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その丘の向こうで  作者: クロ
第二章 二人の未来
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あの丘(3)


「元気出してください」


 駅で待っていた恭介は、三人で食事をしようと中華の店にやってきた。そこで、暗くなっている二人に言った。


”いや、あなたの事なんだけど”


 洋子は毒づく。誰のためにこんなになっているとおもうのか。


「私は大丈夫ですから」


 真凛は仕事にやりがいを感じている。そして恭介と連絡することはあまりなくなっている。恭介の言っていたことがわかる。


「いいの?それで」


 それが幸せになるのなら、と見守るつもりなのはわかった。でもそれで諦められるのか。


「それが私の役割ですから。そばにいて欲しいというのは私の我儘でしかありません」


「でも、きっとまーちゃんはそうは思ってないよ」


 篤子は今日の真凛の様子を思い浮かべる。まだ分かりあっているつもりなのだ。


「大丈夫、あの子もそのうち気が付くんです」


 そんなはずは、ない、とは言えなかった。言ったとしても、なんの確証もない。アカネという前例もある。


「でも、ちょっとまだ辛いです」


 恭介は切ない笑いを浮かべた。


「それと」


 恭介は鞄から何か書類を出し、洋子に渡した。見ると養子離縁届とある。


「これ」


「ええ、今までありがとうございました。真凛さんは両親に帰そうと思いまして」


「それって、まーちゃんが言ってるの?」


「向こうの親御さんの希望で真凛さんに話はしてあります。答えは聞いていませんけれど」


 ダメだ、そんなことをしたら、真凛と恭介の絆がもっと薄くなってしまうじゃないか。

 あの家に帰ってくるってことにならなくなってしまう。

 

「洋子さんがいないとこれが書けませんから」


 戸籍上の親は洋子になっている。本人の署名がいるため、イギリスに戻ってしまったら、確かに手続きがややこしい。

 

「とりあえず書いておいてもらえれば、向こうの親御さんと調整します」


「いや、私が預かります。そう急ぐものでもないでしょう」


 洋子はそういって届をしまった。

 


 真凜と恭介のラブラブ具合は琴美も渚も微笑ましく応援していたが、最近うまく行っていない事を篤子から聞いた。

 ただ、自分たちももう二十歳を過ぎ、軽々しくお節介をやくことは控えていて、ただ成り行きを見ているだけだ。

 自分勝手な思いを一方的に押しつけてはいけない。それぞれに都合や考えのあってのことと、仕事を重ねてそう思うようになってきた。


 それでも心配なことは変わらない。


 篤子を交え、三人で相談したが、いい案は何も浮かばなかった。

 真凜が生き生きと仕事をしていると言うのは、働いている自分たちだからこそ理解できることだし、いつでも真凜の味方だ。

 大恩ある恭介にも、迷ったら友達を優先して欲しいと言われている。その時はあまり気にしていなかったが、このようになり、その言葉が重くのしかかる。


 恭介は楽曲の提供はしてくれているし、レコーディングの時も日本に帰ってくる。大きなイベントにも来てくれて、その様子は以前と変わることがない。以前と違うのは、いつも一緒にいた真凛がいない事だけだ。


 スタジオで練習中、バックバンドをつとめてくれている義彦に、話をすることにした。


「よっしー、恭介兄さんニューヨークに住むの、知ってる?」


 部屋を借りる話は止められていたが、恭介と一番仲の良い義彦なら、と話してみる。


「そうらしいな」


「知ってたんだ」


 ドラムスティックを置くと、腕を組んで琴美に顔を向けた。


「俺たちも誘われたからな、一緒に来ないかって。断ったけど。活動拠点をあっちに移すつもりなんだろう」


“やっぱりそうか”


 先日は一月ほど顔を見せなかったし、あちらにいることの方が多くなっている気がする。アメリカを目指すミュージシャンは多い。ただ、恭介は日本ではあまりステージに立つことはなく、それも以前に比べてさらに減ってしまっているから、本当にそれが目的なのかは分かりかねた。


「よっしーも行きたかった?」


「俺はお前をほっておけないからな」


 義彦はドラムの位置を少し調整しながら何気なく言うと、琴美は思わず黙り、少しして尋ねる。


「愛の告白?」


 恭介よりも年の離れた義彦だが、それでも軽口を叩きあうことのできる信頼できる大人だ。


「ばーか。お前みたいな甘ちゃん、一人で残してたらどうなるかわからんだろ。恭介の代わりに俺が尻叩いてやらにゃいかんし」

 

 琴美はパッと口を押え、わざとらしく聞こえるようにつぶやいてみせる。

 

「セクハラ親父」


「なっ」


 琴美にいいようにあしらわれる義彦だが、そう悪い気はしない。少し前までは、ここに恭介も真凛も篤子もいて、皆で馬鹿な言い合いをして面白かったと思うと残念だ。


 義彦はふと、いつも恭介のいたポジションに目をやった。それを見て琴美は、恭介が時々真凛が座っていた隣の席をちらりと見ることがあるのを思い出す。


 義彦も、真凛とうまくいかなかったことを知っている。その間は二人が同じことを考えているとわかった。


「まーちゃんがさ、帰ってきたら元通りにならないかな?」


 琴美が言ってみる。

 

「ならんだろう。なるんだったら、アカネが折れてきたときに元に戻ってるよ。大体嬢ちゃんは帰ってこないだろう?」


 アカネとの事情も聴いている。確かに、そうだ。アカネと真凛の状況はよく似ている。


「じゃあ、何か別の手はない?」

 

 義彦は首を横に振る。

 

「あいつは馬鹿なんだ。優しすぎるんだよ。何が相手の幸せだ。自分が幸せになるように貪欲にいけばいいんだ」


「よっしーはそうなの?」


 義彦は答えに詰まる。自分も人の事を優先してしまうところは恭介と同じなのだ。考えをめぐらした後、歳を取ると色々あるんだよ、と言い訳をした。

 

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