ジゴロ(2)
翌日、小百合が朝食をとっていると、大吾が席に座った。
「おはようございます」
家ではほとんど一緒に食事をとることがない。また、厳格な父でもあり、言葉遣いはあくまでも上品に、敬語を使う。
「佐々木君にあったぞ」
「KYOU様に!?どこで」
「昨日パーティーがあってな」
「私もお会いしたかった」
小百合は本当に残念そうだ。父として一緒に連れて行けばよかったと思う。
「今度その機会があれば一緒に行こう」
「それで、彼はいかがでした?」
大吾は昨日の恭介を思い浮かべる。
「若いが肝は据わっている。結構な修羅場を通ってきたのだろう」
何を言われても表情を崩さず、挑発にも乗らない。名より実を取る、固い信念があるようだ。
二代目の時、バブルがはじけて屋台骨が崩れそうになった会社を必死で立て直した。阿漕な真似もした。あの時の自分によく似ている、そんな気がする男だった。
「お前は彼をどう思っているのだ?」
「私は…仲良くなれればいいなと」
小百合が恥ずかしそうにするのを見て、複雑な気持ちになる。
仕事では謀略を尽くしてきた鬼だが、娘の事では唯の親馬鹿だ。
結婚したいと突然いい始めたらどうしようと思ったがよかった、と素直に思う。
交際に関して、特にうるさく言うつもりはないが、最低限の家柄は欲しいところだ。ミュージシャンなんて碌な奴はおらん、とも思っている。
幸いにも、どうしてもこちらにはかかわりたくないようだし、友達にくらいならなってもよいだろう。
「そうか、仲良くなれるといいな」
だが、大吾は自分が恭介の怒りを買っていることを知らない。上から見るものは、そういう感覚に疎いようだ。
微妙に距離を縮めてきた小百合と篤子たちだが、今日はちょっと違った。
いつも通り、あれこれといわゆる女子トークをしているのだが、時々ちょっと引っ掛かりがあるのだ。普通の人なら気が付かないかもしれない。しかし、後藤商事の娘として、常に人の目を意識していたからこそ、気が付くところもある。
「なにかあった、篤子ちゃん」
篤子たちは、家庭の事情は知られているようだ、と教えられている。それと、先日のパーティーでの失礼な物言いも、洋子から聞いている。
「いや、なんでもないんです」
「なんでもないわけないでしょう」
しばらくそんな会話を繰り返し、真凛がついに言う。
「お父様から聞かれてないんですか?その、パーティのこととか」
「!?」
小百合先輩には関係なかったですね、と二人は言うので追及はしなかったが、なんにせよ、自分の父親がなにか言ったことだけは間違いない。
” 聞いてみるしかないか”
その夜、遅くに帰ってきた大吾にそれとなく尋ねてみた。
「先日のパーティーで、佐々木さんとどのようなお話をされたんです?」
娘がこうして聞いてくるのは珍しい。それだけ気に入ってるという事だろうか。少し腹立たしいが、最近特に会話の減った娘とのこの時間は大事にしたい。
「まず、小百合とデートしないかと言って様子を見てだな」
小百合は声も出ない。何を言っているのかと
「断れられたので、うちにお茶を飲みに来ないかといったんだが」
「はい」
「それも断られたので、連れている彼の祖母をからかって」
「はい?」
なぜからかうのか。
「ああ、そうか、お前はしらないのか」
大吾は鞄からタブレットを取り出し、恭介の調査資料を見せる。
恭介の家族、同居の三人の関係、仕事が書かれていた。
”交通事故で死亡”
なにか知ってはいけないことのような気がする。
”祖父の死亡により義祖母および連れ子を引き取り同居”
調査が雑なのか、篤子は実子で真凛は養子としか書かれていない。
仕事の部分は比較的丁寧に書かれているが、真凛の件で暗躍したことや、暴力団とのかかわりあいも記述がなく、ざっと調べた報告内容だ
「その血のつながっていない祖母が大変な美人でな、いい仲とからかったのだ」
頭が痛くなった。篤子たちの母親ではないか。母親をそんな風に言われて、いい気分がするわけではない。それに彼も軽蔑するだろう。
彼はそんな女性を侍らすような人ではない。篤子や真凛は、尊敬や感謝どころか敬愛すら超えていると思えるし、アライズで見せる、女性へのそっけない態度でも、それは明確だ。
「なぜそんなことを」
「技量を知るためだ。彼は切り返すでもなく、受け流して自分の良い方に話を持って行った。なかなかだ」
あの後、恭介のファンド周りを調べてみたが、規模は大きくなく、不動産投資がメインのようだ。他社とのつながりもないことが確認された。
”不動産投資中心ならあの態度もわからないではないな。俺の脅威にはならん”
というのが、恭介に対してガードを下げた理由でもある。
小百合はそうはいかない。
”ああ、そうだ、この人はそういう人なのだ”
私のことなどこれっぽっちも考えていない。人の気持ちは利用するためにある。そのために怒らそうが、悲しませようが何も関係ないのだ。
ひどく失恋したときのことを思い出す。あの男も、人の気持ちをもてあそぶ人だった。恋心をあおるだけあおって、嫉妬心を楽しむように女の影をちらつかせ、そして最後に踏みつけにして次のところに行ってしまった。
それでも小百合はお礼を言い、暗い気持ちのまま部屋に戻る。
”せっかく仲良くなってきたのに”
きっかけはKYOUを知るためだったが、優しい二人が可愛い後輩に思えるようになるのに時間はかからなかった。それがこんな形で踏みにじられることになるとは、思ってもいなかった。
”謝らなければ”
元の様になることはできないかもしれない。それでも、父の不遜な態度を、みんなを馬鹿にしたことを謝りたい、と思う。
”明日、あの子たちに”
横にはなったが、眠れないまま夜が過ぎていく。