~藤山政(4)~
家に帰って日記をつける。
もう、習慣になっている。
でも、交換をどうしたらいいのだろう。
前みたいに郵便受けに入れた方がいいのだろうか。
そう、思いながら過去の分を読み返していた。
読み返してみると日記に海について書いていないことがわかった。
何度も話していたから日記にも書いてあるものだと思っていた。僕たちを形成しているのは日記だけじゃない。過ごしてきたすべてが僕とあかりを構成しているのだ。
ノートをぺらぺらとめくっていると、メモが挟まっていた。メモにはこう書かれてあった。
「私の半身はどこ?」
意味が解らなかった。
いや、あかりはたまに意味不明なことを言うことがある。「最果て」についてもそうだ。半身についても前に話しをしていたことがある。
「ねえ、私たちは生まれた時から欠けた状態なの。
不完全な状態なの。その不完全を誰かと寄り添う事で埋まるの。それは特定の誰かかもしれないし、色んな人に支えられて埋まるのかもしれない。で
もね、私は思うの。完璧じゃないからこそ完璧を目指せるんだって。だから私はいつも自分の足りない部分を探すの。それは私の半身でもあるの」
だが、僕はあかりの半身ではなく、その一部らしい。
「だって、一人にすべて寄り掛かるのって迷惑でしょう」
僕はそう言われてどきっとした。
僕はあかりにだけ寄り掛かっている。だから気が付いたんだ。あかりがいない世界がどれだけ不安なのかを。
僕はわかっていたはずなのに、その事実に目を背け続けていたんだ。じゃあ、僕の半身はどこなんだろうね。そう聞いたことがある。
「私もその一部。でも、世界にはいっぱい政ちゃんのカケラがあふれているの。同じく私のカケラも世界にいっぱい散らばっているの。いつかその散らばったものを見つける旅にでるの。一緒に行こうよ」
メモを見て思い出した。あかりが言っていたカケラについてだ。
このメモも今の僕にとってはあかりのカケラだ。この日記だってそうだ。そう思うとあかりとの思い出はいっぱいある。
そう言えば、昔タイムカプセルを埋めたはずだ。確かあの寺ともう一つ埋めたはずだ。1回は4人で埋めたんだ。
そして、もう一つ。僕とあかりの二人だけで埋めたのがある。
明日は日曜日だ。
明日僕は二人で埋めたタイムカプセルを掘り返しに行こう。
小学生の時に校庭に埋めたんだ。あれは卒業式の時だ。桜はまだ咲いていなかったけれど、桜の下に埋めたんだ。お互い中に何をいれるのかは内緒にして。
「桜の下に死体なんてないからね。だって、元ネタは梶井基次郎さんの短編小説からだからね。『櫻の樹の下には』っていう小説なの。今度読んでみる?」
そう言えば、借りたけれど読んだことがない小説だと思い出した。
あかりは猫を想像するようなくるんとした目をしているが、一度満開の桜が咲いている時に桜のようにきれいだと言ったことがあった。
「うれしい。桜の花がさくようなキレイさってことは、私はコノハナサクヤビメことなのかな。なら政ちゃんはニニギノミコトね。でも、それならイワナガヒメがひなたになっちゃう。でも、ひなたは私と同じ顔だからそこだけが違うね」
はじめ言われた時は意味がわからなかった。だから、自分で調べたんだ。ニニギノミコトには美人のコノハナサクヤビメと共に醜いイワナガヒメも嫁いできたが、ニニギノミコトはイワナガヒメを返してしまうのだ。神話というものは時に不条理なこともある。けれど、この話にはオチがある。
二人を差し出した父親のオオヤマツミは二人に願いをかけていたのだ。
イワナガヒメには岩のように頑丈な子孫が、コノハナサクヤビメには花のように子孫が繁栄するように思いが込められていた。
だから、私たちは神と違って短命なのだ。
でも、このような神話は日本以外にもある。バナナ型神話と言われているらしい。神が人に石とバナナのどちらかを選ばせる。
食べることができない石ではなくバナナを人が選んだという。石は変わることがないため不死の象徴であり、バナナは子を産まれることで親が枯れるため短命である象徴らしい。
この話をあかりに言ったらこう言われたのを思い出した。
「私は不死なんてイヤだな。だって、不老不死って変化がないってことでしょう。ずっと閉塞した空間で同じ人がずっといる世界。安心かもしれないけれど私はやっぱり違う世界を見てみたい。政ちゃんもそうでしょう」
ずっとあの母親と一緒にいることを想像してしまった。
つらいだけだった。僕もあかりも息苦しい世界を生きている。だからこそ世界の最果てを望んでしまうし、どこかに自分の半身を探してしまう。
まだ見ぬ「ウシュアイア」に憧れを持って、周囲にない海に希望を願ってしまう。
まだ見ぬ海に想いを馳せ僕は泣きながら眠りについた。
夢を見ていたはずだ。ほとんど真っ暗な世界。夢なのか電気が消えた部屋なのかわからなかった。
ただ、うっすらと入る月明かりに僕を見下ろしている人がいるのが見える。ただ、僕の身体が動かない。
「もう少しだけ、このままを受け入れて」
それだけが聞こえた。声はあかりの声だ。
ひなたとあかりの声質は同じだ。でも、話し方が違うのだ。
スピードが違う。少しゆっくりで柔らかな声があかりの声だ。
ゆっくり、そして消えそうな声が聞こえた気がした。
「その時が来るまで、今はおやすみ」
足元の地面がなくなった気がした。
落ちていく。どこまでも。
けれど、どこにも行けない。
その気持ち悪い浮遊感で目が醒めた。空は少しだけ白んでいた。
当たり前だけれど部屋には誰もいなかった。
夢だった。でも、夢でもいいからあかりに会いたいと願っていた。
少し早いけれど目が醒めたから家を出て小学校に行こうと思った。
階段を降りる。家族が寝静まっている。着替えて扉を開ける。当たり前だが昨日とは違ってあかりは立っていなかった。
僕は当たり前のように郵便受けに日記を入れた。
昨日会ったのが本当にあかりなら返事がくると思ったからだ。
信じたい。
おかしいってわかっている。
けれど、その思いにすがりたいんだ。
僕だけ止まった時を生きる。そう決めたんだから。
そう思いながら僕は小学生時代だった頃を思い出して小学校に向かって歩き出した。
小学生というのは無邪気で残酷だ。
僕の顔に怪我ができてから明らかに周りからの態度が変わった。
それまでは楽しく笑っていたのだ。けれど、目の下を怪我をして、視力も落ちて目つきが悪くなった。
しばらく眼帯をしていたことから外で遊ばなくなった。小学生男子のヒエラルキーは運動が出来てやんちゃであることが頂点に立つ。
そういう意味では愁斗はずっと頂点にいた。そして、その横にひなたがいたのだ。
そんな僕の横にあかりは寄り添ってくれていた。家から小学校までの道のり。アスファルトに書かれたチョークの後を見て懐かしくなった。怪我をするでは家の前の道路に書いたのを覚えている。
細い路地。猫を追いかけて僕たちは走ったのだ。学校の前にある店は文房具だけじゃなくお菓子も売っていた。
今から思うとあの頃知っている世界は狭かった。学校と学校の前にある2件の文房具店。そして、その横の駄菓子屋。
後は公園とお寺だ。
世界が徐々に広がっていき、僕たちは色んなことを知ったんだ。僕の家庭がちょっと普通じゃないように、あかりの家も普通じゃなかった。
あかりとひなたの家は特殊だ。一見普通に見える。でも、いびつなんだ。二人の性格を見てあかりは本を読むの、ひなたは外に出かける、などすべてを決めつけていた。
彼女たちの性格はすべてその押し付けられた個性でもあるのだ。はじめは褒められるから楽しんでいた。でも、少しでも違う行動を取ると怒られるのだ。
「まるで私たちはおもちゃなの。お母さんが望むことをただ遂行する。私たちが自我も意思も持ってはいけないの。お母さんは私たちと自分の境界線がないのよ」
境界線。
自分と他人との境界線も一つだ。
世界の最果てのこちらとあちら側も一つだ。
色んな事を僕はあかりから教わった。今の僕を構築しているものの大半はあかりでできていると思う。
小学校が近づくにつれて大きな通りが出てくる。車が走るのに歩道もガードレールもないのだ。
気を付けないといけない。ゆっくり下り坂になっている。その先に小学校がある。校門の横に桜が植えられている。すでに葉桜になっていた。桜が咲いていれば桜の下であかりと会えると思っていた。
褐色の門に手をかける。大きな門は南京錠の鍵がかかっているが、横にある人が通れる方の門は鍵がかかっていない。
ぎいぎいと音がして門を動かし門をくぐる。時計を見るとまだ7時だ。日曜の7時。
そういえば、この時間は運動場を少年野球で解放されていたのだ。愁斗がそういえば小学校の時にしていたのを思い出した。
怪我をするまでは僕は野球をしていた。だが、左右の視力の差がひどいため僕は野球を辞めたのだ。
遠くから掛け声が聞こえる。そう言えば、小学校卒業後にこの学校で愁斗と会ったことがあった。
少年野球の代理コーチをしていたというのだ。会わないように気をつけよう。こんな休みの日まで会いたくない。
僕は校門を過ぎて小さな人口池がある中庭まで歩く。池の周りは花が咲いている。ここからまっすぐ歩き渡り廊下を通り過ぎると運動場だ。
僕は運動場に用はない。
中庭からは、左右に校舎が伸びている。右側の1階が職員室だ。その裏に用がある。そこに用務員室があり、その近くに倉庫があるからだ。
職員室には電気がついている。誰かまだ知っている先生がいるだろうか。卒業して4年も経つと知っている先生がいるのかどうかもわからない。
でも、僕は小学校時代にいい思い出はない。僕が孤立をしてもなかったことに、見なかったことにした学校だ。
母親は意見を言うことがかっこ悪いことだと思っていた。だから、僕の主張は何も聞いてもらえなかった。
学校に行ってもだ。だから、僕は自分の世界に閉じこもることになったのだ。ただ、一人じゃなかった。あかりが僕を世界につなぎとめてくれていたんだ。
ゆっくり廊下を歩き裏手に回る。雑草が生えていて、さみしい感じがする。使われなくなったタイヤや壊れたハードルが置かれている。
その奥に倉庫がある。倉庫と言っても中に入っているのは壊れかけのものか、壊れたものしか入っていない。その奥にシャベルが立てかけられている。
「どうしてこんな所にシャベルがあるのを知っているの?」
タイムカプセルを埋める話しをした時にあかりに言われたのを思い出した。あかりは学校を休まない。
でも、一回だけおたふくかぜで休んだことがある。その間僕はこの学校で本当に孤独だった。教室に居ても変な噂をされるばかりだった。あかりがいないからひどいものだった。
「とうとう、新田あかりにも手を出したらしいぞ」
「入院させたんだって」
「ヒトゴロシは怖いね」
おたふくかぜなのに僕があかりに何かをしたことになっていた。そして、知っているはずのひなたは何も言わなかった。ひなたは愁斗と一緒になって休み時間の度に運動場で遊んでいた。
居場所がなかった。でも、僕は気になっていた。顔が一緒のひなたも。助けてくれると思っていたからだ。
だから運動場が見えるかもしれない校舎の裏側ばかりさまよっていた。その時にこの場所を知ったのだ。
裏側と言ってもまっすぐ歩けば運動場を囲うようにある石段に出る。運動会で僕たち生徒が座る場所だ。芝生もある。今の季節は転がると気持ちいいのだ。
そっと運動場を眺めてみる。こんな時に限って愁斗が運動場にいるのが見えた。ノックをしているのだろう。
何か叫びながらボールを打っている。近づかないようにしよう。僕は倉庫の扉をゆっくり開けた。少し音が鳴ったがそこまで大きな音じゃな。埃が充満していて、薄っすらしか光が入らない倉庫の奥に進む。
運動会で使った大玉ころがしやら、玉入れなどがある。よくわからないロープや、バレーボールのネットもある。
その奥にシャベルがあった。僕は手に取って校門近くまでゆっくりあるく。足音を立てないように。
校門近くには傾斜があり、桜の木が何本もある。壁に囲まれているその隅、桜で隠れるその一角に僕たちは小学校卒業とともにタイムカプセルを二人だけで埋めたんだ。
僕はシャベルを地面に突き刺す。4年の月日は地面を固くしている。ゆっくり土を掘り起こし横に積み上げていく。
しばらくして固い音がした。銀色の缶がでてきた。しゃがみ土を払う。手に取り持ち上げる。蓋を開ける。
中に入っていたものは僕が入れたキーホルダーとノートが2冊だ。キーホルダーは修学旅行で買ったものだ。
ノートは当時僕たちが書いていた交換日記のはずだ。僕はノートを手に取る。ゆっくりとめくる。だが、最後に僕の知らない内容が書かれていた。
どういうことなんだ。これは。僕はその内容を見てびっくりした。そう、このタイムカプセルを開けた時の事を書いているからだ。
しかも、僕が一人で開けることが前提になっている。
僕は固まってしまった。いつまでも一緒に居るはず。そう思っていたのは僕だけだったのだろうか。それとも、あかりはこの時から僕と別れることを考えていたのだろうか。
文字を何度読んでも頭に入って来ない。ただ、そこに書かれている出だしの文字だけがゆらゆらと動いて僕を責め立てるようだ。
「このタイムカプセルを一人で開けている政ちゃんへ」
それ以降の文字が目に入らない。僕は世界が真っ暗になった気がした。気が付いたら僕は走り出していた。




