとのやり取りを、ハラハラしながら見ていたレコード会社の男が、汗をかきながら言う。


 夜中までスタジオにいた後、家に帰るタクシーの中で、ちょっとしばらくこんな感じが続きますよ、と真凛に言った。


「大変なので、別行動でもいいですから」


 真凛は離れたくない。一緒に行きます、と強く答える。


***


「あなたがケイの彼女ね」


 真凛も知っている歌姫だ。恭介がアダムをはじめ、こんな大物たちとお付き合いしているのに驚かずにはいられない。

 歌姫は恭介の横にどっかりと座り、ずいぶんと距離が近いなと真凛はもやもやする。


「こんな可愛い彼女がいたなんて、なびかないわけよ」


 恭介はPCを操作していて顔も見ずに言う。


「あなたに手を出したら、いくつ命があっても足りません」


 全く持って言葉の通りで、歌姫は大げさに肩をすくめてみせたが、真凛はその真意は分からず不思議そうな顔をし、歌姫はその様子をちらり、と横目で見た。


 恭介はそこでバックバンドに呼ばれ、ブースに入っていく。恭介がドアを閉めたところで、話を切り出した。


「ごめんね、彼氏に怪我させたの私」


 マリンという名前を聞いて、恭介がなにより大事に思っているのがこの子とわかった今、歌姫は謝らずにはいられない。


 そして、なぜそうなったのか、説明をする。


「あの時ね」


 街で一緒にいたところ、ファンに襲われたという。恭介は歌姫をかばったところ、銃を出されて撃たれた。


「誰にも知らせるなっていうから」


 撃たれた時にそういって意識を失った。そのあと二日間昏睡状態だったので、いよいよかと日本に連絡しようとしたところ目を覚ましたのだという。


「それって、相当危なかったってことですか?」


 うん、と頷く。32口径の銃で小さかったが、運悪く内臓を傷つけてしまい出血が多く、最後は医者も覚悟しろといったという。


「一度意識が戻った後に、また昏睡状態になったんだけど、その時マリンマリンっていうから、海に何かあるのかと思ったら、あなただったのね」


 真凛の目からポロリと涙が零れた。そんなになってまで呼んでいたのに、私は何も知らなかった。

 もしかすると、恭介が死んだことも知らずに過ごしていたかもしれない、と思うと、体が強張る。


「出番ですよ。あれ、なにうちの子泣かせてるんですか」


 呼びに来た恭介が、真凛を見て歌姫を責めた。違う違う、と真凛にウィンクすると、スタジオ内に入っていく。

 ガラス越しに、恭介がバンドに指示を出しているのを真凛はぼやけながら見ていた。


 スタジオからの帰り、タクシーの中で真凛は撃たれた時の話を聞きたがった。


「歌姫から話聞きました。撃たれた時の事。かばってっ撃たれたって」


 歌姫も余計なことを言うな、と思う恭介はあまり話したがらない。


「そんなかっこいい話じゃないですよ。彼女のファンがどんどん迫ってきたから、間に入ったら突然撃たれたっていう間抜けな話です」


 やっぱり銃があると怖いですねぇ、撃たれるとは思いませんでした、と他人事のように説明する。


「ごめんなさい、全然知らなくて」


 突然謝られて、恭介はそれは変だと言う。真凛が変に責任を感じてしまうのもおかしな話だ。


「あなたが謝ることじゃないですよ。悪いのは撃ったやつで、ドジったのは私ですし」


「でも」


 恭介は話を打ち切りたいばかりで、少し強めに頼む。


「真凛さんは会ってから謝ってばかりです。何も悪いことはしてないのだから、謝るのは止めてください」


「でも」


 真凛はなにも言い返せない。


「どうしてもと言うなら、今私と一緒にいてくれるだけで、清算できたと思ってください」


 恭介はもう真凛と一緒にいることはできないと思っていたのだ。わずかな間でも、それだけで、そう、真凛が去った後も、この幸せな時間があったと思えるだけで十分だった。


 しかしそれは、もう恭介が気持ちにケリをつけたことになりかねない、と真凛は気が付く。そんなのは断固拒否だ。


「嫌です」


 恭介は困った顔をし、とにかくもう謝らないで、と言った。

 

***


 恭介は忙しい。

 

 夜、真凛を先に寝かせた後も、なにかしら仕事をしている。

 スタジオをはしごしたかと思えば、間に不動産の投資先を確認に行ったり、企業投資の打合せをしたりする。こちらでは、エンジェル投資家として始めたようで、相手は新興企業が多い。良い投資先には投資家が群がるそうで、それには太刀打ちできないこともあり、こぼれた案件から慎重に事を運ぶ。そういうこともあって見たり調べたりすることが多い。

 

”忙しいな”


 真凛は思う。時折、目に手を当て、少し居眠りしたりしているのを見かける。何もしてあげれない自分が辛い。


”経験も生かせないし”


 たった一年だったけど、恭介から教わったことを元に自分でも相当やれるようになったと思っていたが、まだまだだったと認識する。

 

 そもそも、財務表の具合が全然違う、当然資料はすべて英語だ。決算報告書などの書式もすべて見慣れない。加えて法規も違う。

 法令集を読んでみるが、なかなか難しかった。

 

 恭介は真凛にこの知識は不要と考えている。こちらでやるのでなければ全く無駄で、覚える必要もない。

 

「結局私のできることと言ったら、歌を書くことと、投資をすることだけなんです。日本にいた時と変わりません」


 真凛にそう言い、ぼちぼち飽きてきただろう、と様子をうかがうが、そんな様子もなく困惑する。

 

”困ったなぁ”


 こちらに来て寂しさを紛らわすために、色々詰め込んだのが今の忙しさだ。

 

 真凛がそばにいてくれるというだけで、恭介の決意はどんどん崩れてしまっている。最後の覚悟だけは忘れないように、と自分を戒めた。



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