13日のエルム街でいけにえのはらわたがオーメン!!
男は空いていたmotelの一室に飛び込むと、後ろ手で素早く扉を閉めた。予報は外れ、夜の山奥にはこれでもかと言うくらい大粒の雨が降っていた。部屋につくなり、男は激しいくしゃみを3発連続でかまし、子犬のようにブルっとその巨軀を震わせた。
「へへ……! よぉ〜し、よし。先回りしたぞ……!」
明かりのついた部屋の中で、男は濡れた髪から雨を滴らせながら、一人小さく嗤った。何せ、この雷雨の中を走ってきたのだ。今や男は骨の芯まで水浸しだった。膝下まで水に浸かり、すっかり洪水してしまった山道を……天気予報は外れたが、男にとってはそっちの方が都合が良かった……目一杯掻き分けながら、このmotelに先回りして戻ってきたのだ。
何のために?
それはもちろん、女を殺すためだ。
先ほどまで散々脅してやった、若い旅行客を殺すため。
男は上着の内ポケットに入れておいた、刃渡り40cmはあろうかという肉切り包丁を急いでベッドの脇に隠し、それから顔を覆っていたFrankensteinのmaskを外した。
男は、生まれつき快楽殺人鬼だった。
殺人、強盗、横領、窃盗……思いつく限りの悪行は全てやってきた。前科14犯。露見してない分まで含めると、優に3桁は上るだろう。根っからの悪党で、もちろん故郷も安住の地などもあるはずもなく、州の警察に終われながらあちこちをフラフラと逃げ回って暮らしていた。
そんな彼が今一番ハマっているのが、バラバラ殺人だった。
旅先の古びたmotelで、よくお化けなどのお面を被って旅行客を脅し罠にかけた。
例えば暗がりの道で急に飛び出し、斬りかかる。
例えば風呂に浸かっている若者の元に急に飛び込んでいき、殴りかかる。
そして例えば今回みたいに、motelの管理人になりすまして、一旦安心させたところで正体を明かす。
何のために?
それはもちろん、男に取ってそれが楽しいからだ。誰かをびっくりさせ、恐怖に引き攣る顔を見るのが、男は堪らなく大好きなのだ。そう、つまり男はどうしようもない悪党であった。
もし男が生まれつき快楽殺人鬼ではなくて、人を助けるのが大好きな快楽お節介やきとかだったら、彼の人生はまた別のものになったのかもしれない。でも彼は殺人鬼の方だった。そんな訳で、彼はここの管理人を殺し、なに食わぬ顔で後からやってきた一人の旅行客を受け付け、そして先ほどmaskを被り女を脅してきた。
「助けてェ!! 誰かぁ!!」
「……へへ」
遠くの方から、誰かの叫び声が近づいてくる。案の定、散々脅しつけてやった小娘が、唯一明かりのついた管理人室に助けを求めてきた。今夜の客は彼女一人。全ては男の思惑通りだった。後は子羊のようにガクガクブルブル震える女にコーンポタージュでもご馳走して、助かったと思わせたところでドン底に突き落としてやる。女の悲鳴が近づいて来るたびに、男は胸を高鳴らせほくそ笑んだ。
「助けて! お願い!!」
「おうおうおう、どうしたぃ!? 大丈夫か!?」
程なくして部屋の扉がガンガンと叩かれ、顔面を蒼白にした女が部屋に飛び込んできた。男は素知らぬ顔で震える女の肩を抱き、さも驚いたような声を出した。
「猪でも出たんか!?」
「違うの!! 違う……さっき、さっき……!?」
「おぅ、落ち着け、大丈夫だから。大丈夫、ここなら安心だ……座って」
「あぁ……Jesus!!」
玄関先で崩れ落ちる女を、男は無理やりソファまで引っ張っていった。年端もいかない若い女は、大雨でびしょ濡れになった体を小刻みに痙攣させ、奥歯をカチカチと鳴らした。
「さっき、私見たの。部屋の窓の外に……ああ! あれは、あれは……!!」
「落ち着けよ、だから受付する時オラァ言ったろ!? ここら辺にゃ、不審者が出るって」
「あぁ……そんな……!? 本当だと思わなかったの、まさか本当に……!」
女の顔が涙でぐしゃりと歪むたび、男の心はますます愉悦に歪んだ。不審者情報などもちろん嘘だ。ここら一体の山は、平和そのものだ。それから『殺人事件の犯人が逃亡中』だなんて、わざわざ録音して置いたラジオ番組も、わざとこの女に聞こえるように館内放送で流しておいた。
「本当にいたのよ! 窓の外に大きな男が……!」
「落ち着けって。ここは安心だから」
男は縋り付く女を振り払うと、用意しておいたコーンポタージュを取りに厨房へと向かった。もし彼女がここで少しでも平静を取り戻せば、ちょうど男が先ほどベッドの脇に雑に隠した、血のついた包丁の柄とFrankensteinのmaskが見え隠れする位置だった。それもまた一興だ、と男は思っていた。もし女が凶器に気づいてくれれば、見る見るうちに恐怖に染まっていく彼女の顔が楽しめるだろう。それはそれで、男にとって特段困ることではなかった。だって、どうせ最後は殺すんだから。
「その男ってのは、どんな奴だい?」
男は震える女に湯気の漂うマグカップを手渡し、それから彼女に背を向けるようにして、わざとらしくカーテンのところまで近づき、こっそり外を覗いて見せた。外は真っ暗で、ガラスを仕切りに雨が叩いていた。つまり視界は最悪で、例え人里離れたmotelで悲鳴が上がっても、誰も聞く心配なんてないってことだ。男は女に顔を見られないようガラスに顔をくっつけて、ぐにゃりと唇の端を釣り上げた。
「そいつは……そいつは、ちょうど管理人さんと同じくらいの背で……!」
「へぇ、俺と同じくらいか。それで、そいつはどんな顔だった?」
「分からないわ。暗かったから……顔はまるで怪物のようで。確か右手に、武器、を……」
すると女の声が、次第に途切れ途切れに、小さくなっていった。ガラス越しに、ソファで横になっていた女の視線がベッドの脇に向けられたのを、男は見逃さなかった。女がある一点に釘付けになったのを確認して、男は満面の笑みで振り向いた。
「それでそいつは、どんな武器をもっていたんだい?」
「それはその……私の“彼”が持っていたのは、チェーンソーよ」
「え?」
男がポカンと口を開けたその時だった。
突然窓ガラスが大きな音を立て外から粉々に砕かれ、身長2mはあろうかと言う怪物が部屋に乱入し、そのまま振りかざしたチェーンソーで男の首を切り刻んだ。男は振り向くまでもなく、驚きに目を見開かせたまま、ごとんと自分の首を床に落とした。
「その……ごめんなさい」
噴水のように湧き出る真っ赤な血を全身に浴びながら、ソファから身を起こした女が躊躇いがちに手を合わせた。
「騙すのは悪いかなって思ったんだけど……私、誰かをびっくりさせるのが、大好きなの」