~加地愁斗(3)~
かっこ悪いことだってわかっている。
けれど、俺はどうしてもひなたの真意がわからないから悶々としていた。
通夜でも告別式ではひなたに声をかけられなかった。
そういう雰囲気でなかったからだ。
そして、思い出してしまったタイムカプセルが気になって俺は告別式の後一回家に帰って夜遅くに寺に行くことを決めた。
ベッドに寝転がりながら考えていた。
ひなたの事、中学時代のツレのこと。
あの時、俺は色々悩んでひなたを選んだんだ。だが、どうしてこんなことになった。
告別式の時だって中学時代のツレのあいつらは気を使って先に帰ったのだ。
だが、俺はひなたに話しかけることすらできなかった。
あの冷たいまなざし。あんな表情を俺に向けるなんて思ってもみなかった。
まるでひなたではないみたいだ。だから俺は帰ってしまったんだ。何も言えず。だからかもしれない。俺はタイムカプセルを掘り返そうと思ったのは。
夜になって家を出る。
うちの親はあまり細かいことは言わない。俺が何をしていても興味がないんだ。
俺だってそうだ。親がどこで何をしているのかなんて興味もない。
まあ、下手に興味を持たれたり、干渉されるのもイヤだが、ここまで放任されると少し悲しくなる。
でも、親だって他人だ。
ただ、一緒に家に住んでいるだけ。そう、割り切ることにしている。
それに俺んちはまだ恵まれている方だ。ひどい家はいっぱいある。中学時代のツレなんてそんな家ばかりだ。
まあ、ひなたの家だってめぐまれているかと言われたら違うだろう。まあ、その原因はひなたたちにもあるのだが。
色んなことを思っていたら、寺にたどり着いた。
夜の寺は鬱蒼としていた。
この季節は過ごしやすい気温だ。もっと暑くなると汗だくになるだろう。
俺はもってきたシャベルを地面に突き刺した。
地面を掘る。
懐中電灯を木にぶら下げているが、やはり視界がわるい。
掘ってしばらくしてわかったことがある。場所が違うのではという事だ。確かに記憶はあいまいだ。
だから、目印にした変な洞があった木の下だが、実際どのあたりに埋めたのかがわからない。
とりあえず、周りを掘り進めて見る。
汗だくになる。
だが、不思議とこう体を動かすことは好きだ。そして、もう一つ好きなのは成果が出ることだ。木の周りを半周ほど掘り進めてようやく缶が出てきた。手に取る。
興味があるのはひなたとあかりが何を入れたかという事だ。ただの手紙だ。何が書いてあるのかを取り出して読む。
「ふざけんなよ。これ、本当のことなのかよ」
読んで俺は叫んでしまった。
俺は今まで一体何を見てきたと言うんだ。
携帯を取り出す。ひなたに電話をする。
着信拒否をされているのか、つながらない。
連絡をするすべがないのだ。だが、家もわかっている。
学校に行けば会えもする。
だが、運悪く明日は土曜日だ。
まあ、とりあえず早朝からひなたの家の近くで待ち構えていよう。
確認しないとやってられない。
こんな気持ちのまま終われるわけがない。
だが、汗もかいている。俺はひなたとあかりの二人が書いた手紙を手にして缶をもう一度土の中に埋めた。
持って行くか悩んだが、藤山のものを持ちたくなかった。
藤山ものはミニカーと手紙が入ってあった。
なぜか俺だけ未来の自分への手紙がなかった。
いや、あの3人は事前に話し合っていたのだと思う。
俺は藤山の手紙も見てしまった。そこにはこう書かれてあった。
「この手紙を見ている僕へ
今も4人で笑っていますか?僕たちは幸せですか?
この時だけでもいいから笑ってください。僕たちは今幸せです」
読んで破り捨てたくなった。
こういう偽善的な所が俺は嫌いなのだ。藤山はいつも大切なものを見ていない。表面のきれいなところだけを見ている。
そして、それがすべてだと思っている。
あの時からすでにいびつだったろう。だから、あの3人の中に俺が無理やり入り込んでいったんだ。
それに、俺は気が付いた時からひなたを意識していたんだ。活発に動き回るひなた。
太陽のようにまぶしく、わらって、いつも中心にいるひなたのことが気になっていたんだ。
どれだけ俺が頑張ってひなたの気を引こうとしていたのかわかるか。けれど、ひなたもあかりもいつも藤山を見ていた。俺はそれが気に入らなかった。
だからこそ、藤山と友達になるという選択をした。その次にちょっとした悪戯をした。それがあの事件につながった。
泣き叫ぶひなたに俺が言った。
「すべては俺がかぶる。だから気にするな」
そして、そうなった。
だが、そもそもが間違っていたんだ。
それがこのタイムカプセルに書かれてあった。
俺は今まで何一つ気が付かなった。
いや、誰もが気が付いていない。そんなことがあるのだろうか。わからない。
俺はきれいに缶を埋めて土をならした。その上から踏み固める。もう出てくるな。土の中に埋まっているのは藤山のものだけだ。
後はすべて取り出した。シャベルを手に持ってまた家に向かう。
家には明かりがいつもついている。また、誰かが家に来ているのだろう。親父がまた作業員の誰かを連れて家で飲んでいるのかもしれない。
家の外で飲むより中の方が安心だろうと言われたことがある。こっちからすればうるさいだけだ。
だからひなたをこの家に連れて来られないんだ。いや、誰もここに連れて来られない。そっとシャベルを戻して部屋に戻る。
汗をかいているのでシャワーを浴びるため風呂場に近づく。
「おや、坊ちゃんじゃないですか。元気ですか?」
見つかってしまった。
「さあさあ、一緒に飲みましょう」
この人たちは高校生でも関係なく飲ませてくる。そして誰もそれを止めない。法律とか体に悪いとか関係なしだ。結局しばらく飲みに付き合わされた。何が楽しいのかわからない。いつだってそうだ。
「愁斗。お前も仕事手伝ってみるか?どうせ、俺に似てお前は馬鹿なんだしな。高校なんて行ったっていいことなんかないぞ」
ふん。知らないのか。自分の息子がこの界隈では進学校と言われている高校に通っているということを。
「おやっさん。坊ちゃんは結構いいとこの高校に行っていますよ。ねえ坊ちゃん」
そう言ってくれたのはうちの中ではまだまともだと信じているテツさんだ。
この人が図面を書いているらしい。よくわからないけれど。
「そうか。愁斗。お前勉強好きか。だがな、社会に出たらわかる。学校で学んだことなんて何の役にもたたないってことをな。まあ、若いうちは時間を無駄に使え。無駄な時間をいっぱい過ごしたやつの方が知れることもあるってな。なあ、お前らもそうだろう」
意味がわからん。最近俺の周りには意味がわらかんことを言うヤツばかりだ。面白くない。そう思っていたらテツさんが近くになってきた。
テツさんはおやじの会社で働く中では一番若い。
若いと言っても30代後半だ。四角い顔にぎょろっとした目をしている。
体は肉体労働者だからだろうかかなりごつい。だが、笑顔が優しいんだ。なんで、この人はおやじと一緒に仕事をしているのだろう。わからない。テツさんが言う。
「親父さんを悪く思わないでください。あの人は不器用なだけなんですよ」
意味がわからん。でも、テツさんが気を使ってくれているのだけはわかる。
「おい、愁斗こっちに来てお前も飲めよ」
そう、おやじが叫んでいる。
うっとうしい。そう思っていたらテツさんが俺の肩をつかんで耳元でこう言ってきた。
「坊ちゃんは上に上がってください」
そう言ってテツさんはおやじの方に向かって歩いて行った。
「親父さん、ちょっと聞いてくださいよ」
そう言っておやじの横に座る。テツさんが指だけを動かしている。
なんだよ。大人ぶって。かっこいいじゃないか。
俺はなんか敗北した気になった。
むしゃくしゃした。
あの連中とは飲みたくないが、一人でビールを飲もうと思った。部屋にだってビールはある。もう関係ない。俺は気が付いたら手にしていたビールを飲み干していた。
「苦いだけでうまくないな」
ふと見上げた空は星が見えた。
そう言えば、こう夜に家に居ることも珍しいな。
前は原付にひなたを乗せて走っていたんだ。受験勉強があったからしばらく走らなくなったな。そう言えばひなたはあの時も意味不明なことを良く言っていたな。
「あの星が落ちてきたらいいのに。まっすぐに私に。そうしたら世界が変わってくれそう」
星なんか落ちてきたら変わるどころか死んじゃうだろうが。
そう言ったはずだ。
だが、ひなたは「わかってない」とだけ言ったんだ。
まあ、俺がどれだけひなたのことをわかっていたのかと言われたら、何も言えない。
少し前まではわかっていたと思っていた。だが、別れを切り出されて、あの手紙を読んで更にわからなくなった。
「坊ちゃん、どうしたんですか?」
びっくりした。2階のベランダで飲んでいたはずだ。なのに気が付いたら横にテツさんがいた。
「びっくりした。どこから来たんですか?」
そういうとテツさんが指を指したのは壁だった。
「これくらいひょいっと登れますよ。じゃないと仕事になりませんからね。ちょっと坊ちゃんの顔が見えたからのぼって来たんですよ」
ベランダから下を見る。ごちゃごちゃ色んなものがある。バケツに雨どい。
強さを間違えたらどれも壊れてしまいそうなものばかりだ。しかも、テツさんはかなりお酒を飲んでいたはず。
なんなんだこの人。
なんでこんな人がおやじと仕事をしているんだ。まったく意味不明だ。
あのおやじのどこにそんな魅力があるというんだろう。
「んで、坊ちゃん。何か悩みがあるんじゃないですか?」
テツさんはいつだってそうだ。いきなりやってきて、土足で俺の中にずかずか踏み込んでくる。
まあ、抵抗したってうまく聞きだされるんだ。まあ、あの事以外は聞きだされたがな。あの事だけは誰にも話すわけにはいかない。
それで、気がついたらひなたに振られたことを話していた。
「坊ちゃん。失恋したんですか。でも、女なんてこの世にいっぱいいるんですよ。次に行けばいいじゃないですか」
「そう簡単に言うけれど、なんかもやもやが収まらないんだよ。納得行かないと言うか」
「恋愛に納得もなにもないですよ。ただ、そこにあるのはエゴとエゴのぶつかり合いですよ。
まあ、何かをしたら納得できるってわけでもないと思いますけれどね。ただ、かっこ悪いことだけはしないでください」
そう言ってテツさんは飄々とベランダから降りて行った。まるでそこに初めから足場があるみたいに。絶対にマネできそうにない。
だが、頭の中に響いていた。エゴとエゴのぶつかり合いか。
俺は決めたんだ。かっこ悪いってわかっていてもやはりひなたと話しがしたい。そう思った。
翌朝。
注意をしていたはずなのに、二日酔いになっていた。
気怠い中、早朝に家を出た。だが、すでにおやじは家にいなかった。あれだけ飲んでいるにも関わらず朝は仕事に行く。不思議な生き物だ。
頭痛の中街を歩く。人気のない街。時計を見ると朝の7時前だ。土曜日ということもあり人はまばら。
ひなたの家の近くについた。電信柱にもたれかかる。不意に気持ち悪くなった。だから目に入った情景を見間違えたのだと思った。
そう、ひなたの家の前に白いワンピースに水色のカーデガンを羽織った女性が立っていた。ひなたがあんなかっこをするわけがない。あれはあかりだ。どこから見てもあかりだ。
通夜にも告別式にも出たと言うのに二日酔いの頭は目の前の違和感に気が付けなかった。
そう、もっと普通に考えればわかることだ。あれはひなただ。そうじゃないとおかしい。
死んだ人間が現れるなんて現実に起きるはずがない。だが、俺が踏み出す前に藤山が出てきてひなたと連れ添って歩く。その姿は気持ち悪いくらいにあかりだった。
どういうことだ。俺は藤山とあかりを追いかけるか、それとも、ひなたの家を訪問してひなたを探すのか悩んだ。
だが、時間はまだ朝の7時。土曜日の7時にいきなり訪問をしてよいものか考えてしまう。仕方がない。このままあの二人を尾行しよう。俺はそう決めた。
尾行をして思ったことがある。まず、探偵という職業をすごいと思った。
ばれないように後ろから追いかけるのが難しいのだ。仕方がないのでかなり距離を取っている。しかも、藤山が何度もきょろきょろ周りを見渡すのだ。
変な光景だ。目の前に起きている出来事が信じられない。
俺は注意深く観察した。だが、どれだけ観察をしたとしても俺には目の前にいるのはひなたに見える。
ひなたがあかりのフリをしているだけにしか見えない。
いや、そう思いたいだけなのかもしれない。だが、不気味なほどあかりに見えるのだ。まるで死んだのが嘘のように。
もし目の前にいるのがひなたであかりのふりをしているのなら、一体その理由は何なのだ。俺にはわからない。
そんなことをする必要がどこにあるというのだ。それとも何か。藤山を支えないと自殺でもしそうだとでもいうのか。
まあ、確かに俺の目から見ても藤山は周囲に溶け込もうとしていない。それは、藤山自身に問題がある。
藤山は自分で距離を取るからだ。わかってもらえないという思い。だが、藤山自身が誰の事もわかろうとしていないのだ。
当たり前だ。
誰とも分かり合えるはずがない。誰かが何かをしてくれる。そういう思いがありありと伝わってくるんだ。だから俺は藤山から距離を取った。まあ、あの事故があったということもあるが。
気が付くと水族館に着いていた。どうやら今日の目的地はここみたいだ。中に入るか悩んだが、こんな人ごみの中に入るのはつらい。
絶対にばれそうだ。しかも俺が一人で水族館に来ているなんてキャラじゃない。周りを見るとちょうど水族館の入り口が見渡せる場所に喫茶店があった。
喫茶店に入り水族館の入り口が見える場所に座る。まあ、すぐに出てこないだろう。俺は椅子に座り周りを見渡した。
古い喫茶店だ。少し薄暗い。コーヒーを頼んだがあまりおいしいと感じなかった。まあ、元々コーヒーが好きじゃないんだ。だが、探偵と言えばコーヒーだと思った。だからコーヒーを頼んだんだ。
コーヒーを飲みながら喫茶店に置かれてある雑誌を読む。今までこの手の雑誌を読んだことがなかったが、意外と時間つぶしになることが分かった。まあ、実際芸能人が誰と付き合おうと俺には関係のない世界だ。
そんなことを思っていたら水族館からひなたが出てきた。相変わらずあかりのフリをしている。そして、腕を組んでいる。ひなたらしくないおしとやかな笑い方。お前は一体誰なんだよ。
俺は歩き出した。二人を尾行して。あの藤山が先に家に入るのを見届けてから俺はそっとひなたに近づいた。
「おい、何やっているんだ?」
俺がそう声をかけるとひなたはゆっくりこちらを向いた。
「愁斗じゃない。どうしたのそんなところで」
そう言った顔はひなただとわかる。そして、冷たい目をしている。先ほど藤山と話していた時とは大違いだ。
「なあ、さっきのはなんだよ。あかりのマネか?ふざけんなよ」
だが、リアクションが違った。ひなたがおびえているのだ。いつもははむかってくるのに。なんだこの感じ。
「私はあかりです。そんなこと言わないでください」
目の前のひなたがそう言う。だが、俺にはわかっている。
「もういいんだ。あのな、俺昨日これを読んだんだ」
そう言ってタイムカプセルから取り出した手紙を見せる。
「どうしてそれを」
「そういうことなんだ。なあ、ふざけんなよ。頭おかしいんじゃないのか?それとも、バカにしているのか?」
「違う。そうじゃないの。私たちには大切なことだったの」
ひなたの顔が変わる。焦っているのがわかるのだ。
「なあ、これをばらされたくなかったら付いて来いよ。共犯だろ、俺らは」
そう言って俺はひなたの手を力いっぱい引っ張った。
「叫ぶか。いいぞ。俺はこの手紙のことを言うだけだから。面白い展開になりそうじゃないか。向かいにいる藤山にもこのことが伝わっていいじゃないか。どうする?まだ、夜ははじまったばかりだ。もっと俺らは語り合うべきじゃないのかな?」
俺はそう言った。こんなことをしたいわけじゃない。でも、怒りが止まらないんだ。
たしかに、きっかけは俺が創ったことなのかもしれない。でも、これはないだろう。俺は自分に言い聞かせた。
俺は悪くないと。ただ、それだけ十分だった。
「わかった。でも、今日はイヤ」
「なら、いつならいいんだ」
「明日の夜。いつものあの場所で」
「わかった」
俺はまだわかっていなかった。目の前で笑っているひなたが何を思っていたのかを。




