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その丘の向こうで  作者: クロ
第二章 二人の未来
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古くて、新しい(2)


「やぁ、来てくれたね」


 無視するのもなんだし、特にやることもない。電話してみたところエージェントが出て、ここに来るように言われた。

 結構有名なスタジオで、恭介も使ったことがある。アダムは彼女を引き連れてやってきた。


「ケイには会ってみたかったんだ。あ、この子はジェーン。僕の彼女」


「光栄です、よろしく」


 恭介はジェーンにも挨拶しつつ、警戒を解かないが、アダムは意外なことを言い始める。


「僕の歌を作ってくれないか?」


 彼のバンド、M6と言うのだが、その曲のほとんどはアダムが書いていて、恭介も好きなアーティストの一人だ。その彼がそんなことを言い始め、呆気にとられていると、ジェーンも口を開いた。


「会ったばかりでなんだけど、私からもお願いしたい」


 アダムは才能あふれるアーティストで、M6を数年で世界的なバンドに引き上げた。世界ツアーを成功させ頂点付近に上りつめた。


 だが、そこまで来ると興味が失せた。音楽に対してではない、この業界にだ。

 音楽をやりたい気持ちはある。だが、求められるものは世界中のファンの期待に沿った音楽だ。最初は受ける音楽で成り上がったものの、段々と気持ちと乖離していく。辞めたくてもやめさせてくれない。出してみたものの、セールスが振るわなければ、何を言われるかわからない。


 いろんなものが怖く、何かと言い訳をしながら何もかも先延ばしにしていた。


 そんな頃、友達の歌姫からケイのチャンネルに付いて何か知らないか、と尋ねられる。もちろん知るわけもないが、どれどれ、と見て思わずはまり、最初のつたない頃から、最近の洗練されたものまで、何度も繰り返し再生した。


“これだ”


 曲の雰囲気は毎回違うが、その根底に流れるものを感じ取り、見失いかけていた自分のやりたい音楽を思い出す。

 いままでの自分の曲とは違う、彼の作る歌を歌いたい。一度会ってみて、その人となりを確認してみたいと思っていたが、正体不明でよくわからない。だからこそ、SNSでケイが現れたと知った時は会ってみたくて無理を押し通したのだ。


「行くのは止めてって頼んだんだけど」


 治安の悪い場所だ。それも夜となると何が起こるかわからない。


”そこまでではないと思いますが”


 あの街で暮らしていた恭介にとってはそうでもないのだが、確かジェーンのような子が来るのは危険だろう。


「じゃあ、せっかくスタジオに来ましたし、何か作ってみましょう」


 その場でサクサクと、話をしながら楽器も弾かずに譜面を、それも全楽器分を同時に起こしていく恭介に、アダムは驚嘆する。


「ちょっとみんなを呼ぶね」



「なんだこりゃ」


 そうしてやってきたドラムのマットの声は怒りに満ちている。アダムに急に呼び出され、ただでさえ機嫌が悪い。

 手には恭介の作ったスコア。その通り叩けと言われ反発しているのだ。


「俺は人に指図されて叩いたことはないんだ」


 手に持ったスコアをフロアにたたきつける。

 そうですか、と恭介はいつもの通りの口調で言うと、拾ってついてもいない埃を手で払った。


「叩けないのならマシンに叩かせてもいいんですが」


 恭介には珍しく挑発する。日本とやり方が同じと言うわけではない。


「なんだと、表に出ろ!」


 おまえのドラムは機械に叩かせても用は足りる、と言われたのだ。そんな侮辱に激昂して恭介にほえ、恭介も冷たい目つきで外に出た。


 ギターのジェームスが哀れんだ目をする。マットの気の短さは折り紙付きで、今までそうやって叩き方に注文を付け、痛い目に合った人数は数知れない。


「大けがしなきゃいいけど」


 後始末に苦労するのは自分たちだ。棒のように痩せている恭介が勝てるようには見えなかった。

 だが、譜面を見ていたアダムは顔を上げ、面白そうに言う。


「マットがね」


 アダムは恭介の事を調べて、何と呼ばれていたかも知っている。いくらマットが荒くれ者で知られていたとしても、子供の頃からあの街で暮らしていた恭介に勝てるわけがない。

 

「三分かな」


 すぐにマットが戻ってきてドラムの前に座り、手に持っていた譜面を広げた。言葉はいっさい発しない。


「二分だった」


 ジェームスがつぶやいた。



***


「君に会わせたい人がいるんだ。彼女が会わせろって」


 今日もアダムはハイテンションだ。見ていて無理をしているところも感じるが、そもそもとして明るい性格なのだろう。

 

「今日スタジオに来るって言ってたから、ちょっと会ってあげてよ」


 恭介はそう遠くない時期に日本を引き払い、こちらで暮らそうと考えている。知り合いが増えるのは悪いことではない。楽しみですね、と返事をした。


「あ、来た来た」


 スタジオに入ってきたその顔を見て恭介は驚愕する。その人は世界の歌姫と呼ばれる女性だった。


「まさか貴女が」


 恭介は驚きを隠せない。なぜ自分に会いたいと思ったのか、全くどころかなんの接点もないのだ。

 歌姫は恭介を見ると、この人がそうなのか、とアダムに尋ねた。そうして、ツカツカと近づくと、鞄のなかから一枚の写真を取り出し、恭介に見せる。


 何事かとその写真を見て、恭介は事情を理解した。


「マルコ」


 その写真に映っている人物の名をつぶやく。それを聞いて、歌姫は恭介を抱きしめた。



「俺には可愛い姪がいるんだよ、残してきたんだけどな。こっちで一旗揚げて呼んでやろうと思ってさ。ちょうどお前くらいの時に見たのが最後かなぁ」


 マルコは人のいいヒスパニック系の男だ。組織に入ったのはそう古くはない。面倒見は良いが底知れぬ迫力があった。

 だが、恭介や子供たちには優しい男で、酔っぱらうと姪の話を良くしてくれた。姪は歌が上手くて、というのが自慢だ。


「あの街はな、酷く差別的なんだよ」


 この街も大概だと思うが、それよりも陰湿だという。いつか姪たちを呼んで、こっちで歌の学校に通わせたい、というのが彼の願いだった。


 

「やっぱりそんなことを」


 歌姫は、恭介がスマホに入れてある彼等の写真を見ながら、マルコの話をせがんだ。恭介はこちらのコミュニティに受け入れてもらってからの事は、とてもよく覚えている。恭介にギターを教えたのはマルコで、そういう彼のエピソードは多く、いくらでも話すことが出来た。


「最後を、聞かせて欲しい」


 恭介に写真を渡したのは、リーダーの父親だったが、最後に殴って気絶させたのはマルコだ。

 恭介は少し遠くを見て、そしてそのまま告げる。


「最後まで一緒にいた人を知っています」



「ジョー」


 先に彼等の墓地に来て、墓石の前に佇んている後姿に声をかけた。


 この墓は、当時の恭介が持っている貯金を全部はたいて埋葬したものだ。まだ十歳程度のこどもにしては持っていたがそれでも足りず、手続きの上でも子供ではどうしようもなく、師匠に頭を下げて手伝ってもらった。師匠は何も言わずにやってくれたが、あの時彼がどう思ったのか、今となっては知る術もない。

 その時は立派なものは立てれず最低限のもので、今は廻りは綺麗にしてもらったが、並ぶように埋葬されているのは変えていない。


「この人がマルコの」


 恭介が説明する。


 歌姫は、出て行った叔父が好きだった。いつしか連絡がこなくなり、風の噂で死んだと伝わる。

 しかし、なんの情報もなかった。違法移民だった叔父は、名前の記録が残らなかったのだ。

 

”自分が有名になれば”


 叔父の事が分かるかもしれない。もしかすると、ひょっこりと帰ってくるかもしれない、そして


「ほら、俺が言った通りだろ。お前はビッグになるって」


 そういって笑うかも、と考えた。努力を重ねデビューを果たし、有名になった。しかし、ようとして叔父の行方は知れなかった。


「あれ、これ、あなたじゃない?」


 それは本当に偶然だ。動画サイトを見ていた付き人が声を上げた。彼女は自分と同じような境遇で、小さな頃からの友達だ。


「どれ?」


 また有名人に会いました的な動画かと、彼女の見ていたスマホを覗き込んだら、叔父と一緒に写る、小さな頃の自分がいた。


 動画の主を探したが、謎が多くてわからない。自分と同じ有色人種で、そのサイトの収益は全部マイノリティの為に寄付しているという奇特な人のようだ。


「あ、そういえばさ、あの動画サイトの主、友達になったよ」


 アダムがそう言ってくるまでは。



「ありがとう、あのお墓はケイが作ってくれたって」


 恭介は首を横に振り、自分が受けた彼等の温かさに比べれば、些細なものだと告げる。


 その様子をじっと見つめ、歌姫は納得したように言った。


「だからあなたの歌は」


 そこまで言うと、ぽろぽろと涙を零す。


「私にも歌を書いて欲しい」


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